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君の欠片を
第42話 見てるよ
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放課後、文化祭の準備の途中で小川さんに呼び出された。
「ごめんね。ほんとはお昼休みに話そうと思っていたんだけど」
私の奇行のせいで話ができなかったらしい。申し訳ない。
「準備、何か困ってることない?」
小川さんは不安そうに聞くが、特に心当たりはない。
「ないと思う。全部把握してるわけじゃないからわからないけど、トラブルが起きたっていう話は聞いてないよ」
「そっか……」
「何かあったの?」
「ううん。ただ、ニノマエくんがね……」
彼の名前が出ても、パッと思い浮かぶことはなかった。近くで作業をしていたけど、彼の周りでトラブルが起きていた記憶もない。
実際、何か具体的なことを言ったわけではないらしかった。放課後時間を取れるか、急に聞かれたらしい。忙しいからと断ったが、今度はいつクラスの方に来れるか、と聞かれたそうだ。
小川さんも大野さんも、ここしばらく実行委員の仕事と部活の方での準備で、あまりクラスの方には顔を出せていない。
「何かトラブルがあるなら具体的に言って、って頼んだんだけど。俺にも見えてないことが多いからまだわからない、としか」
彼がそういうのであれば、きっと何かを察知しているのだと思う。そしてそれはきっと、実行委員の二人にしか判断できないことなのだ。
であれば、全体のスケジュールや予算の使用状況など、細かくこちらに伝達されてきていない部分の可能性がある。
それを伝えてみたところ、彼女の心が少し曇った。
「信頼してるんだね」
「うん。九十九くんは、私よりいろいろ見えてると思うから」
「そうじゃなくて」
小川さんは、どう言葉にしたらいいのか分からない様子だった。
「相手に何が見えてるのかわからなくて、不安になったりしないの? 相手がそれで間違えてしまったらとか、力になってあげられなかったらって、思ったりしない?」
「思うよ」
じゃあ、なんで。口にはされていないけど、心の色に、そう言われた気がした。
「だから、私は彼を見てるし、近づこうとするの。それとは別で、私は私で頑張って、彼が間違えちゃったらその結果を一緒に受け止めて、私に出来ることで助けるの。あの時彼が、私にそうしてくれたみたいに」
「それが出来るって、どうして信じられるの?」
「多分、見えてるものが違くても、おんなじ方を向いてるって、思うから」
九十九くんは、私より多くのものが見えていると思う。だけど、人の気持ちが報われることを願う彼が目指す先はきっと、私と同じだ。
彼女はそれ以上、何も聞いては来なかった。ただ一言、羨ましいな、って呟いて。
それからいつものように、部活終わったら顔出すねって、何でもないように言って。
でも去っていく彼女の心が、苦しんでいるってわかってたから。
「私! 小川さんのことも見てるよ!」
思わず声をかけた。彼女は、振り返ってはくれなかった。
掛けた言葉が合っていたのかわからなくて、私はしばらく、立ち尽くしてしまった。
---
「九十九くん」
なに、と視線で返ってくる。
「まだ、帰らなくて大丈夫?」
もういい時間になってしまった。部活に行った人はもう戻っては来ないだろうし、それ以外の人もほとんど帰ってしまった。
まだ何人か残っている人たちはいるけれど、作業はせずに駄弁っている。あまり作業を進めすぎても、授業がまだあるうちはセッティングが出来ないため仕方がないのだ。
私は、小川さんが来ると言っていたので、ゆっくり作業しながら残っている。
「小川は、何か言ってたか」
彼も、同じ理由なのだろう。そもそも、彼が来てもらうように頼んだという話だ。
「部活終わったら来るって」
そうか、とだけ言って、彼は教室を出ていった。トイレだろうか。
少しして、小川さんは大野さんと一緒に顔を出してくれた。
「おつかれ」
「おう。まだ残ってたのか」
