57 / 78
第五章 青い果実
第57話 青い果実(完)
しおりを挟む「いい? 雪乃ちゃん、絶対にこの家から出ちゃダメよ?」
「うん、わかった」
「今が夏休みで、本当に良かったわ……」
雪子にとって、冥雲会に監禁されていたという事実は、ずっと消えることのない心の傷である。
雪女は、妖怪のなかでも特に希少価値の高い妖怪だ。
生粋のお嬢様だった雪子は、人間とは年のとり方が根本的に違うとはいえ、あの当時の雪子はまだ雪ん子から雪女に成長したばかりで、まだまだ妖怪としてはとても若く、そして未熟だった。
今の雪子の力であれば、娘の雪乃一人くらいなら、十分に守って行けるだろう。
ただ、問題があるとすれば、今が夏だということ。
雪女は暑さに弱い。
地球温暖化に伴い、居住地を東京から北海道に移したのだが、それでも暑いものは暑い。
雪子はこの家に籠城して、冥雲会の魔の手から、家族を守ることを決めていた。
「絶対に、雪乃ちゃんはママが守るわ。そして、今度こそ、あいつを……あのババを、私の手で————」
* * *
「しばらく家から出られないの。冥雲会が雪女や他の希少価値の高い妖怪たちを狙ってくるだろうからって……」
『やっぱりそうなんだね。俺の方でも、祓い屋協会が冥雲会を今度こそ討伐するって言っていたよ』
雪乃は自室で、蓮にビデオ通話でお互いの状況を伝え合っていた。
(せっかくレンレンと……その、ママたちにはもちろん内緒だけど、夏休み中にたくさん会えると思ってたのにな……)
『ゆきのん? どうしたの? 大丈夫?』
元気のない雪乃の表情に蓮は気がついて、心配そうに眉をひそめた。
「なんでもないよ。ちょっと、寂しいなって思っただけ。でも、今は画面越しでもレンレンとこうして話すことができて良かったよ」
(本当は直接会って、話したかったけど……それにしても、ずっと画面越しに動画を見てたレンレンとこうやって会話するのって、なんだか不思議な感じね)
『仕方がないよ。冥雲会ってすごく危険な奴らみたいなんだ。じいちゃんも、他の祓い屋協会の人たちも、手を焼くくらいだし……ゆきのんに何かあったら大変だよ。でも……』
「でも?」
『俺はまだ見習いだから、そばでゆきのんを守ることができないのが、悔しい……』
そう言いながら、蓮はいつもの癖で、照れ臭そうに首の後ろを掻いた。
雪乃も雪乃で、ポッと頬を赤くしている。
「あーもう、見てられないんですけど! お二人とも、しっかりしてくださいよ!! とても危機なんですよ? 惚気てる場合ではないんです!!」
「ちょっと! 雪兎!! 今いいところだったんだから、邪魔しないで!」
雪乃と蓮の甘ったる雰囲気に耐えきれず、雪兎は画面の端からひょこっと顔を出して、文句を言った。
雪乃は画面に入ってくるなと、雪兎を押しやる。
『今そこに、雪兎がいるの?』
「え?」
しかし、蓮には雪乃しか見えていないようだった。
パントマイムをしているようにしか見えない。
「ここにいるけど……見えないの? レンレン」
『うん、声は聞こえるんだけど、姿が見えないや……あれかな? 妖怪って、ビデオ通話じゃ見えないのかな?』
「そうかもね……よく心霊番組でも、カメラには映らないって言うし」
「おや、蓮殿には、僕のこのキュートな姿が見えないのですか? それはもったいない」
雪兎はカメラの前でふざけたポーズを決める。
その姿を見て、雪乃は大爆笑するが、見えていない蓮には、雪乃が笑っている姿しか見えなかった。
『いいなぁ、そんなに面白いなら見て見たいなぁ……次に会ったら、見せてよ』
蓮は雪乃に笑顔が戻って少しほっとした。
本当は、このときに気がつけばよかったのだ。
そうすれば、あんな危険な目に蓮が合うことはなかった。
雪乃とのこのビデオ通話から、3日後、蓮は姿を消す。
その原因は明らかだった。
妖怪が、再び見えなくなったのだ。
もちろん、声も、聞こえなくなっていた。
雪乃がそのことを知るのは、もう少し先の話である。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる