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私の隣は、心が見えない男の子
第120話 踏み出せ一歩、受け止めろ一歩
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道具を一つ一つ運び出す。小道具は小道具で、大道具は大道具で、それぞれ別の要因で破損しかねないので慎重に運ばなければならない。
今日は文化祭前日。本番と同じ環境を使った最後のリハーサルを行う。
体育館を使用できる時間は限られているから、移動からセットの設置まではスムーズに済まさなければならず、皆忙しなく動いていた。
私もその中で、不足がないように確認を終えた小道具を班の皆と一緒に運び出す。向かう先は体育館。最後に入ったのは今週の体育の授業だった。
設置の時間はさほど多くはなかっただろうに、実行委員の人たちや装飾展示が出し物のクラスが頑張ったのか、体育館は文化祭仕様に装飾されている。
わぁ、すごい、なんてステンドグラスやモザイクアートに魅入ってしまいそうになったけど、班の人に呼ばれて仕事に意識を引き戻す。楽しむのは本番になってからだ。
「小道具、揃ってるわね」
「うん」
「先に大道具をステージに上げるから、終わるまで待機。破損しないようにね」
「了解」
一条さんの指示で、私達は大道具の準備完了まで待機する。眼の前のステージでは、大道具担当の人たちが次々運び入れている。その中には勿論、九十九くんも。
「ニノマエ、どっち先だっけ」
「背景パネルから上げろ。机や椅子は最後でいい」
「ハジメ、こっち持って」
声を掛け合いながら作業している様子を見守っていたら、衣装に身を包んだ真咲ちゃんが近寄ってきて、つい身構えてしまう。
「もう無理に話させようとはしねえって」
「ごめん、つい」
少し前、真咲ちゃんは九十九くんを呼び出していた。一体、二人で何を話したのか。その翌日、九十九くんにたくさん話しかけられて参ったものだ。
それだけならまだしも、あろうことか真咲ちゃんが九十九くんの方に加勢するものだから、正直結構ショックを受けてしまった。
結局その次の日からはまたいつも通りになったし、真咲ちゃんも謝ってくれたけど、あれは何だったのだろう。
「九十九くんと何話したの?」
「知りたきゃ本人に聞けって言ったろ」
それが出来ないから聞いているのに。でも、真咲ちゃんが意地悪で言っているわけではないことくらいは分かっている。きっと、なにか意味があるのだ。
九十九くんが一歩踏み出せたときに受け止められる距離にいるようにと、冬紗先輩には言われている。あの時がそうだったのだろうか。見分ける方法は教えてもらわなかったな。
「そういえば九十九くん、いつの間にか皆からあだ名で呼ばれるようになってるけど、何かあったの?」
「なんだ、あんだけ聞き耳立てといてそれは聞いてねえのか」
「最近は忙しくてあんまり聞けてないもん」
「聞いてない、じゃなくて聞けてないなんだな」
真咲ちゃんは、ははは、と笑いながら、少し悩む顔をする。言ってもいいのだろうか、という逡巡だと思ったけれど、まあいいかとすぐに吹っ切れたようだ。
「人に言われて呼ばされた本名より、あだ名の方がいい。そう呼びたいのならそれでもいいが、心から呼んでくれる奴ならもう間に合っている。
だってよ。誰のことだろうな?」
鼻の奥に、涙を誘うようなツンとした刺激を感じた。一条さんだって、当てはまると思うのに。私のことだって思ってしまった。もう、そう信じたくて仕方がない。
「結局皆、そいつに呼んで欲しい名前なんだなって察したから空気読んでくれてるだけみたいだけどな。呼ばれてる本人は嬉しそうだったぞ」
――一透が、呼んでくれるから、別にいい。
かつて九十九くんがくれた言葉が頭の中に響く。彼に足りないものを知りたかった。欠けた部分の形を知りたかった。私が埋めてあげたくて。
距離を空けてみたら、前まで私がいた場所に沢山のものが流れ込んだ。たったそれだけのことで、彼が埋められていくように見えていたけど。
もっと深い所に居るのは、私ですか? 九十九くん。
距離を置いても、ずっと私の根っこに君が、君のくれたものがあるみたいに。君の中に、ずっと私は居たのかな。
あの日の結晶は今もまだ、君の透明な箱の中にありますか?
