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第四章 破鏡重円

第35話 鏡の向こう

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「七瀬っ!! 七瀬!!!」

 繋いでいた手が、鏡の向こう側にある。
 吸い込まれるように体ごと鏡の向こう側へ入ってしまった七瀬が、その手で何度も何度も鏡の向こう側から必死に叩いても、何も変わらない。

 どうしたらいいのかわからずに、七瀬が吸い込まれた鏡に触れ、必死に名前を呼んだが俺の声は届いているだろうか…………
 彼女も何かを俺に訴えているが、その声は俺に届いていない。

「七瀬!!」

「なぁに?」


 その代わり、俺の後ろから声がした。
 鏡の向こう側の七瀬が、俺の背後を指差さした。

 だが、そこに何がいるのか、振り返らなくても、俺にも見えていた。
 ここに鏡は8枚ある。
 目の前にある七瀬が吸い込まれた鏡の右隣の鏡に、俺の視界の右端に、いや、なんならおそらくこの吸い込まれている1枚以外の鏡全てに、おそらくソレが映っている。


「どうしたの? ニノマエくん…………」


 ニヤリと不気味に笑った。
 さっきまで向こう側にいた、七瀬葵と同じ顔をしたソレが、緋色の瞳で俺の後ろに立っている姿だ。

 振り返ってはいけない気がして、鏡越しに俺はそれと対話した。

「…………お前は……誰だ?」
「ナナセ……ナナセだよ、ニノマエくん。何言ってるの?」


(考えろ…………考えろ…………俺に気付かれずにこんなことができるなんて、そうとう強い妖怪か悪霊に違いない………)


「何言ってるんだ…………お前が? 七瀬だって?」
「そう……ほら、こっちを向いてよ…………わたし、ここにいるでしょう? 鏡にも映っているでしょう?」

 声も似せているようだが、声色が違う。
 俺は後ろの席から聞こえる七瀬の声に、その綺麗な声に、ずっと胸を高鳴らせていた男だ。
 今、俺の耳に届いているその声は、別物だ。

「たしかに映ってる。だけど、お前は七瀬じゃない…………」


 話しながら、気付かれないように右手を制服の内ポケットにいれて、護身用に持ち歩いていた札を1枚手にした。


 鏡の向こう側で、本物の七瀬葵は不安そうにこちらを見ている。
 もうこれ以上、偽物の声を聞きたくなかった。

拘疾風こうしっぷう……————雷束らいそく!!」

 振り向きざまに術式をかけた札を、偽物の首に向かって投げつける。
 札は、疾風のごとく飛んで、青い雷がバチバチと音を立てながら偽物の首を締める。


「くっ……」

「黙れ、偽物。その気色の悪い目で、偽物の声色で、七瀬を名乗るな」


 偽物はそれでもまだニヤリと笑う。

「こんなもので、わしを封じられると思ったか?」

 偽物は背中から鏡の中へ入って行った。

「待て!!」

 追いかけて、偽物が入った鏡を触ったが、一歩遅かった。

 鏡の中を偽物の七瀬葵がぐるぐると回り、逃げ回る。

「くそ…………」

 8枚の鏡、その1枚に閉じ込められた本物の七瀬葵の方へ、偽物は移動して、本物の後ろに立った。

 偽物に何か言われたのか、振り返った彼女は緋色の瞳を見て腰を抜かし、その場に座り込んだ。

 緋色の瞳がこちらを見つめ、またニヤリと笑う。

 気持ちの悪い笑顔だ。

 一刻も早く、彼女を鏡の外に出さなければ……
 悪い予感しかしない。


 本物はこちらに背を向けているから見えないが、おそらく彼女は泣いている。
 肩を震わせて、その恐怖に怯えている。

(どうしたら……どうすれば…………っ!!)


 偽物の手が、本物の体に触れようと、手を伸ばした——————







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