上 下
36 / 78
第四章 君がいない夏

第36話 君がいない夏(5)

しおりを挟む

 学校が休みの土日の2日間、人が変わったように修行に励み、浅見の話もいつにもなく真剣に聞いて、急に覚えも早くなった。
 たった1日でこんなに人が変わるなんて、きっとあの夜学校で危険な目にあって、ようやく霊や妖怪の存在を理解し、後継者としての自覚を持ったのだろうと浅見は思った。

 ところが、月曜日の朝、日課である念仏を唱えながらも、蓮はなんだかどこかソワソワしている。

「蓮、何かあったのか?」

 朝食を心そこにあらずな感じで食べていた蓮に、浅見はそう尋ねた。

「別に、何も……今日から、また学校だな……って、それだけ」

 それだけという割には、浅見が作った甘い卵焼きも、絶妙なタイミングで焼いた鮭にもほとんど箸をつけていない。
 豆腐とわかめの味噌汁の入ったお椀を両手で持って、汁だけをすすっているようだ。

 何かの病気かとも思ったが、登校時間には颯爽と歩いて行った。
 奇妙な蓮の様子を、浅見は首を傾げながら見送ると、ちょうど散歩のため玄関で靴を履いて、外に出ようとしていた鏡明に尋ねてみる。

「師匠、何があったのか、知ってます?」
「さぁな……わしは知らん」

 鏡明は、口ではそう言っていたが、明らかに何か知っているようで、機嫌が悪い。
 これ以上詮索して、怒鳴られるのは嫌だなと思った浅見。
 だが、何があったのかわからず、仲間外れにされているような感じがして、年甲斐もなく拗ねた子供のように口を尖らせながら門の外へ歩いて行った鏡明の後ろ姿を眺めた。
 すると、近所の奥様方が手にゴミ袋を持っているのを見て、今日が資源ごみの日であることを思い出す。

「あ、いけない忘れるところだった。今日は月曜日だったな!」

 慌ててゴミステーションへゴミを捨てに行った。
 そこで近所の奥様方と混ざって、話をしているうちに、蓮と同じぐらいの年頃の子供がいる奥様に、蓮の様子が変であることを相談すると、返ってきた答えが

「好きな子でも、できたんじゃないの?」

 だった。

「なるほど、恋ですか……」

 自分の学生時代を思い出し、きっと学校に好きな女の子がいるから、会うのが楽しみなのだろう、と思った。
 帰ってきたらどんな子か聞いてみよう、とも。

 しかし、いざ学校から帰ってきた蓮の表情は今朝とは違い、暗くなっていて……

「どうしたんだ? 好きな子にフラれたか?」

「……いや、そうなのかな? なんの連絡も取れないし…………でも、多分、違う。そうだよ……俺が、早く一人前の祓い屋になれば……そうすれば、きっと————」

 浅見の問いには答えずに、ブツブツと自問自答を繰り返す。
 そして、急になにか決意を固めたようで、浅見に言った。

「浅見さん、俺、早く立派な祓い屋になります!! なので、指導をお願いします!!」
「あ、ああ……」

 瞳の奥に、ギラギラとした熱いものを感じ、浅見は蓮がやる気をだしてくれて嬉しかった。


 * * *



「いや、待って! だから、祓い屋の修行をやる気になったなら、それでいいじゃない。どこがおかしいのよ」

(レンレン……好きな人いたんだ…………)

 そこには少しショックを受けながら、エリカの話にツッコミを入れる雪乃。
 何がそんなに心配なのか、ここまで聞いてもわからなかった。

「だーかーらぁ、そこまではいいの。問題は、この後ぉ……学校以外はずっとアサミンか鏡明じいちゃんと一緒に除霊現場とか、妖怪退治についてきてたらしいんだけどぉ————才能がなさすぎて」

「え?」

「やっぱり見えないからさぁ、悪霊とか妖怪とかうようよいるところに、自ら突っ込んで行っちゃって、余計な仕事は増やすは、大事な除霊道具も壊しちゃったし、今度は気持ちだけが焦ってるみたいで————」

(レンレン……!!! もう本当に、才能ないのに、どうして祓い屋なの!?)


「それでね、アサミンが蓮に聞いたんだって、なんで急にそんなにやる気になったのか。そしたらね……早く立派な祓い屋になって、またコスプレーヤーとして活動したいんだって。待ってくれてるはずだから……て」


(それって————まさか……)

「やっぱり、あの祓い屋見習いは、雪乃様のスマホの中身を見たのでは?」

 何処からともなく、突然現れた雪兎がエリカの前で余計なことを言った。

「わっ! ちょっと、雪兎、どこから聞いてたの?」
「初めからですよ。って、あっ……やめてください!!」
「何これ、ウサギの妖怪? ちょーかわいいじゃん」

 エリカは雪兎のもふもふの体をこれでもかと撫で回しながら、話を続けた。

「でさぁ、それって、雪乃のことでしょ? って、エリは思ったわけよ。だからね、明日一緒に、学祭に来て欲しいの」
「……お願いってそれ? どうして? 私はもう転校してるし、それに、もう、レンレンとは————」

「それで、止めて欲しいの。蓮が祓い屋になること……」
「え?」

 エリカは雪兎のもふもふの体に頬ずりしながら、笑顔で雪乃の方を見る。

「祓い屋は、エリが継ぐから————だから、協力して?」

 その瞬間、それまでの空気が一変する。
 エリカが、本気で祓い屋の後継者になろうとしていると、雪乃は悟った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...