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ep.3
しおりを挟む「……あの、公爵さま。ところで、なぜ私は、裸で……? あとここはどこなのでしょうか……? それに、先ほどまで私路上で……っ」
「ああ、すまない。君がここから逃げ出せないように服を脱がせた。ここは安全な場所だから安心して。そうだ、魔法で部屋は温めているけど、寒かったら言ってくれ」
まるで世間話をするかのような普段通りの口調に違和感を覚える。
言ってることと、表情が全然噛み合っていない。
「拘束しているのは、君が勝手に死なないようにするためだ」
「――……っ」
驚いて息を呑む。普段通りと同じように喋っていると思っていたけれど、違った。
いつもは澄んでいる青空のような瞳の色なのに、嵐の前のような淀んだ空の色になっている。
「私は陛下にエイラとの求婚を申し込んで、結婚準備するように言ったのにさ。身一つで、君を王城から追い出すなんてきっと私への当てつけ、嫌がらせなんだろうね。迎えに行ったら君が王城にいなくて肝が冷えたよ」
「……え?」
――どうして、私のようなメイドに求婚を……?
特別に想う人から求婚があって喜ぶより先に、疑問を抱いてしまう。
地位もあって令嬢方からも人気のお優しいこの方が、私を妻に望むだなんて、一体どのような理由なのだろうか。
「やっとエイラを見つけたと思ったら、君は死を望んでいるようだった」
「あ……」
やっぱり路上で行き倒れていたのは現実だったんだ。
ではどうして、ここに私を閉じ込めているのだろう……?
「だからね、どうやったらエイラが死にたいと思わないようになるか考えてみたんだ。ただ結婚して私の想いを伝えるだけだと、きっとすぐには信じてもらえない。だから――」
「君が私にとってどれほど必要な存在なのか。身体に分からせてあげる」
公爵さまは薬瓶の蓋を開けると、私の身体へ振りかけた。
次々に持ってきた魔法薬瓶を開け、傷のある全身へ満遍なくかけられる。
すると次第に私の身体の表面が煌めいて眩い光が広がっていく。
光が落ち着くと、公爵さまの手が私の肩にそっと触れた。
「よかった。忌々しい傷跡はすべて消えたね」
「っ」
慌てて自分の身体を見下ろすと、身体にあった鞭傷は全て消えていた。
こんなに綺麗に傷がなくなるだなんて、やはり高価なポーションだったんだ。
きっと一生返せないほどの金額だと思うとゾッとする。
しかし私の気持ちとは裏腹に、公爵さまは美しい笑みを浮かべていた。
「今夜は死よりも、もっといいことを教えてあげよう」
「え?」
いつの間にか、起き上がっていた身体を押し倒されて、目の前には公爵さまの綺麗なお顔があった。
肩まで伸びた彼の白金髪が、私の頬を撫でる。
「これから存分に私の愛を思い知って、勝手に死なないと誓ったら解放してあげる」
「……愛、って……?」
「ああ、今まで見張りがあって口説けなかったから、伝えられていなかったね」
これまでにないほどの真剣な眼差しに、目が離せない。
「愛してる、エイラ」
驚きの告白に目を見開くと、すぐに唇が塞がれた。
その柔らかい感触に気が動転して、瞼を閉じる余裕もない。
「初めて君を見つけた日、どんなに虐げられても瞳の中に光が宿っていた。その強い眼差しに、私は惹かれたんだ。エイラのことを知るごとに日に日に私の気持ちは大きくなって、君が運命の人(つがい)だと確信した」
「……っ」
――公爵さまが私のことを……好き?
そんなまさかと思いながらも、王城で優しくしてくれた日々を思い出す。
一緒に食事を取りながらたくさん会話をしてくれた。公爵領は自然が豊かでいつか湖を見せてあげたいと言ってくれたり、好きな色は、好きな食べ物は何か聞いてくれたり……。
あ、本を読み聞かせてくれたこともあったっけ。
ただただ親切な人だと認識していたけれど、これは私が特別だったから……?
