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私の隣は、心が見えない男の子
第98話 傷跡を撫でる
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「それで、バイト先なんだけど、どこがいいと思う?」
九十九くんの左手を握りながら聞く。抜糸が済んで傷が落ち着いてからというもの、私はよくこうして彼の左手を握って、柔らかい傷跡を確かめるようにまさぐる癖が出来てしまった。
九十九くんは最初、なるべく傷が私の目に触れないようにしようとしていたみたいだったけれど、私はそれが嫌だった。私は関係ないみたいに隠されるのが。
それで意地になって彼の左手を追いかけ回していたら、そのうち好きにさせてくれるようになった。変に遠ざけようとする方が、かえって意識させてしまうと思ったらしい。
「お前の希望は」
「真咲ちゃん達とも相談したんだけど、いまいちピンとこなくて。結季ちゃんは、ウエイトレスとか似合いそうだから飲食店でホールに出たらって言うんだけど」
彼の傷跡を撫でながら答える。アルバイトとは感覚が違うだろうけど、似たようなことは去年文化祭でやった。
私は特別人当たりがいい訳では無いけれど、九十九くんと比べれば、愛想がないわけでもない。普通に丁寧に対応しながら、〝感覚〟でキャッチした信号にもときどき対応していたら、クラスの皆に褒めてもらえるくらいの接客は出来た。
「お前は気配りが出来るからな。ただ、いろんな客がいるから。駅前は避けるとか、場所は選んだ方がいいだろう」
彼がそう言うのも、〝感覚〟ありきの意見だろう。口に出ない要望や困りごとを掴むのに役立つこともあれば、悪意に晒された時のダメージが大きくなることもある。
「だから、ちょっと困ってて。お店や客層って、どう選べばいいのかな」
私はあまり普段からあちこちのお店に出入りすることはなく、どちらかと言えばインドアな方だ。どこのお店がどうだとか、こういう利用者が多いとか、そういう情報は持ち合わせていない。
九十九くんもあまり変わりはないのではないかと思わなくもないけれど、思ったより真剣に考えてくれている。
「文化祭のあと、二人で行った喫茶店があるだろ」
そう言われて、思い出す。冬紗先輩達と行った庭園とは別の庭園の近く。九十九くんとの初めてのデートで行った場所。軽食を食べながら二人でゆっくり過ごした喫茶店があった。
駅前の高校生や大学生が多いようなチェーン店のカフェではなく、店主さんが一人で営んでいる、昔ながらの純喫茶、という雰囲気のお店。
「あそこ、少しずつ客が増えてきてマスター一人では手が回らず、従業員を雇うかどうか検討していたはずだ。募集しているか、聞いてみるか?」
正直行ってみたい。いつかまた、と思いつつ、機会がなくて行けていなかった場所にそんな形で行けるかもしれないとは思わなかった。あそこなら私の〝感覚〟のことは心配しなくても平気だろう。
「九十九くん、マスターさんと仲いいの?」
「それなりに通っているからな。世間話くらいは、たまにする」
何より、これだ。九十九くんがよく利用するお店で働くということは、必ずしもアルバイトの時間、九十九くんから切り離されるというわけじゃない。
「それなら、働いてみたい。けど、ちゃんと自分で聞くよ」
「そうか」
確か、お店の定休日は平日に設定されていたはずだ。水曜日と木曜日だっただろうか。何にせよ、日曜日である明日は営業しているはず。早速伺ってみよう。またあのお店のフレンチトーストセットも食べたい。
「九十九くん、パソコン借りていい?」
「ああ」
営業時間の確認や、一応、履歴書に書いておく内容なんかも調べておきたい。履歴書そのものは今日買って帰ろう。必要になるかは分からないけれど。
ノートパソコンを私に渡し、いつものようにベッドを背に読書を始めた九十九くんの左肩を、私も背もたれにしてパソコンを操作する。
右手はまた彼の左手をいじる。片手での操作はちょっと大変だったけれど、彼から手を離したくはなかった。
検索の合間、サジェストから検索履歴が見える。
フォトグラファーになるには。芸術大学。行方不明 法律。
