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第9話
しおりを挟む「ですから、知りませんよ。私はただの医師で、それも専門は美容外科だったんです。そういうのは、本島の精神科の先生にでも聞いてください」
まったく、なんでみんなして私に聞いてくるのか……
運ばれてきた若い警官は、一時心停止を起こしていたけれど、なんとか一命をとりとめた。
目覚めれば、まるで一度心臓が止まったとは思えないほど、けろっと元気になっていて、山で何が起こったか、全く記憶にないという。
あまりに不思議で、不気味すぎて、こっちがおかしくなりそうだと思った。
「ああ、それと、田沼幸子さんなんですけどね……さっき、署から連絡があって、田沼幸子さん本人で間違いないみたいなんですよ」
「…………は?」
この人は、何を言っているの?
「指紋も、DNAも本人と一緒。もちろん、息子さん————いや、娘さんか……優さんとも鑑定しました。こちらもまさかと思ったんですけど、親子関係成立。若すぎて驚いたけど、あれで50歳なんですよ」
「いやいや、待ってくださいよ! そんなこと、あるわけないでしょう!? どう見たって、50歳じゃないでしょう!?」
実の子供も、隣人も否定しているのに、どうしてそうなるのか、理解できなかった。
でも、刑事のスマホに送られてきた検査結果が、全て本人と一致となっているのだ。
科捜研が間違うわけがない。
「待ってください、待ってください……本当に、なんで……!?」
もうわけがわからない。
どうして?
なんで?
何がどうなって!?
「いや、それがね、精神科の先生を交えて取り調べをしたんですけど、田沼幸子さん……食べたんですって」
「……何を?」
「毒キノコですよ」
「………………は?」
毒キノコを……食べた……?
「ほら、あのキノコ、心の病に効くって噂があったでしょう? それでね、亡くなった崇さんが……亡くなる前日に採って来たんです。そのキノコを。しかも、崇さんが、直接一人で台所に立って調理したそうで……」
刑事さんの話によると、そのキノコが入った料理を幸子さんだけが食べたそうだ。
崇さんは橘さんを高田さんと同じ心の病だと思い込んでいた。
橘さんが手術を受けることを応援していた幸子さんも、同じく心の病だと決めつけていた可能性が高く、その心の病を治すために、幸子さんだけに食べさせたのだ。
「結婚して30年、崇さんが料理を作ってくれたのは初めてだったみたいで、奥さんは喜んでそれを食べたんです。解剖した崇さんの胃の中には、キノコは見つかりませんでしたから、崇さんは食べていない。で、そのまま普通に寝て、翌朝ですよ」
田沼幸子さんは、診察の時に言っていたように、隣で寝ていた崇さんの様子がおかしいことに気がついて、すぐに橘さんに連絡する。
だが、その時にはもう、崇さんは息を引き取っていた。
「認めたくなかったんでしょう。急に、旦那さんが亡くなって……だから、あの人には、旦那さんがまだ生きているように見えてる」
それは……確かに、精神的ショックからそういう幻覚を見る人がいると聞く。
中には伴侶の死をきっかけに、認知症になってしまう人も……
「でも、それで、どうしてあの人が田沼幸子さん本人だってことになるんですか?」
「だから、そのキノコですよ。あの毒キノコ、どうも若返り効果があるんじゃないかって話です」
「わ……若返り?」
「幸子さんの若い頃の写真と見比べたらね、同じ顔をしていたんです」
そんな……バカな……————
「ほら、これが幸子さんの10代の頃の写真です。横浜にある高校の卒業写真です」
セーラー服を着た女学生たちの中に、あの女性とまったく同じ顔があった。
幸子さんは、結婚、妊娠を経て別人のように顔つきが変わっていて、実の子供である橘さんは全く気づかなかったそうだ。
それに幸子さんのご実家は火事で一度全てを失っていたため、若い頃の写真を一度も見たことがなかった。
「本人も、鏡なんて見る余裕もなかったんでしょうね」
世の中には、不思議なことがあるもので……その後、崇さんの死因は心不全。
事件ではなく、病死ということで収まった。
それにしても、美容外科の医師としては、若返りのキノコのことが気になって仕方がない。
そのキノコを調べれば、アンチエイジングに役立つのではないだろうか?
いや、でも……祟られるかもしれないのは、怖いなぁ…………
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