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連なる出会い、儚い命

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すぐには落ち着かないだろうと踏んだオレは和の屋敷を出た。
少し陰鬱な雰囲気に当てられたのかもしれない。
散歩がしたくなって、一駅離れた都会の喧騒とは無縁の自然公園に足を運んでいた。
のどかな自然を堪能しながら湖があるところまで行くと、近くのベンチに腰を掛ける。
優しい日差しに晒されていたベンチはとても温かい。
遥か上空には小鳥が歌うように飛んでいた。
ひとしきり景観を楽しんだ後、持参した小説を読む。
タイトルは“夏の息吹”。
一足先に季節を先取りしておくのも悪くはないだろう。
夕刻。そろそろ文字が見えづらくなってきたところでオレはあの夢のことを思い出した。
闇と鎖の空間で、確かな敵意を持ってオレを一度は殺そうとした謎の声の存在。
それはオレを知っているような口ぶりだった。
そもそもそうでなければ敵意を持たれる道理がない。
「……いずれにせよ、早めにその原因を突き止めたいところだ」
声が殺すと宣言してからその意思を反転させたように、いつまた突然殺すと言ってくるかは予想できない。
思考にいったん区切りをつけたところで水瀬からの着信を受け取った。
『さっきはごめんなさい。取り乱してしまって……。もう平気だから。少し今後の予定について話したいの。八神くんの都合のいい時にさっきの大部屋まで来て』
と記されていた。
「……本当に人の世には業がつきものだな」
オレはすぐに戻ろうとしたのだが、散歩道をゆらゆらと不安定な足取りで歩いてくる少女に気づいた。
身体の軸がぶれ、明らかに異常をきたしている。
「大丈夫か?」
できる限り心遣いをして声をかける。
「助け、て」
そういうと身体がオレの方へと傾く。
手を伸ばして支えることにした。
助けて、とは何から助ければいいのだろう。
彼女の背後を確認するが誰かがやってくる気配はない。
まして視界の範囲内にはオレと彼女しかいない。
「どうしたんだ。具合が悪いのか?」
彼女は飛びかけの意識なのだろう、うつろな瞳のまま頷いた。
「……わかった。今救急車を呼ぼう」
それからは早かった。
救急車が来ると
「お兄さんですね?乗ってください」
と言われ、あれよあれよという間に連れていかれてしまった。
それからも否定する間もなく、病院へ到着。
状況の整理やら倒れた少女の検査やらを行い、病院の一室に入れられた。
謎の少女と共に。無粋だとも思ったが医師に診断結果を聞くと、癌だという。
それもすでに治療できる域のものではなく、全身に転移しているという。
これまで普通に歩けていたこと自体が一種の奇跡とも言っていた。
だがそれ以上に驚いたのは近隣の病院から彼女と似た容姿・症状の患者が脱走したという。
……間違いなくベッドの上で寝ている少女のことだろう。
「なんで、オレここにいるんだ……?」
つくづく面倒なことに巻き込まれるなと自嘲の笑みがこぼれた。
帰ろう。
オレはこの子の兄じゃないし、ただの行き掛けの駄賃で付き合っただけだ。
以降は関係ない。
本当の家族が来てくれることだろう。
それに水瀬と話さなくてはならないことがある。
そう思って席を立とうとすると袖口をなにかに引っ張られた。
「待ってよ、あと少しだけいて」
声の方を見ると、寝ていたはずの少女が起きていた。
顔が赤い。
発熱もしているようだ。
でもその顔には柔らかい笑顔がたたえられていた。
「……何を勘違いしているのかはわからないが、オレは赤の他人だぞ。覚えてないか? ただその場に居合わせただけの人間なんだよ」
「うん、覚えてる。でも側にいてほしいの。誰かがいてくれないとわたし怖いよ」
「そう言われても、な。オレにはオレのやることがあるし、君の家族も来るだろう? その場にオレがいるのは不自然だ」
「……いないの。私に家族はいない。みんないなくなっちゃった」
「だが、兄はいるんじゃないのか?」
先の医師の話を聞いていると兄がいる前提で――オレのことをそう誤認していた――話していたように思う。
だから彼女の言葉を聞いた時にはその意外さに驚いた。
「兄さんはわたしを見捨てたの。お前はいらない、ただのお荷物だって。だからわたしには誰もいない。独りぼっちなんだ」
オレは椅子に座りなおした。
「他人のオレで良ければ今日の間だけ付き合おう」
「やった! ありがと、えと……」
「オレは八神零だ。好きなように呼んでくれ」
「零君、か。うーん、まだるっこしい!零って呼ぶね」
「あ、ああ」
よほど人と話せるのが嬉しいのか病に臥せっていてもテンションは高めだ。
あるいは病を忘れようとして空元気をひねり出しているのかもしれない。
「あっ、私の名前がまだだった。わたしは結月香織。年は十四だよ」
年下だとは思っていたが、思ったよりも近かった。
この年で誰も頼れる人がいないというのは酷に違いない。
まして生い先短い結月ならなおのこと。
……今気づいたが自己紹介に年はいらなくないか?
「ね、零ってさなんでわたしを助けてくれたの?」
「助けたのは救急隊員と医師だ」
「じゃあ質問を変えるね。どうして病室からすぐに出ていかなかったの?」
「行き掛けの駄賃。それ以外の理由はないな」
そういったものの本当の理由はほかにある。
過去の贖罪だ。
こんなことで罪の重さが軽くなるわけじゃない。
ただの自己満足でしかない。
それでもやるべきだと思った。
だから結月を助けた。
ただそれだけの事。
「ふーん、零は優しいね。絶対モテるでしょ」
「結月の元気が出たようで何よりだ」
こういう言葉はスルーするのが一番だということをオレは知っている。
「結月じゃなくて、か、お、り! 香織って呼んで」
「……香織、あんまり感情を荒立てると熱が上がるぞ。だから安静にしてろ」
「零が兄さんだったらよかったのに……」
「どんなにひどい兄だったのかはわからないが、嘘でも身内を傷つけてやるな。オレのような他人はどこまで行っても他人だが、家族は唯一無二の存在なんだから」
「わかったよ。……でもね、零が兄さんだったらよかったって言うの、ほんとだからね」
それから夜まで他愛のないことを話し、決して彼女の病には触れなかった。
彼女もそんなオレの心を察してか病に触れることはなかった。
“最終面会時間の終了です。面会者の方はプラカードを返却の上、速やかに院外に出るようにしてください。繰り返します――”
俺たち二人の間に院内放送が流れる。
「もう終わりか――。零と話すのすっごく楽しかったのに、残念」
「そうかもな。オレも、楽しかったよ」
心にもないことを言う。
「……また来てくれる?」
それは期待のこもった声だった。
期待には応えてやりたかったがオレができたのはあいまいな返事だけだった。
「そうだな。またいつか来たいと思ってる」
この妙に距離が近い少女は大輪の向日葵のような笑顔でオレを見送った。
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