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幸せな思い出、そして

第89話 こちらはセットの恋バナになります

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 結局、コンフィとピールは実物を見比べて、真咲ちゃんは量産のため、細長いピールを選択した。

 後ほど私達の間でお金は精算するので、一旦会計は結季ちゃんが持つ。レジを通した商品は私がエコバッグに詰めて、それを真咲ちゃんが持ってくれる。

 私は子どもなので、大人しく甘えることにした。真ん中から二人と手を繋いで結季ちゃんの家に向かう。

「チョコレートは多めに買ったから大丈夫だと思うけど、そういえば皆どのくらい作るの?」

「あたしは、今日あたし達で食う分と、バレー部で配る分と、弟達の分があるから結構数いるな」

 真咲ちゃんは、確か下に三人弟妹が居たはずだ。バレー部も人数が少ない訳では無いし、今日は量産体制で挑むだろう。

「わたしも美術部と二人にあげる分だけかな。一透ちゃんは?」

「私は、二人とお父さんくらいだから、少なくて大丈夫」

「ニノマエくんにはいいの?」

 手を繋いだのは失策だったかも知れない。そこから動揺が伝わって、心配を向けられてしまう。

「九十九くん、受け取ってくれるかな」

「一透ちゃんから貰えるなら、受け取らないなんてことはないと思うけど」

「年明けからお前らなんかぎこちないよな。なんかあったか?」

 特別、何かがあったというわけではないと思う。だけど確かに、年明けから私は少し、彼に避けられていた。

 話をしてくれないわけでも、逃げられるわけでもない。ただ少しだけ、距離を置かれている気がする。そして私は、それを指摘できずにいた。

 私自身、彼に対して一歩退いて距離を取ってしまったことがある。あれは彼が嫌だったわけではなく、彼にただ甘えるだけの自分が嫌であるが故だった。

 彼も私に対して似たような状態になっているのではないかと思っている。だから、私から何か言える訳ではなかった。どう言えばいいのかも、分からない。だって、そうなったきっかけは、きっと。

「二人は、邪な気持ちって何だと思う?」

 あの日の、冬紗先輩の一言だと思う。ずっと目を背けていたものが今、問題となって目前に迫っていた。

「一透ちゃん、ニノマエくんに何か言われたの? された?」

 私の左手を握る結季ちゃんの手の締め付けが強くなる。痛い。黒いオーラが出ている。殺気だろうか。怖い。

「つ、九十九くんじゃなくて、冬紗先輩がね、九十九くんに、聞いてるところを聞いちゃったの。私に邪な気持ちを抱くことがないのかって」

「ニノマエくんは、それになんて答えたの?」

「そこで逃げちゃったから、聞いてない」

 左手の締め付けが軽くなった。よかった。調理前に潰れてしまうかと思った。

「まあでも、心当たりはあるからぎこちなくはなるんだろうな」

 緩んだ締め付けがまた強くなる。私の左手が質にとられているのだ。発言にはちょっと気をつけて欲しい。

「一透ちゃん大丈夫? 変な目で見られたり変なとこ触られたりしてない? 言い辛かったらわたしからビシッと言ってあげるよ?」

「大丈夫。大丈夫だから、ちょっと手緩めて」

 邪な、とはやはりそういうことなのだろうか。

「そもそも、九十九くんが私をそういう目で見ることなんてないと思うけど」

 私に異性としての魅力なんて感じたりはしていないだろう。別に九十九くんでなくとも、そんなものを感じる人がいるとは思えないけれど、彼は特に。

 大切に思ってもらえている自信はあるけれど、そういうのではない。進藤くんと冬紗先輩の間にあるような色が彼から見えたことなんてないのだ。冷ややかな視線を向けられることはあるけど。

「男なんて、誰でも多少下心あるもんだと思うけどな。前、手ぇ握られたとか言ってたろ。なんともなさそうだったのか?」

 あの時は、彼には全くそんなつもりはなかった。断言できる。私を気遣う優しさだけがそこにあったから、私はあの温かい手に救われたんだ。

「優しく手を引いてくれたよ。これ以上ないくらい」

 彼と触れ合う時は、きっといつもそうだった。文化祭のときだって、一番彼と密着したけれど、そんな気持ちは欠片もなかった。

 私達は、相手にそれが必要であるのなら、手も握れるし、きっと、抱き合うことも出来る。相手を支える、それだけのために。だけどそこに不純な気持ちなんて一つもないし、そういう触れ合い方は、きっとしない。

「先輩に言われたから、意識しちゃうようになった可能性はあると思うけどね」

 そんなことは、ないと思う。だけど確かに、接触を避けられているのではないかとは思う。

「そんなつもり無いのに変に意識されても困るけどな」

「困るの?」

 結季ちゃんはもう、強く手を握ったり、殺気のようなものを放ったりはしていなかったけれど。その目はいつになく真剣だった。

「一透ちゃんは、ニノマエくんにそういう風に思われたら、困るの?」

「困らないよ」

 それは、迷わず答えられた。避けられることは、寂しい。だけど、私も一度したことだ。気持ちはわかるつもりだから、整理がつくまでは仕方がないと思う。

 そういう風に、がやっぱり、上手く想像できないけれど。想像しようにも、彼の冷ややかな視線ばかりが思い浮かんで、ちっとも気があるようには思えないけれど。それでもそうなのだと言われたら、なんだかとても、むず痒いけれど。

 その根っこにある気持ちが、なんだって。彼が私を想ってくれるのであれば、それを迷惑みたいには言いたくない。

「じゃあさ――」

「おい、その辺にしとけよ。もう着くぞ」

「でも」

「これから料理すんだろ? 今変に悩ませてポンコツになられたら困るぞ」

 確かに、みたいな心配そうな目をされる。そんな顔をしなくても、と言いたいが、先輩のことで悩んでポンコツになっているところは師走に散々晒したので、説得力はないだろう。

「とりあえず、チョコは作りなよ。ニノマエくんが貰ってくれなかったら、わたしが貰うから」

「あっずりい。あたしにも分けろよ」

 じゃれ合う二人に挟まれて、思わず笑いがこみ上げる。そうだ。願うより行動せよ、だった。

 軽率に行動して空回ってばかりの自分が嫌いで、九十九くんと出会ってから、いろんなことを考えるようになったけれど。私は結局、行動することはやめられない。やめたくない。

「二人には、これからいっぱい作ってあげるから。九十九くんのは、九十九くんのね」

 うんと美味しいチョコを作ろう。断られたら、口の中に無理矢理にでもねじ込もう。

 彼が、もういらないって言ったって。彼に気持ちを伝えるのをやめたりしない。彼がくれた心の欠片を、彼に返すのをやめたりしない。

 君の隣に並んで、君の足りないものを私が埋めるって、そう決めたから。
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