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幸せな思い出、そして
第67話 おそらくはデート
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日が変わって、休日。私は駅前にいる。この周辺では一番大きく、交通の要所となる駅で、地下には広大なモールが広がっており、地上にも様々なお店や施設がある。
そのうちの一つ、ある施設で写真展が開かれているのだそうで、それを観に行かないか、というのが冬紗先輩からのお誘いだった。
「おまたせ、一透ちゃん。はやいね」
「こんにちは、冬紗先輩。ちょっと、待ちきれなくて」
二つ返事で了承し、待ち合わせ時間より早く来る私はさぞ浮かれているように見えるだろう。そっかそっか、と笑みを浮かべる先輩の視線が生暖かい。
私の気持ちが逸っているのは、ただ楽しみなだけではないけれど。
「どうしよっか。まだちょっと早いね」
「あの、先輩。それじゃあちょっと、お茶しませんか」
「ふふふ。今日の一透ちゃんは積極的だね……なんて。ごめんね、待ち疲れちゃったね」
これでも気をつけていたつもりなのだけれど、しっかり見抜かれてしまった。別に、何十分も前からいたわけでもなく、長時間待ち続けて疲れたとかではないのだけれど。
これほど大きな駅前の、人の流れの激しいところにしばらくいれば、どうなるかなんて火を見るより明らかなわけで。
「辛かったら掴まっていいから、ゆっくり行こうね」
「すみません……」
既に人酔いしてしまっている私は、先輩のコートの袖に掴まりながらお出かけイベントを開始した。
---
暖房の効いた喫茶店で温かい飲み物を飲んでいると、次第に調子が戻ってきた。
大きな駅の近くなだけあって、店内にも多くの人がいるけれど、喫茶店で強い感情を振りまく人はあまりいない。こちらに関心を向ける人も。
わざわざこちらから探ろうと意識を向けたりしなければ、これ以上〝感覚〟の影響を受けることはまずないだろう。
「落ち着いてきた?」
「はい、すみませんでした……人の多いところ、苦手で」
「そうだったんだ。ごめんね、気が利かなくて。集合場所、別の所にした方がよかったね」
「いえ、そんな。こちらの都合なので」
注文したココアを啜る。気を遣わせるのは申し訳なくて、あまりこういうことを自分から言い出すことはしたくないけれど、結局こうなって迷惑をかけてしまうのでは意味がない。予め伝えることも覚えなくてはいけないな。
「庭園にいたのも、デートで行って楽しかったからって言っていたよね。もしかして、だからデート先も庭園だったの? 人、あんまりいないもんね」
「ちゃんと聞いていないですけど、多分、気を遣ってくれたんだと思います」
「そっか。優しいんだね、ハジメ君」
そう、彼は優しくて、よく気がついて。なんて、彼を褒められて無邪気に喜びかけた思考が止まる。今、なんで。
「写真展、観たあとにしようと思ってたんだけど、今聞いていい?」
私の目を捉える先輩の視線は、これまでと何も変わらない。表情も、見えている感情も。
「どうして、嘘をついたの?」
それが、ちょっと怖い。
「ごめんなさい」
嘘をついたつもりではない。そうとしか言いようがなく、そう伝えるしかない。だけど、結果的に先輩を騙す形になってしまったことは、謝らなければ。
「ちゃんと説明出来なくて、すみませんでした。でも、嘘をついたつもりはないんです」
だけど、これだけは譲れない。
「私にとって、彼は九十九くんなんです。ニノマエハジメじゃなくて、九十九仁くんなんです」
「……もしかして、ハジメって、あだ名?」
「はい」
ふふふふっ、と先輩は大きく笑って、コーヒーを飲んで一息つく。
「もう、愁君もそれならそうと言ってくれたら良かったのに! 恥かいちゃった」
言葉の割に、先輩は心から愉快そうだった。
「九十九くんのことは、進藤くんから?」
「うん。よく話してくれるよ。面白い子がいるって。写真も見せてもらったから、顔も知っているしね」
「デートの相手だっていうのは、どうしてわかったんですか?」
「だって、一透ちゃんのアルバムの中、他の男子の写真全然なかったし。連絡先交換したら、ステータス画面の画像もその子とのツーショットだったしね。あれがデートのときの写真?」