二人にぱたぱたと駆け寄って声をかける。疲れてはいるけど、特に変わりなさそうだった。小川さんも、さっきみたいな苦しそうな心はしていない。もう大丈夫、なのかな。
「進捗、あんまよくねえな」
「ごめん」
「いや、アトラクション系とかお化け屋敷とかに比べりゃ作業量は多くねえし、間に合いそうなら良いよ」
大野さんは、やることねえならもう帰って大丈夫だぞ、と周囲のまだ残っていたクラスメイトに声を掛けて、片付けを手伝ってくれる。何も問題はなさそうだ。九十九くんの心配は杞憂だったのだろうか。
そう考えていたら丁度九十九くんが戻ってくる。手には、廊下の外装の装飾の作業で使っていた道具たち。外装担当の生徒たちも一緒に戻ってきて、荷物を取ってそれぞれ帰りだす。
片付けを手伝ってきたようだ。
「で、結局何だったんだ?」
大野さんが小川さんと九十九くんを見る。話は通っているけれど、詳細が掴めていないのだろう。
「お前の思っているものと、違っていたりしないか」
「あ?」
九十九くんにそう聞かれて、怪訝そうに周囲を見渡す大野さん。
「あんま進んでねえなとは思うけど。それだけだな」
「そうか、ならいい」
呼んでおいて、と小川さんの中で怒りが膨らむが、九十九くんが頭を下げると、萎んで消えて、不満だけが残った。
「忙しいのに、悪かった」
「……次からはもうちょっと、具体的なことがわかってから言ってね」
「悪い。気をつける」
「なんか、お前らしくねえな」
何やら少し可笑しそうに大野さんは言う。そうだろうか。私には、凄く彼らしく見えるのに。
「お前、そんな余裕ないやつだったか?」
彼を見る。余裕がなさそうだろうか。表情はいつも通りだ。心も、いつも通り感じ取れない。彼が表情を作ってしまえば、私にはもう何も分からない。
悪い結果にならないよう事前に動いて、その結果をちゃんと受け止めて次に繋げようとする、いつもの彼じゃないんだろうか。余裕がない故の行動だったのだろうか。
「俺は、いつもこうだ」
そのいつもがどっちなのか分からなくて。放課後になってすぐ、小川さんと話したことを思い出した。
あの時私が言ったことを、口先だけのものにしてはいけない。
「ごめんね。ほんとはお昼休みに話そうと思っていたんだけど」
私の奇行のせいで話ができなかったらしい。申し訳ない。
「準備、何か困ってることない?」
小川さんは不安そうに聞くが、特に心当たりはない。
「ないと思う。全部把握してるわけじゃないからわからないけど、トラブルが起きたっていう話は聞いてないよ」
「そっか……」
「何かあったの?」
「ううん。ただ、ニノマエくんがね……」
彼の名前が出ても、パッと思い浮かぶことはなかった。近くで作業をしていたけど、彼の周りでトラブルが起きていた記憶もない。
実際、何か具体的なことを言ったわけではないらしかった。放課後時間を取れるか、急に聞かれたらしい。忙しいからと断ったが、今度はいつクラスの方に来れるか、と聞かれたそうだ。
小川さんも大野さんも、ここしばらく実行委員の仕事と部活の方での準備で、あまりクラスの方には顔を出せていない。
「何かトラブルがあるなら具体的に言って、って頼んだんだけど。俺にも見えてないことが多いからまだわからない、としか」
彼がそういうのであれば、きっと何かを察知しているのだと思う。そしてそれはきっと、実行委員の二人にしか判断できないことなのだ。
であれば、全体のスケジュールや予算の使用状況など、細かくこちらに伝達されてきていない部分の可能性がある。
それを伝えてみたところ、彼女の心が少し曇った。
「信頼してるんだね」
「うん。九十九くんは、私よりいろいろ見えてると思うから」
「そうじゃなくて」
小川さんは、どう言葉にしたらいいのか分からない様子だった。
「相手に何が見えてるのかわからなくて、不安になったりしないの? 相手がそれで間違えてしまったらとか、力になってあげられなかったらって、思ったりしない?」
「思うよ」
じゃあ、なんで。口にはされていないけど、心の色に、そう言われた気がした。
