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第五章 青い果実
第50話 青い果実(5)
しおりを挟む「なぁ聞いたか?」
「あぁ、氷川の倅が結婚するのだとか……」
「長男の方か? 次男の方か?」
「長男に決まってるだろう、あの色男の方さ……」
そんな話が、噂好きの妖怪たちの間で広がったのは、すでに結納も済み、結婚式の日取りが決まった頃だった。
もちろん雪子もその話を耳にする。
(まだプロポーズも受けてないのに、気が早いわね……)
最初は、自分のことだと思っていた雪子。
祓い屋のような妖怪の姿が見える人間と結ばれることは、別に珍しい話ではない。
実際、雪子の親類の別の雪女や雪男の中にも、そういった妖怪は存在している。
しかし、日が経つにつれて、妙な噂を耳にするようになった。
「知ってるか? 相手の娘、なんでも顔に大きな火傷の跡があるとか……」
「あぁ、それに、最近問題になってる冥雲会と関わりがあるとか、ないとか————」
「冥雲会? なんだいそれは?」
「知らないのか……? 最近神隠しにあう人間の子供が多いだろう? それがどうも、冥雲会の仕業だとか」
「いや、あたしが聞いた話だと、妖怪を人間に売っているって話だよ?」
(冥雲会……?)
妖怪たちが噂している聡明の相手が、自分ではないことに雪子は気がつくと、雪兎に調査するように指示をだす。
そして、雪兎の調査によって、聡明の相手が、どこぞの祓い屋の娘だと知り、雪子は直接聡明に会いに来たのは、結婚式の5日前だった。
「聡明、一体どういうこと? 私と……私と添い遂げてくれるのではなかったの?」
夕方になり、聡明が帰宅するタイミングで、雪子は聡明を呼び止める。
いつも優しくて、他の普通の人間たちと接するように、分け隔てない聡明のことを、雪子は心から愛していた。
聡明の言葉も、しぐさも、全部自分のものになると思っていた。
「祓い屋の娘と婚約したというのは、本当なの?」
時期的に考えて、婚約が決まってからも、聡明は雪子にそんなそぶりは一切見せずに、いつものように接していたのだ。
雪子は信じられなかった。
きっと、親の言いつけか何か、断れない理由があるのではないかと思っていた。
しかし、聡明の口からありえない言葉が返ってくる。
「この俺が、妖怪のお前と添い遂げるなんて、ありえないだろう? 何を言ってるんだ?」
小首を傾げ、本当に理解できないという顔をしていた。
責められているのは聡明の方なのに、逆に雪子の方が責められているような気がしてくる。
女なら、人間でも妖怪でも関係なく見惚れてしまう色男は、決して、自分が間違っているとは思っていないのだ。
それどころか、なぜ、雪子が自分にそんなことを聞いてくるのか、理解できない。
「俺は氷川家の跡継ぎだ。お前は妖怪で、それも雪女だ。なぜ俺が、大事な商品に手を出さなければならない?」
「しょう……ひん?」
(今、なんて————?)
聡明は、戸惑う雪子の手を取り、冷たい手の甲に口づけると、いつもの優しい笑顔のまま、恐ろしいことを口にする。
「雪女は、高く売れるんだ。だからこうして、大事に扱っていたというのに…………————」
「何を……言って……————」
これでは、どちらが人間で、どちらが妖怪かわからない。
口調は優しいのに、聡明の瞳の奥に狂気を感じた。
「私は……聡明のことを……お前のことを————」
愛していたのに。
そう告げる前に、雪子の体が、急に動かなくなる。
いつの間にか背後に現れた別の誰かが、雪子に術をかけて、眠らせたのだ。
聡明は雪子を抱きかかえると、氷川家の大きな屋敷の奥にある古い大きな蔵へ運び入れた。
そして、その地下にある座敷牢に、雪子を監禁した。
数時間後、雪子が目を覚ましたのは、銀色の檻の中だった。
檻の入り口には、冥雲会と刻まれた南京錠がかけられ、その上特殊な術のかかったこの銀色の檻の中から、妖怪は出ることができない。
「裏切ったのね…………私を、この私を…………聡明!!」
誰もが寝静まった夜、雪女の声は、誰にも届かなかった————
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