「……はい」
何でもなにも、確かにそれではバレバレなはずだ。メッセージアプリの画像なんて設定していることも忘れていた。自分のステータス画面なんてあまり開かないし。
何でハジメなの、と聞く先輩にあだ名の由来を話したら、なにそれひどいね、と言いながらも、また愉快そうに笑った。
この間進藤くんと話したときは、仕草がどことなく似ていると思ったけれど、そんなことより、こういうところが一番似ているかもしれない。
感性と、それに触れるものに出会うと心の底から愉快そうに笑うところが。
「それで、クリスマスの予定はもう立てられた?」
「クリスマスですか? 特に予定はないです」
そう答えると、先輩は不思議そうな顔をする。
「次のデート先の下見でこの間の庭園にいたんだよね? クリスマスに行くんじゃないの?」
今度は私が不思議そうな顔をする番だった。そんなことは、まるで考えていなかった。
「いえ、特にクリスマスに決めていた訳ではないですけど……それに、次の時も、デートになるんでしょうか」
前回は、相沢さんがデートということでセッティングしてくれたから、そうだと認識していた。セッティングというには少々強引だったけれど。
今ぼんやりと考えているのは別にそうと思って計画しているわけでは無いのだけれど、それでもデートになるのだろうか。
先輩はやや呆気にとられて、それからまた笑う。嘲笑とかではないので、それ自体は嫌な感じはしないのだけれど、よくわからないところで笑われるとなんだか不安になる。
そんなに変なことを言っているだろうか。
「それはね、二人が決めることだと思うよ」
それはそうなのかもしれない。そもそも、私にはデートというものが何なのかよく分かっていないのだけれど、九十九くんは、どう思ってくれているのだろうか。あのときは、どう思ってくれていたのだろうか。
考え込む私を見て、先輩はクスクスと笑う。
「やっぱり、君たちは面白いね」
何がどう面白いのかは、私にはちっともわからない。
「ちなみに、今日のこれはデートですか?」
そう聞くと、先輩は目に涙が浮かぶほど、また大きく笑った。
「やっぱり、面白いね」
どうか私にも、その面白さを教えて欲しい。
そのうちの一つ、ある施設で写真展が開かれているのだそうで、それを観に行かないか、というのが冬紗先輩からのお誘いだった。
「おまたせ、一透ちゃん。はやいね」
「こんにちは、冬紗先輩。ちょっと、待ちきれなくて」
二つ返事で了承し、待ち合わせ時間より早く来る私はさぞ浮かれているように見えるだろう。そっかそっか、と笑みを浮かべる先輩の視線が生暖かい。
私の気持ちが逸っているのは、ただ楽しみなだけではないけれど。
「どうしよっか。まだちょっと早いね」
「あの、先輩。それじゃあちょっと、お茶しませんか」
「ふふふ。今日の一透ちゃんは積極的だね……なんて。ごめんね、待ち疲れちゃったね」
これでも気をつけていたつもりなのだけれど、しっかり見抜かれてしまった。別に、何十分も前からいたわけでもなく、長時間待ち続けて疲れたとかではないのだけれど。
これほど大きな駅前の、人の流れの激しいところにしばらくいれば、どうなるかなんて火を見るより明らかなわけで。
「辛かったら掴まっていいから、ゆっくり行こうね」
「すみません……」
既に人酔いしてしまっている私は、先輩のコートの袖に掴まりながらお出かけイベントを開始した。
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暖房の効いた喫茶店で温かい飲み物を飲んでいると、次第に調子が戻ってきた。
大きな駅の近くなだけあって、店内にも多くの人がいるけれど、喫茶店で強い感情を振りまく人はあまりいない。こちらに関心を向ける人も。
わざわざこちらから探ろうと意識を向けたりしなければ、これ以上〝感覚〟の影響を受けることはまずないだろう。
「落ち着いてきた?」
「はい、すみませんでした……人の多いところ、苦手で」
「そうだったんだ。ごめんね、気が利かなくて。集合場所、別の所にした方がよかったね」
「いえ、そんな。こちらの都合なので」
