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私の隣は、心が見えない男の子
第125話 見えた心と見えなくなった係員
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様々な種類の冷凍フルーツが浮いたサイダーのカップを手に、二人で歩く。目的地まで、ゆっくりと。
「ご両親の離婚の時、引っ越ししたの?」
「よく分かったな」
「三年前で考えが変わってしまった理由、まだちゃんと分かってないから」
一生懸命に頑張ることや責任と向き合うことが普通じゃないって、そう思った直接的な理由と、さっきの家族の話。
関係なくはないだろうけど、直接結びつくものとも思えなかった。ならきっと、環境が変わったのだと推測した。どうやら合っていたみたい。
「母が一人になってしまうと思って、母について、俺は引っ越した。転校もして、その先の中学が、ここと対極みたいな所だったんだ」
「どんな風に?」
想像はつく。ヒントもたくさん貰っている。でもやはり、想像で決めつけず、ちゃんと聞かなくちゃいけない。
「仕方ないって、諦める理由を探しているみたいだった。参加したいやつも、参加したくないやつも。お互いがお互いに、面倒なことから逃げる理由だけを探して、形だけのハリボテを作り上げて、出来たねって笑い合う」
今だから、だろうか。想像すると怖くなる。去年。トラブルが起きる度に、何かを妥協してクオリティを落としていたら。今年、練習やセットの製作の手を抜いて、出来の悪いものを発表していたら。
真咲ちゃんの。結季ちゃんの。相沢さんの。沢山の観客たちの。あの笑顔も、消えてしまっていたのだろうか。
「そんな中にも、大野達みたいに、ちゃんとやりたがっていたやつもいた。きっと、こんな景色を望んでたはずだ。俺はそんなやつにすら、余計な事をするなと、言わせてしまった」
「そんなこと」
九十九くんのせいじゃない。そんな事、言う方が酷い。九十九くんは、気持ちを汲んでくれようとしていたはずなのに。そう、思うけれど。
「いい。結局、俺も自分のしたいことを押し付けようとしていただけだった。文句を言う筋合いはない。お互いのために、すり合わせをする場に持っていくことすら出来なかったのは俺の失敗だ」
否定したい。否定したいのに。そんな事ないって、言ってあげたいのに。私はその時の事をよく知らない。当時の九十九くんの事も。相手の人の事も。
どちらか一方だけの問題じゃないはずだ、ということは言える。だけど、九十九くんはそんな事、分かっているはずだ。
その上で、何がどこまで誰の責任か、話すことも出来なくて、でも勝手に相手のせいにも出来なくて。
だから九十九くんは、全部から目を逸らさないでいることしか出来ないんだ。私が軽はずみな事を言っても、それは変わらない。
だから、せめて。私も君が背負っているものを、ちゃんと知りたい。
「まだ未来があるから、間違いを次に活かして、これから良いことをすればいい」
かつて、九十九くんの口からも、冬紗先輩の口からも聞いた言葉。
「これも、その頃言われたこと?」
「ああ。一度だけ、家族のこととクラスのこと、カウンセラーに相談したことがあった。その時に言われたことだ。それに対して俺がどう思ったのかは、去年言ったな」
勿論、覚えている。そうやって割り切ってしまったら、自分に傷つけられてしまった人まで、それで良かったみたいになる。君は、そう言った。
家族が離れ離れになってしまったことを。クラスメイトの望みを叶えられなかったことを。それで傷ついた人たちのことを。
仕方ない、あれにも意味があった、なんて言いたくない。今になって一層、一年前の君の気持ちが、よく分かる。
どうして私は、その時に分かってあげられなかったんだろう。
どうして眼の前にこれほどの痛みがあって、私はちゃんと知ろうともせず、平気で過ごしていられたんだろう。