誰を想って、何をしてあげたくて調べたのか。それを思うと、胸が痛んで。
彼の傷跡を、そっと、優しく撫でた。
九十九くんの左手を握りながら聞く。抜糸が済んで傷が落ち着いてからというもの、私はよくこうして彼の左手を握って、柔らかい傷跡を確かめるようにまさぐる癖が出来てしまった。
九十九くんは最初、なるべく傷が私の目に触れないようにしようとしていたみたいだったけれど、私はそれが嫌だった。私は関係ないみたいに隠されるのが。
それで意地になって彼の左手を追いかけ回していたら、そのうち好きにさせてくれるようになった。変に遠ざけようとする方が、かえって意識させてしまうと思ったらしい。
「お前の希望は」
「真咲ちゃん達とも相談したんだけど、いまいちピンとこなくて。結季ちゃんは、ウエイトレスとか似合いそうだから飲食店でホールに出たらって言うんだけど」
彼の傷跡を撫でながら答える。アルバイトとは感覚が違うだろうけど、似たようなことは去年文化祭でやった。
私は特別人当たりがいい訳では無いけれど、九十九くんと比べれば、愛想がないわけでもない。普通に丁寧に対応しながら、〝感覚〟でキャッチした信号にもときどき対応していたら、クラスの皆に褒めてもらえるくらいの接客は出来た。
「お前は気配りが出来るからな。ただ、いろんな客がいるから。駅前は避けるとか、場所は選んだ方がいいだろう」
彼がそう言うのも、〝感覚〟ありきの意見だろう。口に出ない要望や困りごとを掴むのに役立つこともあれば、悪意に晒された時のダメージが大きくなることもある。
「だから、ちょっと困ってて。お店や客層って、どう選べばいいのかな」
私はあまり普段からあちこちのお店に出入りすることはなく、どちらかと言えばインドアな方だ。どこのお店がどうだとか、こういう利用者が多いとか、そういう情報は持ち合わせていない。
九十九くんもあまり変わりはないのではないかと思わなくもないけれど、思ったより真剣に考えてくれている。
「文化祭のあと、二人で行った喫茶店があるだろ」
そう言われて、思い出す。冬紗先輩達と行った庭園とは別の庭園の近く。九十九くんとの初めてのデートで行った場所。軽食を食べながら二人でゆっくり過ごした喫茶店があった。
駅前の高校生や大学生が多いようなチェーン店のカフェではなく、店主さんが一人で営んでいる、昔ながらの純喫茶、という雰囲気のお店。
「あそこ、少しずつ客が増えてきてマスター一人では手が回らず、従業員を雇うかどうか検討していたはずだ。募集しているか、聞いてみるか?」
正直行ってみたい。いつかまた、と思いつつ、機会がなくて行けていなかった場所にそんな形で行けるかもしれないとは思わなかった。あそこなら私の〝感覚〟のことは心配しなくても平気だろう。
「九十九くん、マスターさんと仲いいの?」
「それなりに通っているからな。世間話くらいは、たまにする」
何より、これだ。九十九くんがよく利用するお店で働くということは、必ずしもアルバイトの時間、九十九くんから切り離されるというわけじゃない。
「それなら、働いてみたい。けど、ちゃんと自分で聞くよ」
「そうか」
確か、お店の定休日は平日に設定されていたはずだ。水曜日と木曜日だっただろうか。何にせよ、日曜日である明日は営業しているはず。早速伺ってみよう。またあのお店のフレンチトーストセットも食べたい。
「九十九くん、パソコン借りていい?」
「ああ」
営業時間の確認や、一応、履歴書に書いておく内容なんかも調べておきたい。履歴書そのものは今日買って帰ろう。必要になるかは分からないけれど。
ノートパソコンを私に渡し、いつものようにベッドを背に読書を始めた九十九くんの左肩を、私も背もたれにしてパソコンを操作する。
右手はまた彼の左手をいじる。片手での操作はちょっと大変だったけれど、彼から手を離したくはなかった。
検索の合間、サジェストから検索履歴が見える。
フォトグラファーになるには。芸術大学。行方不明 法律。
誰を想って、何をしてあげたくて調べたのか。それを思うと、胸が痛んで。
彼の傷跡を、そっと、優しく撫でた。
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