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幸せな思い出、そして

第71話 勝った

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 期末テストの結果は、勉強会のお陰もあってか、私にしてはなかなかよかった。

 真咲ちゃんも結季ちゃんも結果は上々だったようで、晴れやかな表情をしていた。進藤くんは結果に関わらず、いつもテストが終わった時点で開放感に身を任せてしまうので、顔や心を見てもどうだったかは分からない。

「九十九くん。どうだった?」

「問題ない」

 彼の返答はいまいち要領を得なかったけど、どことなく涼しげに見える横顔からして、それなりに良い結果を残せたのだろう。

「九十九くん。クリスマス、どうする?」

「拒否権があったのか」

 そういうつもりでは、なかったのだけれど。そう言われて背筋が冷える心地がする。

「……行きたく、ない?」

「いや、問題ない」

 失言をした、という顔をする九十九くん。彼が私みたいなミスをするのは珍しい。

「どこか、行きたいところとか、したいこととかある?」

 今度は間違えないよう、聞きたいことをきちんと伝える。今回、プランは発案者である冬紗先輩と私が立てることになっていた。

 前回はリードして貰ったんでしょ? なら、今回は頑張ってお返ししよ。

 そう先輩に言われてしまっては、頑張らない訳にはいかない。だけど、希望くらいは聞いておいた方がいいだろうとのことで、こうして聞き出しているのだ。

 進藤くんの方は、先輩が部活に顔を出して聞き出してくれるらしい。引退してからあまり顔を出せていないからいい機会だと言っていた。

 お互い聞き出せたら、結果を持ち寄ってメッセージで計画を練る予定だ。

「何でもいい」

 まあ、九十九くんの返事はこれなのだけれど。

「何かない? 強いて言うなら」

「……人の少ないところ」

「私の都合はいいの。九十九くんの希望を教えて」

 困った顔の九十九くんを見ていると、なんだか心配になってしまう。彼はあまり、自分のしたいことを主張しない。

 彼はいつも人の希望に合わせて、それが叶うよう身を削る。まるで、誰かの望みが叶うことだけが自分の望みであるみたいに。

 でも、私は知っている。彼は、食べ物でいうならチーズが好き。それも、香ばしく焼けたカリカリのものではなく、トロトロに溶けたものが。

 意外と甘いものも好き。常に頭を使っているのだろう。糖分を摂ると、ちょっと体力が回復しているような顔をする。苦いものは大丈夫だけど、酸っぱいものがちょっと苦手。

 好きな色は白。でも、身につけるなら黒が好き。シンプルで落ち着いた色を好むのだと思う。派手な色は自分に似合わないと思っているのか、身の回りのものにはほぼそういう色はない。

 そして、彼の誕生日に、私があげたストラップ。彼は鞄につけたそれを、とても大切にしてくれている。

 私は知っている。彼にはちゃんと、好きなものも、苦手なものもある。

 私はいつか、彼の「したい」や「欲しい」を聞いてそれを叶えてあげるのだと、こっそり心に決めている。

 もちろん別に、そのいつかは、今日でも良いわけで。

「九十九くん」

 九十九くんの要望を聞くうえで、冬紗先輩から授かった助言に従ってみる。

「デートのとき、何でもいいって言う男の人は、モテないんだって」

 どうしたものか、と思考する九十九くんの表情が、ピシリと固まる。九十九くんにこういうのが通用するとは思っていなかったので、正直ダメ元だったのだけれど、効果がないわけではないようだ。

「……元々だ」

 しかし、やはりそれだけでは足りないらしい。そんな悲しい反論をしてくる。

 ならばと、私はもう一つの切り札を切る。

「九十九くん」

 私は、クラスの男子に聞いて知っている。

「行き先、カラオケでもいいんだよ」

 彼は、歌を歌うのがとても苦手らしいということを。

 彼は観念したようで、深いため息をつきながらスマホを取り出し、地図を開くと、今予定している場所を聞いてくる。

 それから、放課後の教室で私達は、例の庭園の近くに良さげな場所がないかを二人で調べた。



 勝った。


---

 
 その日の夜。詳細を詰める会議を行いがてら、先輩にメッセージで成り行きを伝えると、先輩はまた、愉快そうに笑った。

 文字だけでは伝わりづらいはずの感情が、ふふっ、というたったの三文字から伝わってくる。

 それは冬紗先輩が凄いのだろうか。それとも、私の脳裏に、もうすっかり先輩の笑顔が焼き付いてしまっているのだろうか。

『九十九君に会えるの、なんだか楽しみだな』

 先輩はそんなことを言った。進藤くんと、じゃないのだろうか。

『九十九くんですか?』

『うん。二人から色々話は聞くけど直接話したことはないから、どんな人なんだろうって』

 私は、前に一緒に出かけたことと今日の話しか伝えていないはずだけれど。進藤くんからはどう聞いているんだろう。そのまま聞いてみると、答えてくれた。

『愁君から聞いたイメージだとね、凄く思慮深くて、真っ直ぐな芯を持っているけれど、不器用な人、って感じかな』

 進藤くんが何を話したのかは分からなかったけれど、それだけで、彼という人間を的確に伝えられていることは分かった。

『でも、一透ちゃんからの話だと、優しくて、なんだか可愛い子なんだろうな、って思うから』

『可愛い、ですか?』

『うん』

 全くそんな風に思ったことはない、というわけではないけれど、そんな話を先輩にしただろうか。

 進藤くんには出来たのに、私は先輩にちゃんと九十九くんのことを伝えられていないのだろうか。それとも、先輩には、私に見えていないものが見えているのだろうか。九十九くんに、先輩のことが見えていそうだったように。

 私達は、二人で予定を詰めた。庭園を回って、九十九くんと私で調べて見つけたお店で食事をして、先輩と進藤くんが見つけた場所に向かって、そこで写真を撮る。

『楽しみだね』

 先輩はそう言った。私も楽しみだけれど、言いようのない不安も、心のどこかにあった。

 九十九くんは電話していいと言ったけど、こんなことを言われても、困ってしまうかな。

 結局電話はしなかった。だけど、嫌な顔一つせず、ただ話を聞いてくれる様子が想像できたので、それだけで、不安は薄れていった。
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