「だから、私は彼を見てるし、近づこうとするの。それとは別で、私は私で頑張って、彼が間違えちゃったらその結果を一緒に受け止めて、私に出来ることで助けるの。あの時彼が、私にそうしてくれたみたいに」
「それが出来るって、どうして信じられるの?」
「多分、見えてるものが違くても、おんなじ方を向いてるって、思うから」
九十九くんは、私より多くのものが見えていると思う。だけど、人の気持ちが報われることを願う彼が目指す先はきっと、私と同じだ。
彼女はそれ以上、何も聞いては来なかった。ただ一言、羨ましいな、って呟いて。
それからいつものように、部活終わったら顔出すねって、何でもないように言って。
でも去っていく彼女の心が、苦しんでいるってわかってたから。
「私! 小川さんのことも見てるよ!」
思わず声をかけた。彼女は、振り返ってはくれなかった。
掛けた言葉が合っていたのかわからなくて、私はしばらく、立ち尽くしてしまった。
---
「九十九くん」
なに、と視線で返ってくる。
「まだ、帰らなくて大丈夫?」
もういい時間になってしまった。部活に行った人はもう戻っては来ないだろうし、それ以外の人もほとんど帰ってしまった。
まだ何人か残っている人たちはいるけれど、作業はせずに駄弁っている。あまり作業を進めすぎても、授業がまだあるうちはセッティングが出来ないため仕方がないのだ。
私は、小川さんが来ると言っていたので、ゆっくり作業しながら残っている。
「小川は、何か言ってたか」
彼も、同じ理由なのだろう。そもそも、彼が来てもらうように頼んだという話だ。
「部活終わったら来るって」
そうか、とだけ言って、彼は教室を出ていった。トイレだろうか。
少しして、小川さんは大野さんと一緒に顔を出してくれた。
「おつかれ」
「おう。まだ残ってたのか」
二人にぱたぱたと駆け寄って声をかける。疲れてはいるけど、特に変わりなさそうだった。小川さんも、さっきみたいな苦しそうな心はしていない。もう大丈夫、なのかな。
「進捗、あんまよくねえな」
「ごめん」
「いや、アトラクション系とかお化け屋敷とかに比べりゃ作業量は多くねえし、間に合いそうなら良いよ」
大野さんは、やることねえならもう帰って大丈夫だぞ、と周囲のまだ残っていたクラスメイトに声を掛けて、片付けを手伝ってくれる。何も問題はなさそうだ。九十九くんの心配は杞憂だったのだろうか。
そう考えていたら丁度九十九くんが戻ってくる。手には、廊下の外装の装飾の作業で使っていた道具たち。外装担当の生徒たちも一緒に戻ってきて、荷物を取ってそれぞれ帰りだす。
片付けを手伝ってきたようだ。
「で、結局何だったんだ?」
大野さんが小川さんと九十九くんを見る。話は通っているけれど、詳細が掴めていないのだろう。
「お前の思っているものと、違っていたりしないか」
「あ?」
九十九くんにそう聞かれて、怪訝そうに周囲を見渡す大野さん。
「あんま進んでねえなとは思うけど。それだけだな」
「そうか、ならいい」
呼んでおいて、と小川さんの中で怒りが膨らむが、九十九くんが頭を下げると、萎んで消えて、不満だけが残った。
「忙しいのに、悪かった」
「……次からはもうちょっと、具体的なことがわかってから言ってね」
「悪い。気をつける」
「なんか、お前らしくねえな」
何やら少し可笑しそうに大野さんは言う。そうだろうか。私には、凄く彼らしく見えるのに。
「お前、そんな余裕ないやつだったか?」
彼を見る。余裕がなさそうだろうか。表情はいつも通りだ。心も、いつも通り感じ取れない。彼が表情を作ってしまえば、私にはもう何も分からない。
悪い結果にならないよう事前に動いて、その結果をちゃんと受け止めて次に繋げようとする、いつもの彼じゃないんだろうか。余裕がない故の行動だったのだろうか。
「俺は、いつもこうだ」
そのいつもがどっちなのか分からなくて。放課後になってすぐ、小川さんと話したことを思い出した。
あの時私が言ったことを、口先だけのものにしてはいけない。
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