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番外編① 月下の憂鬱

その時を夢見て(5)

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「また辻斬りか……」

 禁止令が出ているというのに、ここ最近、町に多くの辻斬りの被害があった。
 その切り口から、同一犯であることは明らかなのだが、中々犯人を捕まえることはできていない。
 目撃者も少ないし、中には奉行所の者や、名だたる剣豪までその被害にあっている。


「今回は、目撃者がいたんでしょう?」
「あぁ、それが……犯人は女人だと…………」
「女人……?」

 吉次郎は、その話を聞いて俄かには信じられなかった。

「女人に切られるなど……そんな馬鹿な話、嘘に決まっている」

 辻斬り討伐のために集まっていた武士達も、その話を信じる気にはなれないようだった。

 しかし、今宵は満月の夜。
 月明かりに照らされた犯人の姿が普段より見やすいはず。

 多くの人が見回っている中で、堂々とした犯行。

 足取りが掴めない。手がかりがまるでない。
 筵に横たわる死体を見ながら、吉次郎は憤っていた。
 だがしかし、彼はあることに気がつく。

「この人が切られたのは、いつ頃ですか?」

 傷口に、少しだけ、黒いもやのような、影のようなものが見えた気がしたのだ。

「ほんの、半刻ほど前だ」


 * * *


 一方、八百比丘尼は吉次郎の家族達に手紙をしたためると、誰にも何も言わずに荷物をまとめて家を出た。
 遠くの山で、狼の遠吠えが聞こえる。

「さて……出て来たのはいいが、これからどこへ行こうか?」

(夏も終わることだし、南の方へ行こうか? 冬は北へ行くと、寒いからな。食い物も少ない。いや、しかし、鍋料理は美味いからな……)

 何も言わずに出て来たことに、罪悪感もあり、気を紛らわす為に、わざと食べ物のことばかり考えていた。
 気がつくと吉次郎と過ごした日々を思い出して、涙が出そうだったからだ。

(…………今日が新月だったら、泣いていたかもしれないな)

 橋の上を歩いていると、緩やかに流れる川の音とは別に、足音が聞こえて来た。
 その足音は、一人分なのに、もう一人分、気配を感じる。

(なんだ……?)


 足音は段々と八百比丘尼の背後へ近づいてくる。
 そして、橋の上でピタリと止まった。

 月明かりに照らされて、振り上げられた刀が光る。
 勢いよく振り落とされた刀は、彼女が後ろを振り向く前に背中を斬った。

(斬られた…………!?)

 血しぶきが飛ぶ中、八百比丘尼のその青い瞳に映ったのは、緋色の瞳をした女が、恍惚とした表情でこちらを見下ろす姿。

 八百比丘尼は橋の上に倒れる。

 女は橋の上で奇妙な笑い声をあげたかと思うと、その場から立ち去ろうと踵を返した。

 しかし、彼女は不老不死だ。
 この程度の傷、すぐに元に戻る。

 女が握っているあの刀は、明らかに妖刀であった。
 妖刀に体を奪われているのだ。

(辻斬りの正体は……妖刀だったか————)

 妖刀が相手となれば、普通の人間には太刀打ちできない。
 このまま死んでいるフリで隙を見て、取り抑えようと思った時、最悪の事態が起こる。

「尼様!!!!!」

(吉次郎……!?)


 黒い影を追っていた吉次郎は、橋の上で八百比丘尼が斬られたのを目撃していた。

「待て……吉次郎!! そいつは————」

 八百比丘尼が叫んだのが先か、吉次郎が女に斬りかかったのが先か…………


 そのどちらよりも先に、妖刀が吉次郎の腹を裂いた。


「吉……次郎?」


 橋の上にまた、血しぶきが飛ぶ。





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