注文したココアを啜る。気を遣わせるのは申し訳なくて、あまりこういうことを自分から言い出すことはしたくないけれど、結局こうなって迷惑をかけてしまうのでは意味がない。予め伝えることも覚えなくてはいけないな。
「庭園にいたのも、デートで行って楽しかったからって言っていたよね。もしかして、だからデート先も庭園だったの? 人、あんまりいないもんね」
「ちゃんと聞いていないですけど、多分、気を遣ってくれたんだと思います」
「そっか。優しいんだね、ハジメ君」
そう、彼は優しくて、よく気がついて。なんて、彼を褒められて無邪気に喜びかけた思考が止まる。今、なんで。
「写真展、観たあとにしようと思ってたんだけど、今聞いていい?」
私の目を捉える先輩の視線は、これまでと何も変わらない。表情も、見えている感情も。
「どうして、嘘をついたの?」
それが、ちょっと怖い。
「ごめんなさい」
嘘をついたつもりではない。そうとしか言いようがなく、そう伝えるしかない。だけど、結果的に先輩を騙す形になってしまったことは、謝らなければ。
「ちゃんと説明出来なくて、すみませんでした。でも、嘘をついたつもりはないんです」
だけど、これだけは譲れない。
「私にとって、彼は九十九くんなんです。ニノマエハジメじゃなくて、九十九仁くんなんです」
「……もしかして、ハジメって、あだ名?」
「はい」
ふふふふっ、と先輩は大きく笑って、コーヒーを飲んで一息つく。
「もう、愁君もそれならそうと言ってくれたら良かったのに! 恥かいちゃった」
言葉の割に、先輩は心から愉快そうだった。
「九十九くんのことは、進藤くんから?」
「うん。よく話してくれるよ。面白い子がいるって。写真も見せてもらったから、顔も知っているしね」
「デートの相手だっていうのは、どうしてわかったんですか?」
「だって、一透ちゃんのアルバムの中、他の男子の写真全然なかったし。連絡先交換したら、ステータス画面の画像もその子とのツーショットだったしね。あれがデートのときの写真?」
「……はい」
何でもなにも、確かにそれではバレバレなはずだ。メッセージアプリの画像なんて設定していることも忘れていた。自分のステータス画面なんてあまり開かないし。
何でハジメなの、と聞く先輩にあだ名の由来を話したら、なにそれひどいね、と言いながらも、また愉快そうに笑った。
この間進藤くんと話したときは、仕草がどことなく似ていると思ったけれど、そんなことより、こういうところが一番似ているかもしれない。
感性と、それに触れるものに出会うと心の底から愉快そうに笑うところが。
「それで、クリスマスの予定はもう立てられた?」
「クリスマスですか? 特に予定はないです」
そう答えると、先輩は不思議そうな顔をする。
「次のデート先の下見でこの間の庭園にいたんだよね? クリスマスに行くんじゃないの?」
今度は私が不思議そうな顔をする番だった。そんなことは、まるで考えていなかった。
「いえ、特にクリスマスに決めていた訳ではないですけど……それに、次の時も、デートになるんでしょうか」
前回は、相沢さんがデートということでセッティングしてくれたから、そうだと認識していた。セッティングというには少々強引だったけれど。
今ぼんやりと考えているのは別にそうと思って計画しているわけでは無いのだけれど、それでもデートになるのだろうか。
先輩はやや呆気にとられて、それからまた笑う。嘲笑とかではないので、それ自体は嫌な感じはしないのだけれど、よくわからないところで笑われるとなんだか不安になる。
そんなに変なことを言っているだろうか。
「それはね、二人が決めることだと思うよ」
それはそうなのかもしれない。そもそも、私にはデートというものが何なのかよく分かっていないのだけれど、九十九くんは、どう思ってくれているのだろうか。あのときは、どう思ってくれていたのだろうか。
考え込む私を見て、先輩はクスクスと笑う。
「やっぱり、君たちは面白いね」
何がどう面白いのかは、私にはちっともわからない。
「ちなみに、今日のこれはデートですか?」
そう聞くと、先輩は目に涙が浮かぶほど、また大きく笑った。
「やっぱり、面白いね」
どうか私にも、その面白さを教えて欲しい。
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