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2章 聖地と一般社会

聖地と王家と歴史

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「あぁ……眩っし」

彼は日差しにくらみながら、外に出る。

久しぶりに見た、目を焼くような太陽が照らし出す、絶景。

「……あれがクライン軍か。すっげぇ量だな」

風が気持ち良い。

強めに髪を揺らすその風に、大きく深く息を吸い、持ち場につくジキムート。

ここは元、聖地の領有国家であるクライン。

その動向を見張る為に作られた城壁の上だ。

見張りには他に、相当数の傭兵とそして、少量の軍人たちがいる。

「うんそうさ。目方は大体5千ってところ。増えもせず、減る事も無く。ずっと同じ位。大隊30に、中隊がその下で100位。あの兵力がずっと、待機しているんだよ。日差しが強い日も、雨の日も。みぞれが降った日も、ね」

そこにひょっこりと、ジキムートの隣に音も無く、レキが顔をだす。

風になびくピンクの髪を押さえて、笑う。


「へぇ……。たいそうご苦労さんなこって。だが良く知ったその口ぶりからすっと、もしかしてお前はずっとココに居たのか?」

「うん、僕はね、ここ専属担当なんだよ。あぁ……全く」

苦笑いするレキ。

照り付ける太陽の下、褐色の肌が光に映えた。

「どうした?」

「理由は……ほら、分かるだろう? ノーティス君と同じさ」

「あぁ……なるほど、な。チッ」

舌打ちをするジキムートとレキ。

要は、男たちの慰み物になってしまう危険性が高いので、外に出れない。ということだ。


「僕は初めからずっと、聖地に入った瞬間からず~っと目をつけられてるんだ。モテてモテて、しょうがなかったよ。初日もそして1週間後も。ヴィンと僕が倒して倒して一掃しても、かかってきた。まあ当然だよね。僕のこの美貌じゃあね」

どや顔で笑うレキ。

「へへっ。偉そうに」

ジキムートが笑い返してやる。

「直接ゴディン君に一発、デカいのぶち込んでからは少し、大人しくなったけれどもね。それでも一人になるのは危ないって事で、結局ここでお留守番になっちゃったよ。あぁ~あ。暇だぞっ、クラインのチンカス共ーっ! 早く敵さん攻めてこないっかな~?」

大声でそう、5千を超える軍を挑発するレキっ!

「ひひっ」

「うくくっ」

「……ん、ぐほんっ」

傭兵達が次々と親指を立てそして、お固そうな騎士団員が咳払いをする。

ただ軍人の顔色は案外、悪い感じはしない。

そしてレキはだらり……と、クラインとは逆方向に映る、〝影″を見やった。

そこにはバスティオン、味方の軍兵達の群れ。


「選挙に成功してからと言うもの、ずっとあの感じだよぉ、全く。見てるだけ。こちとらヤりたくてうずうずしてるってのにねっ。冴えない男共だ」

「レキさんよっ、暇なら俺と今度ヤろうぜっ!」

「おっ、じゃあ俺もアンタを喜ばしてやるぜぇ?」

「ひひっ」

周りの傭兵に茶化され、笑うレキ。

「ふんっ、さすがは勇者様だな」

ジキムートは男勝りに笑うレキを、観察する。

男に引けを取らないリーダーシップを持つ、女傭兵。

そして、男にもましてガサツそうで、それでいて反面、女らしい思いやりがある美人。

とてもとっつきが良さそうだが、実は複雑な女性。

色々と感じる物はある。

だが間違いなく印象に残るのはその、とても自信に満ち溢れた眼だった。


そこで見知らぬ毛深いおっさん傭兵が1人、ジキムートとレキの話に入ってくる。

どうやら持ち場が被るみたいだ。

「そういやレキ、思い出すな。奴らクラインの騎士団がすごすごと、聖地から出ていく様を」

「あぁ、覚えているよクシュリナード。僕も驚いたよ。あんなに――そう、あんなに簡単に敵って引くもんなんだなって、思ったもの。王様が死んだとか、そう言った話でもないのに」

「そうだなぁ。選挙なんて代物の結果は、恐ろしいよなぁ、ホントっ。なんせ他でもない、神に付き従う水の使徒様直々の、明確な拒否だってんだから。世間的にも逆らうには勇気がいるってもんよ」

