上 下
1 / 8

1

しおりを挟む
 



「で、出来たわ……っ」

 もくもくと揺らめく煙の中で、フェリシアは切なげに調合器具を見つめる。
 ビーカーの中身を薬瓶に移して、遥か昔の記憶を思い出す。





 ***





 彼と出会ったのは、避暑地である我が公爵家の領地でも、一際暑い夏だった十年前、七歳の時だった。
 姉たちは『避暑地でもこんなに暑いなら王都に帰りたい』とぐずっていたのを覚えている。

 フェリシアには、二人の華やかな姉がいた。
 十歳の長女は薔薇のように艶やか。九歳の次女は白百合のように可憐だった。

 二人の姉に比べて、どこか地味で控えめなフェリシアは、添え花の姫君と呼ばれていた。

 確かに大輪の如く美しい姉たちは、同世代の貴族が集まるお茶会でも特に目立っている。

 フェリシアは、姉たちを引き立てる“添え花”。
 それでも別に構わないと思っていた。この日までは。


 .
 .
 .


 カントリーハウスの裏にある、小川の中へ足を入れて涼しくなった姉たちは、すっかり機嫌を良くしてきゃあきゃあと会話を始めた。

「今日から隣国の王子様が静養のために来るんですって!」
「王子様って言っても、お父様のお姉様の子供でしょう?」
「ええ、そうよ。親戚でも、王子様なのだからかっこいいに決まっているわ」
「だけど、ある事情をお持ちの方ってお母様は言っていたわよ。人と違う所があっても騒がないようにって」
「きっと物凄く素敵な殿方だから、騒がないようにって忠告に決まっているわ」

 くすくすと笑い合う二人を横目に、フェリシアは、黙りこくって本を読んでいた。
 仲が悪い訳じゃないけど、異性に物凄く興味がある姉たちとは感性が合わない。だからあの二人と会話しても、ちっとも面白くない。それだったら本を読んで、未知の知識を得ることの方が楽しかった。

 しばらくすると、使用人にお客様がお見えだから、屋敷に戻るようにと促されて、身なりを整える。
 夕食の席で“王子様”とご一緒する事になって、浮かれている姉たち。しかし、いざ食堂で王子様にご対面すると、二人は怯えて震えながら、こう言った。

「ひいい! 化け物!」
「怖いわ、近寄らないで」
「…………」

 確かにベルンハルト王子は、まるで怪物のような姿だった。
 背丈は姉たちとあまり変わらないが、手足が異様に大きい。
 耳は尖っていて、肌は緑色。下の犬歯は大きく尖って、口の外に出ていた。

 ――まるで小説に出てくるオークのようだ。

 フェリシアはそう思いながらも、彼に興味が湧いた。
 だってこんな変わった姿の人なんて滅多にいないし、怪物のような姿だけど、目の奥は優しそう。

(明日、一緒に遊びたいな)

 偽善だったのか、単に好奇心がくすぐられただけだったのか分からない。
 それでも純粋にベルンハルトと話してみたいと思ったのは事実だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【R18】無愛想な騎士団長様はとても可愛い

みちょこ
恋愛
侯爵令嬢であるエルヴィールの夫となったスコール・フォークナーは冷酷無情な人間と世間で囁かれていた。 結婚生活も始まってから数ヶ月にも満たなかったが、夫の態度は無愛想そのもの。普段は寝室すら別々で、月に一度の夜の営みも実に淡白なものだった。 愛情の欠片も感じられない夫の振る舞いに、エルヴィールは不満を抱いていたが、とある日の嵐の夜、一人で眠っていたエルヴィールのベッドにスコールが潜り込み── ※ムーンライトノベルズ様でも投稿中

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

貧乳の魔法が切れて元の巨乳に戻ったら、男性好きと噂の上司に美味しく食べられて好きな人がいるのに種付けされてしまった。

シェルビビ
恋愛
 胸が大きければ大きいほど美人という定義の国に異世界転移した結。自分の胸が大きいことがコンプレックスで、貧乳になりたいと思っていたのでお金と引き換えに小さな胸を手に入れた。  小さな胸でも優しく接してくれる騎士ギルフォードに恋心を抱いていたが、片思いのまま3年が経とうとしていた。ギルフォードの前に好きだった人は彼の上司エーベルハルトだったが、ギルフォードが好きと噂を聞いて諦めてしまった。  このまま一生独身だと老後の事を考えていたところ、おっぱいが戻ってきてしまった。元の状態で戻ってくることが条件のおっぱいだが、訳が分からず蹲っていると助けてくれたのはエーベルハルトだった。  ずっと片思いしていたと告白をされ、告白を受け入れたユイ。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

処理中です...