どうして――。
そこまで考えて、ようやく気がついた。喜ぶところではない。笑ったりするタイミングではない。なのに、どうしよう。
彼の痛み。苦しみ。それはずっと、私が知りたいと思っていたものだった。そういう部分も曝け出せる相手になりたいと思っていたんだ。
そうなれたって、思っても良いのかな。
彼は今、私に見せてくれている。心の奥の、柔らかい部分。視線を落とせば、彼の胸元には、あの日と変わらない透明な箱もあった。気づかなかった。いつ靄が晴れたんだろう。
いつから私は、大事な話をする時、相手の胸元を見て心を探るのをやめて、目を見て話せるようになったんだっけ。
「いたぞ」
気づくと、もう次のスタンプの場所まで来ていた。職員室と並んだ校長室。その入口向かいの壁の前。様々なトロフィーや賞状が飾られたケースの隣に、係員はいた。
課題はまたもやクイズ。男子バレーボール部が初めて全国大会へ出場した年を答えろ、というものだった。
勿論、正解は知らないのだけど。直ぐ側に歴代の生徒たちが獲得してきた功績が飾られている。そこから答えを見つけ出せということだろう。
「私、向こうから見るね。九十九くんはこっちからお願い」
「ああ」
一度九十九くんと離れて、手分けして探す。初めて、が問題だから、私が古い順に見て、一つでも見つけられればすぐに終えられるはずだ。
そう思っていたのに。直前の会話と九十九くんの心が気になって、全く探すのに集中できなかった結果、いつの間にか直ぐ側を探していた九十九くんが見つけてしまった。
「大丈夫か?」
「うん。ごめん、大丈夫」
「話しすぎたな。もうすぐ昼だ。一度休むか」
大丈夫、と言おうとしたけれど、集中出来ていないのは確かだ。ご飯でも食べながらゆっくりお話して、終わってからまた再開した方がいいかも知れない。
歩き出す九十九くん。後を追う私。すると、後ろから声がかかる。
「あの、僕のこと忘れてますか?」
「ごめんなさい」
答えを探すのを優しく見守っていてくれた係員さんに謝りながら、私達は急いで振り返ってスタンプを貰いに行った。
「ご両親の離婚の時、引っ越ししたの?」
「よく分かったな」
「三年前で考えが変わってしまった理由、まだちゃんと分かってないから」
一生懸命に頑張ることや責任と向き合うことが普通じゃないって、そう思った直接的な理由と、さっきの家族の話。
関係なくはないだろうけど、直接結びつくものとも思えなかった。ならきっと、環境が変わったのだと推測した。どうやら合っていたみたい。
「母が一人になってしまうと思って、母について、俺は引っ越した。転校もして、その先の中学が、ここと対極みたいな所だったんだ」
「どんな風に?」
想像はつく。ヒントもたくさん貰っている。でもやはり、想像で決めつけず、ちゃんと聞かなくちゃいけない。
「仕方ないって、諦める理由を探しているみたいだった。参加したいやつも、参加したくないやつも。お互いがお互いに、面倒なことから逃げる理由だけを探して、形だけのハリボテを作り上げて、出来たねって笑い合う」
今だから、だろうか。想像すると怖くなる。去年。トラブルが起きる度に、何かを妥協してクオリティを落としていたら。今年、練習やセットの製作の手を抜いて、出来の悪いものを発表していたら。
真咲ちゃんの。結季ちゃんの。相沢さんの。沢山の観客たちの。あの笑顔も、消えてしまっていたのだろうか。
「そんな中にも、大野達みたいに、ちゃんとやりたがっていたやつもいた。きっと、こんな景色を望んでたはずだ。俺はそんなやつにすら、余計な事をするなと、言わせてしまった」
「そんなこと」
九十九くんのせいじゃない。そんな事、言う方が酷い。九十九くんは、気持ちを汲んでくれようとしていたはずなのに。そう、思うけれど。
「いい。結局、俺も自分のしたいことを押し付けようとしていただけだった。文句を言う筋合いはない。お互いのために、すり合わせをする場に持っていくことすら出来なかったのは俺の失敗だ」