「九十九くん」
「それじゃ届かねえぞ」
思わず漏れた呟きは真咲ちゃんに冷やかされた。自分で決めて、自分から離れたのに、こんなに遠かっただろうかと今更思うのはなぜだろう。
届けに行っても、いいのかな。九十九くん。
---
あれをしなきゃ。次はこれの準備。そんな風に自分の仕事ばかりを考えていて、そう言えばちゃんと劇を見れてはいなかったなと今更になって気がついた。
最後のリハーサルになってようやく、舞台袖からではあったけれど、劇の内容が頭に入ってくる。
完璧でない自分なんて、優しい彼女にそぐわない。失敗ばかりの自分なんて、人気者の彼にそぐわない。
自信がなくて、自分じゃない方がって、そんな気持ちばかりに共感してしまう。
お話の中の主人公は、本当の自分を受け入れてもらって、ヒロインのことを好きになった。
お話の中のヒロインは、ダメな自分のダメなだけじゃない部分を見つけてもらって、主人公のことを好きになった。
その気持ちは、恋は、私にはよくわからないけれど。
自分が知らない自分の一部を見つけて貰えることがどれだけ嬉しいか。それを大切にして貰えることでどれだけ救われるか。それは、知ってる。
どんな君も受け止めてみせるから。大切にするから。私ももっと、九十九くんのことが知りたい。君の心の近くに行きたい。
「完璧! 完璧だよ皆!」
気づくと、最後のリハーサルは終わっていて、相沢さんを筆頭に脚本・演出チームの皆や舞台裏での仕事がないクラスメイト達が拍手をステージに向けていた。
「このまま最後のミーティングいきたいけど、時間ないから先に格納ね! 場所は指示通り! 間違えないように!」
相沢さんの号令ですぐさま動き出す。体育館を利用する団体はクラス、部活問わず、アクセスが楽な教室を荷物の格納場所や待機所として貸し出してもらえている。
小道具なら自主練に使用する等の理由でクラス教室に置いておいてもいいのだけど、大道具は移動が大変なので格納しなければならないのだ。私達のクラスのスペースは、生徒指導室の一角。
私達は全ての舞台セットを格納して、去年真咲ちゃんがしていたような号令を相沢さんが掛けてから解散となった。
居残りで自主練習をする生徒もいるけれど、私はもうすることがないので帰ろうかな。
そう思っていると、いつものように背後から声を掛けられた。
「一透」
また情けない声が口から漏れる。九十九くんはいつも私の油断を的確に突いてくるので心臓が持たない。いや、それより逃げなければ。
隠れ場所を探そうとする私の腕が掴まれる。彼はいつもそこまではしなかったのに。驚いて振り返ってしまった。目が、合った。
「二日目。時間をくれ」
畳み掛けられる。公演は一日目だけだから、二日目は空いているけれど。
「でも、あの、真咲ちゃんと結季ちゃんと」
「丸一日よこせとは言わない。二日目が難しければ一日目でもいい」
九十九くんがこんなに食い下がるのは珍しい気がする。一歩踏み出してくれた時。今だろうか。
「どうして、私なの?」
「約束しただろ」
距離を置くって、そう決めたときに反故にしたつもりでいた約束。九十九くんの中ではずっと生きていたんだ。
そうだったね、九十九くん。私の言葉に、君はいつも報いてくれる。
でも、約束だから、が理由なら。無理に叶えようとしなくていい。私よりも一緒にいたい人がいるのなら、そっちを大切にしてもいいのに。
「私で、いいの?」
「お前がいい」
そう言わせてしまう私はやっぱり卑怯で、思っていた通り我慢できなくなってしまったけど、でも。
君はいつも、私がどれだけ君にくっつきに行っても拒絶したりはしなかったから。
「私も、九十九くんと一緒がいい」
去年みたいに、君と心を通わせて、また胸を張って、君の隣にいられるようになれるかな。
今日は文化祭前日。本番と同じ環境を使った最後のリハーサルを行う。
