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第三章 帰れないふたり

第27話 帰れないふたり(6)

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「あーもう!! しつこいっ!!!」

 烏の動きは不規則で、なおかつ俊敏な為、雪乃は何度も手から雪や冷たい風を放ったが、一切当たりはしなかった。
 外はもうすでに日が沈んでしまい、完全に真っ暗で、各教室の電気も消えている。
 薄暗く、節電の為数本しかついていない電気と、誘導灯の緑の明かりしかない廊下には雪合戦をした後のような、雪の塊がいくつも残っている。

 雪乃がどんなに逃げ回っても、烏は襲ってくる。

(せめて、全部で何羽いるのかわかれば……でも、私一人で全体の把握はできそうにない————)


 どうにかして状況を変えなければ、体力に限界がくる。
 それに、雪乃は病み上がりなのだ。
 体調はまだ万全ではない。

(何か使えそうなものは————)


 逃げながらあたりを見回すと、烏の妖気によって倒れている生徒たちの体をつついて、遊んでいる小さな妖怪達の姿が見えた。
 それはいつも校舎内に住み着いてはいるが、人間には害を与えないからと放っておいた妖怪達だ。
 たまに声をかけられることがあるが、雪乃は関わらない方がいいと見ないふりをしていた。
 なにも見えていない人間のふりさえしていれば、彼らが持ちかけてくるやっかいなお願いや、暇つぶしに付き合うこともない。


 雪乃はヒョイっと妖怪を数匹摘み上げると、まるでナンパするかのように、妖怪達に声をかける。

「ちょっと君たち、今ヒマ?」



 * * *



 浅見に状況を伝えた蓮は、理科準備室から出ようとするも、凍ったドアはピクリとも動かなかった。
 小窓から見えるの範囲のところに、烏はいない。

 自分を逃がそうとしてくれていたあの見えない何かが、安全のために凍らせたのはわかったが、このままただ、何もできずにいるわけにはいかない。
 幸いにも、ここは理科準備室だ。

 祓い屋として何もできないのならばせめて、科学で何かできないだろうかと考えた。
 棚には危険な薬品も入っているから、多くの場合鍵がかかってて開きそうもない。
 それでも、何か使えそうなものはないかと考える。

「氷さえ溶かせば、いいだけだ」

 薬品には詳しくない。
 高校生になったばかりの蓮の持ってる知識なんて、まさに中学卒業レベルの知識しかないのだ。
 しかも、それも完璧かというと怪しい。
 蓮はどちらかというと文系だ。
 自分の興味のないことは頭に入っていかない。

「溶かすには、火……? いや、でも、下手したら火事になる」

 準備室は狭いが、蛇口もあるし水は出るようだ。

「お湯……!!」

 棚の奥にあったアルコールランプと三脚台、ビーカーをいくつも並べて、お湯を沸かそうと試みたが、肝心のマッチが見つからない。

「俺は……科学すら使えないのか————!!」

 蓮は、自分の不甲斐なさに落ち込みながら、腹が立ってビーカーに汲んだ水をドアにぶち撒けた。


「あ……あれ?」

 少しだが、水がかかった部分の氷が溶け始める。
 蓮は何度も何度も、必死に水をかけて、凍ったドアを溶かした。



 やっとの思いで準備室から出ると、所々に雪の塊が落ちている。
 蓮が必死に水をかけている間にも、準備室の前を見えない何かが通ったのだ。

 氷漬けにされている烏も2羽、その雪の塊に混じって廊下に落ちていた。

「……もう倒したのかな?」

 追いかけ回す烏の鳴き声も聞こえない。

 シンっと静まり返った廊下を歩くと、倒れている生徒の中に、そこにいるはずのない人物を見て、蓮は足を止めた。


 誘導灯の緑の明かりの下に、今朝、突然姿を消した女の子。

 何度連絡しても、メセージを送っても反応がなくて、諦めて一人で登校したら、担任の口から体調不良で欠席だと聞かされた、隣の席の女の子。


「小泉さん……!?」



 小泉雪乃が、倒れていた————


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