否定したい。否定したいのに。そんな事ないって、言ってあげたいのに。私はその時の事をよく知らない。当時の九十九くんの事も。相手の人の事も。
どちらか一方だけの問題じゃないはずだ、ということは言える。だけど、九十九くんはそんな事、分かっているはずだ。
その上で、何がどこまで誰の責任か、話すことも出来なくて、でも勝手に相手のせいにも出来なくて。
だから九十九くんは、全部から目を逸らさないでいることしか出来ないんだ。私が軽はずみな事を言っても、それは変わらない。
だから、せめて。私も君が背負っているものを、ちゃんと知りたい。
「まだ未来があるから、間違いを次に活かして、これから良いことをすればいい」
かつて、九十九くんの口からも、冬紗先輩の口からも聞いた言葉。
「これも、その頃言われたこと?」
「ああ。一度だけ、家族のこととクラスのこと、カウンセラーに相談したことがあった。その時に言われたことだ。それに対して俺がどう思ったのかは、去年言ったな」
勿論、覚えている。そうやって割り切ってしまったら、自分に傷つけられてしまった人まで、それで良かったみたいになる。君は、そう言った。
家族が離れ離れになってしまったことを。クラスメイトの望みを叶えられなかったことを。それで傷ついた人たちのことを。
仕方ない、あれにも意味があった、なんて言いたくない。今になって一層、一年前の君の気持ちが、よく分かる。
どうして私は、その時に分かってあげられなかったんだろう。
どうして眼の前にこれほどの痛みがあって、私はちゃんと知ろうともせず、平気で過ごしていられたんだろう。
どうして――。
そこまで考えて、ようやく気がついた。喜ぶところではない。笑ったりするタイミングではない。なのに、どうしよう。
彼の痛み。苦しみ。それはずっと、私が知りたいと思っていたものだった。そういう部分も曝け出せる相手になりたいと思っていたんだ。
そうなれたって、思っても良いのかな。
彼は今、私に見せてくれている。心の奥の、柔らかい部分。視線を落とせば、彼の胸元には、あの日と変わらない透明な箱もあった。気づかなかった。いつ靄が晴れたんだろう。
いつから私は、大事な話をする時、相手の胸元を見て心を探るのをやめて、目を見て話せるようになったんだっけ。
「いたぞ」
気づくと、もう次のスタンプの場所まで来ていた。職員室と並んだ校長室。その入口向かいの壁の前。様々なトロフィーや賞状が飾られたケースの隣に、係員はいた。
課題はまたもやクイズ。男子バレーボール部が初めて全国大会へ出場した年を答えろ、というものだった。
勿論、正解は知らないのだけど。直ぐ側に歴代の生徒たちが獲得してきた功績が飾られている。そこから答えを見つけ出せということだろう。
「私、向こうから見るね。九十九くんはこっちからお願い」
「ああ」
一度九十九くんと離れて、手分けして探す。初めて、が問題だから、私が古い順に見て、一つでも見つけられればすぐに終えられるはずだ。
そう思っていたのに。直前の会話と九十九くんの心が気になって、全く探すのに集中できなかった結果、いつの間にか直ぐ側を探していた九十九くんが見つけてしまった。
「大丈夫か?」
「うん。ごめん、大丈夫」
「話しすぎたな。もうすぐ昼だ。一度休むか」
大丈夫、と言おうとしたけれど、集中出来ていないのは確かだ。ご飯でも食べながらゆっくりお話して、終わってからまた再開した方がいいかも知れない。
歩き出す九十九くん。後を追う私。すると、後ろから声がかかる。
「あの、僕のこと忘れてますか?」
「ごめんなさい」
答えを探すのを優しく見守っていてくれた係員さんに謝りながら、私達は急いで振り返ってスタンプを貰いに行った。
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