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21 シュニー家の血

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 ジョシュアが旅立って、三日経った。

 アルバートが手の者をこっそりとつけているので、一行があと二日で国境を抜けるという情報が入ってきていた。本当なら、とっくに隣国に入り、帝国まで続く街道をひた走っている頃であるから、相当のんびりと旅をしているようだ。

 周辺の国は、ボルカノよりも小さな国ばかりで、横断するのに時間はかからない。関所で時間をとられるにしても、たかが知れている。

「あと二週間……」

 レイナールは、ばさりと書類の束を机に無造作に置いて、呟いた。ジョシュアたちが皇帝に謁見を許されるまでに手を打たなければならないから、実際に残された時間は、もうほとんどない。

 アルバートやカール、それからヴァンの力も借りて、レイナールは帝国や皇帝のことを調べていた。

 帝国は、五つの州に別れており、それぞれを治める家が、帝位の継承権を持っている。代替わりの際には、五つの家が候補者を出し、合議や選挙によって新帝が選ばれる。国の名前は新帝を擁した家の家名に変わるため、「帝国」とだけ呼ばれている。

 現在の皇帝は、六十代。軍人気質の男だが、近年は肉体が衰えるにつれ、心までも弱くなってきた様子で、お抱えの占い師が我が物顔で城内を闊歩しているらしい。占い師が白と言えば白、黒と言えば黒という判断しかできなくなり、周囲は次第に皇帝を見放し、次代の選定の準備に入っているという。

「占い師、か」

 そこにつけいる隙があるように思った。こちらの手の者を高名な占い師……いや、予言者として仕立て上げ、皇帝のもとに潜入させる。ボルカノとの戦争について不吉な言葉を吐いてでっち上げ、ジョシュアを殺すのも止められれば……。

 だが、さすがに時間が足りない。今現在、信頼を得ている占い師と意見が対立したら、こちらの用意した偽者では敵わない。密偵を忍び込ませ、使えるようにするためには、長い時間がかかる。

 もっと即効性があって、有無を言わさず皇帝がジョシュアのことを解放するような方策がないだろうか。

 寝る間も惜しんで知恵を絞るのだが、うまくいかない。

 レイナールの銀の目の周囲は、寝不足で真っ黒になっている。白金の髪も、日に何度も掻き毟ってばかりいるために、パサパサになっていた。

「レイナール様」

 カールの声がして、レイナールは呻き声に近い返事をした。茶の準備をしてきた彼に、少しだけ顔をしかめる。休んでいる暇などない。自分が一息入れている間にも、ジョシュアは帝国へ一歩一歩、近づいてしまう。

「あなたが倒れたら、元も子もありません。どうか、これを飲み終わるまでは、ご休憩を」

 カップに注がれる茶は、熱湯そのものだった。まだ沸騰しているのか、ぽこりと音を立てる。わざわざ適温ではないものを持ってくるあたり、一気飲みしようとしていたのを、見越されている。

 レイナールは諦め、カールが机の上にカップを持ってきてくれるのを見つめる。まだ当分、口をつけられそうにない。

「カール。あとは?」
「と、申しますと?」

 素知らぬふりをしているが、レイナールの寝不足のあまり鋭くなった眼光にさらされて、カールは渋々、ポケットの中に突っ込んでいた封筒を取り出した。

「本当に、懲りない男……」

 封蝋はボルカノ王家の紋章。宛先はレイナールのみ。ペーパーナイフで中身まで切らないように、という配慮はもはやない。指でビリビリに破って開封して、中身に目を通す。返事を書く気は毛頭ない。

 相変わらず、色惚けした国王は、レイナールを愛妾にしようとあれこれ誘ってくる。宝石やボルカノ王国の公爵に叙するなどという口約束、果ては法律を捻じ曲げて、王妃にしようなどと妄言を吐く。

『お前は現状、ジョシュア・グェインの妻にはなれない。ただのレイナール・シュニーなのだぞ。余の命令を聞かぬのならば、再びヴァイスブルムを……』

 と、脅してくる。

 どんなに愛し合おうとも、レイナールはジョシュアと婚姻関係になることはできない。最初からわかりきっていることを、改めて思い知らせようとする。宛名も「グェイン侯爵預かり レイナール・シュニー」と書かれている。

 ヴァイスブルム王家の名前なんて、自分にとっては呪わしいばかりだった。白金と銀の色彩を持つだけで引き取られ、最初から最後まで利用することしか考えていない人間の血筋に、名前だけとはいえ、連なっているのが悔しい。

 ……呪わしい?

 ハッとして、レイナールは皇帝の人となりについて、再び目を通した。目まぐるしく頭を回転させる。

 確か、帝国にも大昔、シュニー家から嫁いだ白金の姫君がいたはずだ。

「いける、かもしれない……!」

 バン、と机に手を強く叩きつけた弾みで、カップの中の熱湯が零れた。慌ててカールが持っていたハンカチで拭こうとするが、レイナールが先に、手元にあった報告書で拭いてしまった。

「カール。お祖父様のところへ行こう」

 思い浮かんだ案は、もちろん絶対に成功するとは言えなかった。話を聞いたアルバートも難色を示したが、それ以上の名案は浮かばず、時間の制約もあり、賭けに出ようと決めた。

 レイナールは筆を執り、いつも以上に丁寧に、流麗に、それでいてこちらの意図をしっかりと伝える文章を綴る。何度も読み返してできあがった書状を、封筒に入れる。

 封蝋に刻むのは、グェイン家の紋ではない。雪の結晶を模したそれは、シュニー家の紋だ。

 これだけでは不足するかもしれない。そう思ったジョシュアは、ナイフを手にした。

「レイナール様?」

 何を、とカールが止める間もなく、迷うことなく、レイナールは自分の髪の毛を一束、切り取った。
「さあ、カール。ヴァンを呼んでくれ。アーノン家の者と、グェイン家の者。力を合わせて、ジョシュア様より先に、皇帝の元へ」

 気圧されたカールは、迅速に動き出した。

 どうか、間に合いますように。

 レイナールは切り取った自分の髪を、ぎゅっと握りしめ、祈る。

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