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最終章 受け継がれるもの

第64話 白虎の竹林

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 狛七達の背に乗って、俺と茜は刹那が待つ白虎の竹林へ向かった。
 夜明けまでまだ時間がある。

「上からだと何も見えないな……」

 白虎の竹林は、その名の通り長い竹が無数に生えていた。
 大きな寺院がすぐ近くにあり、殺生石の結界はここの住職と里から派遣されている陰陽師たちが守っている。

 話を聞くために寺院の中庭に降り立たった。
 静かな寺院に、強い風が吹く度、葉擦れの音とカポカポと竹同士がぶつかる音が聞こえる。

 夜明け前ということもあるとは思うが、それにしても、一切人の気配がしない。
 刹那達が先に来ているのだから、非常事態であることは、寺院の人たちもわかっているはずだ……

(寝ている場合か? もっと警戒心を持った方が————)

 そう思って、誰か起こそうと、一番近い縁側に上がって、障子を開く。

「誰もいない…………」

 布団だけがいくつか敷かれているが、人の姿がない。
 どの部屋も同じだ。
 布団はあるのに、人がいない。

「茜……どうした?」

 先に本堂の扉を開けた茜は、驚いた表情を浮かべたかと思うと、眉間にしわを寄せる。

「あの女狐…………なんてことを……」

 中は悲惨な状態だった。
 仏像は床にバラバラになって転がっていて、数人の僧侶がその前で血まみれで倒れている。


 誰一人、生きている者はいなかった。


 その中に、里の者も、刹那の姿もないが、この静けさだ……
 もしかしたら、他にも、人が死んでいるのではないかと……
 俺の中で悲しみと怒りが大きくなる。

 それを感じ取ったのか、茜は俺の手を握る。

「落ち着け、颯真。今ここで力が暴走したら、また気を失うぞ」

「あぁ……そうだな」

(落ち着いて状況を把握しよう……)

 血の匂いに、頭がおかしくなりそうで、外の空気を吸うために本堂から出ると、葉擦れの音と竹の打つかる音と一緒に、何か別の音が…………
 声が聞こえた気がした。

「颯真……今の声……」
「行ってみよう。刹那達かもしれない————」

 声が聞こえた竹林を目指して、俺たちは走った。



 * * *






 狛七と獅子は、竹の間を進むのに本来の姿だと大きすぎるため、狛七は少年に、獅子は少女の姿にそれぞれ擬態して、殺生石のある祠まで先導してくれていた。
 竹林の中に細いが整備された道がある。
 この道の先に、殺生石が封印されている祠があるらしい。

 空は徐々に明るくなって来ていて、祠へ向かう途中の道で、いくつか竹が倒れていたり、傷がついているのが見えた。

「この傷はなんだ? 刀で切ったような傷だな……」

 茜は不思議そうにその傷跡を見ていたが、俺は何度か見たことがあるそれがなんなのか、すぐにわかった。

「ああ、それは多分、刹那が戦った形跡だ」

 刹那は俺とは比べ物にならないくらい色々な術を使って戦うことができるが、戦闘時は基本的に特殊な素材でできた扇子を使うことが多い。
 扇子の先が刃物になっていて、人間には害はないが、妖怪や悪霊はそれで切られると致命傷になる毒が塗られているらしい。

 扇子が竹を掠ったのだろう……


「多分、刹那はこの竹林のどこかで戦っているんだ……春日様が送った蝶の式神に返事をすることもできない状態何だろう————」

 刹那は、春日様を尊敬している。
 その刹那がすぐに返事を出せないのだから、大変なことになっているに違いない。


「うわ………っ」

 刹那のつけたであろう形跡を辿ってさらに奥へ進むと、強い風が吹いて大きく竹が揺れた。

「呪受者様!! 危ない!!」

 ミシミシと音を立てて、竹が倒れてくる。
 狛七が叫んだおかげで、間一髪でその竹を避けると、竹と竹の間から、動く人影が見えた。


「刹那!!」

 やはり、刹那は何かと戦っているようだが、相手が竹に隠れて見えない。
 刹那は俺の声には気づいていない。
 近づいて、もう一度声をかけようとした。
 
 その時だった。

 竹に隠れて見えなかった相手の姿が見える。



「し……士郎さん————!?」




 それは勾陳の洞窟で死んだはずの、師匠の姿だった——————


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