「私にも似たような経験があるから、親近感を覚えたのかもしれない」
「え?」
「助けるのが遅くなってすまなかった……」
また唇が重ねられた。優しく触れる小さなリップ音が、繰り返される。
唇だけでなく、頬に、額に、何度も何度も……。
下に降りてくると、首筋にキスされ、ぺろりと舐められた。
「ん、あっ……」
そして何も纏わない素肌へ、彼の手が当たり、反射的に身体が強張る。
公爵さまは私を気遣うように、肩をそっと撫でながら、ひどく優しげに囁く。
「大丈夫、暴力は振るわないよ。――この手が与えるのは快感のみだ」
その言葉を皮切りに、また唇を深く重ねられる。
唇の隙間から、舌がねじり込まれて、その甘美な気持ちよさに頭がぼうっとしてきた。
「……ふ、ぁっ、公爵、さまぁ……」
「オリヴェルと呼んで」
優しい触れ方に安心して身を委ねる。
――どうせ死ぬつもりだったのだから、もう少しこのままで……。
「オリ、ヴェルさま……っ」
「……ッ。ああ、エイラ。君に呼ばれるとこんなにも嬉しいんだね」
オリヴェルさまを拒むだなんて選択肢は微塵もなく。
どこか寂しげで、狂気すら感じる優しい笑みに、オリヴェルさまをお慰めしたいという気持ちでいっぱいになった。
またキスをされて、咥内に舌が侵入する。上蓋や歯列を舐められ力が抜けていく。
おずおずと舌を絡めると、まるで蕩けてしまいそうなほど気持ちいい。
肩を撫でていたオリヴェルさまの手は、腕をそっとなぞり、手の甲をさすられ指と指を絡める。
同時に反対の手が、私の横腹を経由して、脇のあたりまで触れられた。
それから脇にあった手が、私のささやかな胸を揉みしだく。
「ん、あぁっ」
舌を絡めながら胸を触られて、思わぬ気持ちよさが背中を走る。
それに耐えるよう繋いだ手をぎゅっと握りしめると、耳元で囁かれた。
「知ってる? 人は一つ快感を知ると、またその快感を得たくなるらしい」
含み笑いを浮かべたオリヴェルさまの顔が私の胸元に降りてきて、立ち上がった胸の先端を唇で挟んだ。
そして、ちゅうっと舐め吸われて、思いもよらない快感と羞恥心に襲われる。
「っ、やぁ……そこ、舐めるの、恥ずかし…………っ」
「ああ、恥ずかしい気持ちも、記憶に強く残りやすいんだよ」
いやらしく私の胸を舐めるオリヴェルさまと、間近で目が合ってしまい、顔が一気に熱くなる。
「だから、もっと恥ずかしいことをして、今夜のことは一生忘れないで」
「~~~~っ」
今ですら羞恥心で気を失ってしまいそうなのに、もっと恥ずかしいことが存在するの……?
「……あぁ、んぅっ……」
それに胸を舐められると、こんなに気持ちいいだなんて知らなかった。
ささやかな胸でも、愛おしそうに舐めてくださるオリヴェルさまに、特別な想いが募っていく。
しかしその表情の中にも、僅かな陰りもあって……。
「今夜のことは、忘れません……! 一生の思い出にします。だから――」
オリヴェルさまの頬に手を伸ばすと、鎖の音がじゃらりと鳴った。
その音が現実を思い出させたのか、彼の顔が僅かに歪む。
「そんなに悲しいお顔をなさらないで」
「え……?」
狂気すら感じる優しい笑顔の裏に、寂しさや悲しみが混じっている。
きっと優しいオリヴェルさまのことだから、私にこうして同意なく拘束し触れるのは本意ではなく、良心が痛んでいるのだろう。
「……君はこの状況でも、私の心配をするのか」
「え? っひゃん」
胸の両先端を指で摘まれて、会話の途中なのに甘い声が漏れてしまう。
だけど、今私の想いを伝えなくてはいけない気がした。
「っ、……流石の私も、拘束されて閉じ込められて、戸惑いはあります。ですが、これはきっと、私のためにやってくださっていることですよね? だからオリヴェルさまは傷つかないで、ください……」
「今、心が傷ついているのはエイラのほうだ。私は死を望む君を、快楽という枷でこの世に繋ぎ止めようと、自分勝手に動いているだけに過ぎない」
眉を顰めて、自分のしていることを貶めるようなことを言うオリヴェルさまに、私は笑みが溢れた。
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