「あぁホント。悔しそうだったよね。バスティオンの奴らがはしゃいでたのと、まるっきり対照的だったよ。少し、可哀そうな気もしたなぁ」

「へっ、そりゃ納得はいかねえわな。なんせ自分の国が今から福音を手放し、頭を鋼に食われた獣になっちまうんだからっ。そうなりゃ人間じゃなく、野犬と同じ扱いよっ!」


神にすがれ、神に導かれる事ができる、人間の群れとしての国家。

それが福音の国。

一方の、福音を持たない国。

それは、神にすがれない、飼い主すらいない。

寄る辺を持たない、野犬の群れだと馬鹿にされる。

これは神が言ったのではなく、自然と醸成された人間達同士の、優劣感覚であった。


「野犬、ね。だがなんで奴ら、そんな選挙なんてモンさせたんだよ? そんな痛い代償払っちまうならさ。俺ならごめんだね」

「さあ、ね。一応バスティオンが誇る諜報部隊の報告では、何か仲介者が居たらしいよ。クラインとこの聖地、そして、シャルドネ家を結ぶ。でもどうやら最初は、シャルドネ家は話には入ってなかったみたいなんだ。クラインは今、聖地とは微妙だったから、ただ単純に協議してたのさ」

「あの〝賢王オーギュスト・リベラ″ってのがついてから、相当に厳しい態度になってたらしいからな。喧嘩が絶えなかったと聞くぜ。まぁ聖地が王侯貴族ともめるのは、世界中見回しても、毎日糞して寝るってくらいは健全なレベルだが、よ」

鼻をほじくるおっさん。

するとレキが苦笑いした。

「ふふっ、しょっちゅう王家は魔障行為に走ってるね、歴史を紐解けば」


「魔障ってのはなんだよ? 難しい言葉は分かんねえぞ、俺」

「あぁ……。魔障って言うのは、彼ら自称神の使徒の、神への祈りに横槍を入れてやるって話っ。食料とか物資の封鎖、それがいつも通りの行動さ。。主人の偉大さを教え込もうと言う、『しつけ』みたいな物かな? それがいままでずっと、テキメンに効いてきたんだよ」

「へぇ……。要は手錠をかけたい。そういうことか」

「それもあるんだけどね。まぁ、彼らが抱えるのは神への信仰、その先導だけではないんだよ。〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″の采配や、それに対する独自の課税権。軍への技術研究人員供与の割り振りに、王侯貴族への、聖地の土地所有への認可。などなどナドっ! 他にも勝手気ままに所有する権利が色々と、ホント色々あるのさ~」

レキが呆れてうなだれる。

風でそよぐ紅の髪の毛が、陽にさらされ美しいピンクに見えた。

さんざん水の民は、凶悪とさえ表現できる神からの無償の愛。

それを売り払い、財貨を得ただろう事が容易に想像つく。

それは、街並みを一望しただけでも分かるし、人波を見ただけでも気づけた。


(まっ、普通に身なりで分かるわな。アイツら全員、おんなじような宗教着を、何着も持ってやがる。服なんぞ、一生に幾度も買わねえってのに。一体いくらすると思ってんだよっ!) 

中世では服は、べらぼうに高かったのだ。

大体一着、10万円くらいだと思えば良い。

特注品ではない、並みの服で、10万円だ。

(俺らじゃどんなに古くなっても、服を捨てる事も買い替えるって事もなかったな。よく姉さんの分まで俺が、自分でつぎはぎしてたわ。)

今の様に散々買い替えたりはできないから、ファッション性も少なく、バリエーションも非常に少なかった。

高価な服にファッション性を求めるのは、尋常じゃない稼ぎがある証拠。

相当の財源が必要になる時代だった。


「しょっちゅう駆け引きやってる中でクラインは、聖地にかなり踏み込んだ是正要求とか突きつけててね。それで協議さ。だけど、喧嘩状態のクラインと聖地を仲介する男に、ある時から、シャルドネ家が接触し始めてね。それでシャルドネ家がかなり、攻勢をかけたみたいなんだ。分かるだろう? ジキムートなら。」