体育館を使用できる時間は限られているから、移動からセットの設置まではスムーズに済まさなければならず、皆忙しなく動いていた。
私もその中で、不足がないように確認を終えた小道具を班の皆と一緒に運び出す。向かう先は体育館。最後に入ったのは今週の体育の授業だった。
設置の時間はさほど多くはなかっただろうに、実行委員の人たちや装飾展示が出し物のクラスが頑張ったのか、体育館は文化祭仕様に装飾されている。
わぁ、すごい、なんてステンドグラスやモザイクアートに魅入ってしまいそうになったけど、班の人に呼ばれて仕事に意識を引き戻す。楽しむのは本番になってからだ。
「小道具、揃ってるわね」
「うん」
「先に大道具をステージに上げるから、終わるまで待機。破損しないようにね」
「了解」
一条さんの指示で、私達は大道具の準備完了まで待機する。眼の前のステージでは、大道具担当の人たちが次々運び入れている。その中には勿論、九十九くんも。
「ニノマエ、どっち先だっけ」
「背景パネルから上げろ。机や椅子は最後でいい」
「ハジメ、こっち持って」
声を掛け合いながら作業している様子を見守っていたら、衣装に身を包んだ真咲ちゃんが近寄ってきて、つい身構えてしまう。
「もう無理に話させようとはしねえって」
「ごめん、つい」
少し前、真咲ちゃんは九十九くんを呼び出していた。一体、二人で何を話したのか。その翌日、九十九くんにたくさん話しかけられて参ったものだ。
それだけならまだしも、あろうことか真咲ちゃんが九十九くんの方に加勢するものだから、正直結構ショックを受けてしまった。
結局その次の日からはまたいつも通りになったし、真咲ちゃんも謝ってくれたけど、あれは何だったのだろう。
「九十九くんと何話したの?」
「知りたきゃ本人に聞けって言ったろ」
それが出来ないから聞いているのに。でも、真咲ちゃんが意地悪で言っているわけではないことくらいは分かっている。きっと、なにか意味があるのだ。
九十九くんが一歩踏み出せたときに受け止められる距離にいるようにと、冬紗先輩には言われている。あの時がそうだったのだろうか。見分ける方法は教えてもらわなかったな。
「そういえば九十九くん、いつの間にか皆からあだ名で呼ばれるようになってるけど、何かあったの?」
「なんだ、あんだけ聞き耳立てといてそれは聞いてねえのか」
「最近は忙しくてあんまり聞けてないもん」
「聞いてない、じゃなくて聞けてないなんだな」
真咲ちゃんは、ははは、と笑いながら、少し悩む顔をする。言ってもいいのだろうか、という逡巡だと思ったけれど、まあいいかとすぐに吹っ切れたようだ。
「人に言われて呼ばされた本名より、あだ名の方がいい。そう呼びたいのならそれでもいいが、心から呼んでくれる奴ならもう間に合っている。
だってよ。誰のことだろうな?」
鼻の奥に、涙を誘うようなツンとした刺激を感じた。一条さんだって、当てはまると思うのに。私のことだって思ってしまった。もう、そう信じたくて仕方がない。
「結局皆、そいつに呼んで欲しい名前なんだなって察したから空気読んでくれてるだけみたいだけどな。呼ばれてる本人は嬉しそうだったぞ」
――一透が、呼んでくれるから、別にいい。
かつて九十九くんがくれた言葉が頭の中に響く。彼に足りないものを知りたかった。欠けた部分の形を知りたかった。私が埋めてあげたくて。
距離を空けてみたら、前まで私がいた場所に沢山のものが流れ込んだ。たったそれだけのことで、彼が埋められていくように見えていたけど。
もっと深い所に居るのは、私ですか? 九十九くん。
距離を置いても、ずっと私の根っこに君が、君のくれたものがあるみたいに。君の中に、ずっと私は居たのかな。
あの日の結晶は今もまだ、君の透明な箱の中にありますか?
