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最終章 君がいるから

第68話 君がいるから(11)

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「ババ様……!!」

 喋る烏が1羽、ババの前に飛んできて、何かを報告している。

「おや、雪女がもう1匹。帰ってきたようだね……」

 この空間は、小泉家とつながっているようで、小泉家を監視していた烏が、もう一人の雪女である雪乃の姿を捉えたのだ。
 ババは、エリカが新しい小泉家の場所を知っていたため、そこを利用した。
 雪乃がいなくなって直ぐに、小泉家を訪ねてきたのはエリカで、その隙にババと烏がブレーカーを壊し、停電させて、暑さで本来の力が発揮できない雪子はここへ運び込まれた。
 ババは雪乃が戻ってくることを見越して、烏に娘が帰ってきたら報告するように言ってあったのだ。

「娘の方は半妖らしいが、まぁ雪女であることに変わりない。さっさとお前たち親子を売って、この冥雲会再興の資金にしなくてはな」

「ふざけるな! 雪乃に手は出させない!!」

 雪子は激昂し、格子の間から氷柱を放ったが、檻にかけられた術のせいで届かない。
 妖怪はこの檻の中からは出ることも、攻撃をすることもできない。

 それに加えて、エリカが使った術によって、檻の内部の温度が高いのだ。
 あまり温度を高くしすぎると、雪女は溶けてなくなってしまうため、そのギリギリの温度を保っているというのが、雪子には苦痛だった。

「ダメですよぉ……大人しくしてください! 雪乃なら、エリが迎えに行きますから」

 エリカはニコニコと笑いながら、小泉家へと続く通路を走っていった。

 洗脳されているエリカが、雪乃に何をするかわからない。
 雪子は何もできないこの状況が悔しくて、たまらなかった。

 あれから50年も経って、雪女として十分すぎるくらいの力を持っているのに……
 子供一人守れない自分が腹立たしい。

 それ以上に、冥雲会に対する雪子の怒りは、ピークに達していた。




 * * *


「解《かい》!!」

 浅見が玄関の方を向いてそう叫ぶと、何もなかった空間に、縦に大きな切れ目が入り、暗闇が現れた。
 その暗闇の向こうに、ぼんやりと光りが見えて、洞窟の入り口が見える。

「この先に、雪子が……?」

 智は一目散に切れ目から中に入ろうとしたが、浅見が腕を掴んで止めた。

「待ってください! 心配なのはわかりますが、あなたが行ってどうにかなるものではないです」
「で、でも! 雪子が……!!」

 全くその通りなのだが、それでも行こうとする智。

「私が行くから、大丈夫。パパは、ここに残って……!!」

 雪女の姿へ変化した雪乃に止められて、ようやく智は引き下がった。
 ただ見えるだけの人間が行ったところで、足手まといになるだけだ。
 父親としてはそれが悔しかったが、雪女である母親と同じ姿の雪乃を見て諦めた。

「行こう、ゆきのん…………!!」
「うん……!!」

 雪乃と蓮は闇の中へ入って行った。
 その後ろについて、浅見も入ろうとした……その時、背後から音がして、振り返るとそこには————


「もう……アサミン、余計なことしないでよ————」

「え、エリちゃん!?」


 空間を切り裂くなんて手荒な方法ではなく、正規ルートでこちらへ戻ってきたエリカが立っていた。
 そして、すでに雪乃と蓮は洞窟を目指して進んでしまっていて————

 雪兎がギリギリのところで滑り込んで入ったが、浅見が中に入る前に、裂け目は消えてしまう。


「せっかく、エリが雪乃を迎えにきたのに、意味なかったじゃん? 無駄足……」
「お前が……お前が雪子をさらったのか!?」

 智はエリカの胸ぐらを掴んだ。

「やだぁーおじさん怖いんだけど! 痴漢? 訴えるよ?」

 そう言いながら、エリカは術を使って気圧で吹き飛ばし、智は壁に頭をぶつけて倒れた。

「エリちゃん……一体何を!! どうして、こんな————冥雲会に協力なんて!! 学校祭でひどい目にあったこと、忘れたのか!?」
「学校祭? あー、あんなの別に、エリは平気だったし。それに、冥雲会って、案外いいところだよ?」

 エリカは恍惚とした表情で胸の前で両手を合わせる。

「それにね、ババ様が約束してくれたの。エリ、氷川家の当主になれるって……。雪女さえ捕まえたら、雪乃はエリにくれるんだって……」

「エリちゃん……何言って————」

 浅見はエリカの様子がおかしいことに気がついた。
 浅見はエリカとは仲が良くて、よく相談相手になったり、なってもらったりしていた。
 年の差はあるけど、本当に友達のような関係だ。
 だから、エリカが本当は氷川家の跡継ぎとしてふさわしい力を持っていることも、エリカが雪乃を好きだということも知っていた。

 だけど、エリカはこんな風に、自分の欲望の為だけに人を傷つけるような子じゃない。

「エリちゃん……」
「エリの邪魔をするなら、アサミンには消えてもらわなきゃね……」

 エリカは笑いながら、自分の左手の小指の腹を噛んで血を出すと、下唇に当てる。

 フッと息を吹きかけると、小指に当たった風がエリカの血と混ざり合って、無数の棘ができる。
 誰に習ったわけでもない。
 術は見よう見まねで、偶然見つけた古い文献から学んだ。
 浅見と同等、もしくは、それ以上の力をエリカは持っていた。

 無数の棘が、浅見に向かって飛んでくる————

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