レキの言葉でヴィエッタの顔が思い浮かぶジキムート。

彼女ならば臆せず、上手く賢王ともやり合う可能性がある気がした。

「それで選挙を提案され、賢王は乗っちゃった、と。当然だけど、賢王様も負けじと何か策を練ったみたいだよ? だけども蓋を開けてみれば、このザマさ」

「なるほどな。クラインがミスったのは分かった。それで? 聖地がバスティオンに抱き着いてまで逃げて来てなんで、内乱状態になるんだ?」

「そりゃ……まぁ、あのお嬢様の事だからね。きっちりと調教する気だった訳さ。もう相手は逃げれないから。ふふふっ」

眼鏡をクイっと上げて、少し小悪魔的な顔でウィンクして見せるレキ。

美少女による捕縛に、ドキリっとした男は多いだろう。

何せ、後ろで声が上がったのだから。


「理由はどうあれ、一度水の民自らで選挙の結果を示してしまった以上は、神のご意思っ! そういう事になっちゃう。間違えましたとは、言えないもんさっ。水の民共は今、自分で自分の首を絞めたことに気づいただろうな~。ぷぷ~っ、ざまあないっ!」

ブイっ、と2つ指を立て、レキはキラリっと目元を光らせ笑うっ!

さっきの小悪魔は消えうせ、彼女の顔はすぐに、キリリとした、ガサツ成分多めの顔に戻っていた。

「なるほど、ね。なかなかヴィエッタらしい、いやらしさだな。くくくっ」

笑うジキムート。


一度出ると言って、自ら道を選んだのだ。

やっぱり戻りたい、は非常に難しい。

そんな馬鹿な事を仮にも、自称、神の使徒様が言ったら――。

精進が足りなさすぎる。

なんなら自分で、神様に聞けば良かった。

などと、痛烈な皮肉と嘲笑が飛んでくるのは、目に見えている。

歴史上最悪の、拭えぬ汚点になる。

それは火を見るより明らかだ。


「そうとも知らずによぉアイツら、最初からこっちを見下す様に見やがる。俺らが入ってきた時になんて言ったと思う? 我らは水の民だ」

途中からレキも、その毛深い傭兵に唱和し始める。

「我々の言葉は神の言葉と思えっ! 逆らうな。口答えするなっ! 神の代行者への忠誠を誓い、我らに頭を垂れよっ! 道を歩くときはまず、我の邪魔にならないようにせよ~」

――。

「だったね。 ふふふっ。あそこまで〝カムイ(神威)〟で侮辱されたのは初めてだったんで、全員呆けて目が点だったな~」

好き勝手に、誰にも媚びる事なく振舞って来ただろう事。

それはゴディンを見さえすれば、異世界人のジキムートにだって分かる。

彼らはこの世界では非常に珍しい、〝カムイ(神威)〟乱用と専横を是とする、『神の名を語る為政者』だった。


「それはさぞや、鬱陶しいだろうな」

「そうそう。だからあまりに横暴が過ぎると手に負えなくなるので、賢王としても一度、選挙させようとしたんだろうね~。敵さんながらその心中、分かっちゃう気がしたよ。今なら、さ」

「恥も外聞も捨てて戦う、か。なかなか度胸ある王様だな」

「そうだよね。王権が聖地の人間とは言え、ただの平民にへ~こらして、意見を求めるなんて、最初はあり得ないとは思ってたよ、僕も。だけども賢王も、闘ってたんだね。選挙でクラインを勝てれば、それだけ優位に立てるって事。だけど失敗したから……ほら、奴らは今か今かと待ってる。口実を探っているんだろうな」

レキが暇そうに、なんとか体を動かそうと、棒を持って懸垂のような動きをする。

この選挙は要は、我らの世界での『解散総選挙』みたいな物だ。

クラインは野党、もとい聖地を黙らせようと、自滅覚悟の選挙の実施を容認したという事だろう。

「なんとも言えねえ、ガキの駄々コネへの対処の仕方だなぁ、それ。そんで万に近い軍勢を動かすのってのか」

結局この、子供の喧嘩のような話に、何千と言う軍の資材と命を塵に帰すかもしれない訳である。

目の前のおもちゃのような数百、数千の兵隊。

還るべき場所がある人間の群れはそうやって、〝消費″されていく事になるかもしれなかった。


「歴史は苦手みたいですね、ジキムート君。聖地を巡った戦争なんてこんなもの、歴史上はしょっちゅうです。魔障のスキを突く戦法が一般的ですよ。近年は稀ですが、ね」

クイッと眼鏡を上げ、まるで女教師のように言うレキ。

知的な感じの彼女には、非常に似合っていた。

「へぇ」


バキンっ! ドドドオっ!


突然後ろで、けたたましい音が響くっ!
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