「九十九くん」
「それじゃ届かねえぞ」
思わず漏れた呟きは真咲ちゃんに冷やかされた。自分で決めて、自分から離れたのに、こんなに遠かっただろうかと今更思うのはなぜだろう。
届けに行っても、いいのかな。九十九くん。
---
あれをしなきゃ。次はこれの準備。そんな風に自分の仕事ばかりを考えていて、そう言えばちゃんと劇を見れてはいなかったなと今更になって気がついた。
最後のリハーサルになってようやく、舞台袖からではあったけれど、劇の内容が頭に入ってくる。
完璧でない自分なんて、優しい彼女にそぐわない。失敗ばかりの自分なんて、人気者の彼にそぐわない。
自信がなくて、自分じゃない方がって、そんな気持ちばかりに共感してしまう。
お話の中の主人公は、本当の自分を受け入れてもらって、ヒロインのことを好きになった。
お話の中のヒロインは、ダメな自分のダメなだけじゃない部分を見つけてもらって、主人公のことを好きになった。
その気持ちは、恋は、私にはよくわからないけれど。
自分が知らない自分の一部を見つけて貰えることがどれだけ嬉しいか。それを大切にして貰えることでどれだけ救われるか。それは、知ってる。
どんな君も受け止めてみせるから。大切にするから。私ももっと、九十九くんのことが知りたい。君の心の近くに行きたい。
「完璧! 完璧だよ皆!」
気づくと、最後のリハーサルは終わっていて、相沢さんを筆頭に脚本・演出チームの皆や舞台裏での仕事がないクラスメイト達が拍手をステージに向けていた。
「このまま最後のミーティングいきたいけど、時間ないから先に格納ね! 場所は指示通り! 間違えないように!」
相沢さんの号令ですぐさま動き出す。体育館を利用する団体はクラス、部活問わず、アクセスが楽な教室を荷物の格納場所や待機所として貸し出してもらえている。
小道具なら自主練に使用する等の理由でクラス教室に置いておいてもいいのだけど、大道具は移動が大変なので格納しなければならないのだ。私達のクラスのスペースは、生徒指導室の一角。
私達は全ての舞台セットを格納して、去年真咲ちゃんがしていたような号令を相沢さんが掛けてから解散となった。
居残りで自主練習をする生徒もいるけれど、私はもうすることがないので帰ろうかな。
そう思っていると、いつものように背後から声を掛けられた。
「一透」
また情けない声が口から漏れる。九十九くんはいつも私の油断を的確に突いてくるので心臓が持たない。いや、それより逃げなければ。
隠れ場所を探そうとする私の腕が掴まれる。彼はいつもそこまではしなかったのに。驚いて振り返ってしまった。目が、合った。
「二日目。時間をくれ」
畳み掛けられる。公演は一日目だけだから、二日目は空いているけれど。
「でも、あの、真咲ちゃんと結季ちゃんと」
「丸一日よこせとは言わない。二日目が難しければ一日目でもいい」
九十九くんがこんなに食い下がるのは珍しい気がする。一歩踏み出してくれた時。今だろうか。
「どうして、私なの?」
「約束しただろ」
距離を置くって、そう決めたときに反故にしたつもりでいた約束。九十九くんの中ではずっと生きていたんだ。
そうだったね、九十九くん。私の言葉に、君はいつも報いてくれる。
でも、約束だから、が理由なら。無理に叶えようとしなくていい。私よりも一緒にいたい人がいるのなら、そっちを大切にしてもいいのに。
「私で、いいの?」
「お前がいい」
そう言わせてしまう私はやっぱり卑怯で、思っていた通り我慢できなくなってしまったけど、でも。
君はいつも、私がどれだけ君にくっつきに行っても拒絶したりはしなかったから。
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