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君の欠片を

第30話 まだ名前のない感情

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 集合写真はカメラマンさんのちゃんとしたカメラのほか、クラス代表者のスマホでも撮ってもらった。

 私は保健室のベッドに腰掛けながら、メッセージアプリでクラスのグループチャットに送られたその写真を眺めている。

 写真の中の私は、真ん中の方で大野さん、小川さんに両腕を掴まれ、後ろの女子に、九十九くんにデコピンされた額を撫でられている。

 女子を侍らせて甘やかされる姿はまるで悪い王様のようだ。満足げな顔がまた小憎らしくて笑えてくる。

 九十九くんは一番端で憮然とした表情で映っていた。

 進藤くんは前の方で、他の男子と肩を組んでいた。いかにもエンジョイしました、という風体だ。九十九くんも混ぜてあげたらいいのに。

 集合写真を撮った後、大野さん、小川さんと三人でも撮ってもらった。相変わらず二人に挟まれた私は、幸せそうな顔をしている。

 ガラ、とドアの開く音がした。見ると、大野さんと小川さんが保健室に入ってくるところだった。

「持ってきたよ」

 二人は私の荷物を持ってきてくれていた。その間の暇つぶしとして、写真を眺めていたのだ。

「ありがとう」

「帰りは大丈夫なのか?」

「うん。お母さんが車で迎えに来てくれることになったから」

 写真を撮った後、救護テントへ向かうと、ここも片付けるから保健室にいるようにと言われた。

 私が先に保健室に向かい、大野さんたちが荷物を取りに行ってくれ、次に先生が保健室に顔を出すと、家に電話してくれたと教えてくれた。迎えがくるまでには少し時間がかかるらしい。

「ねえ、二人とも。少し時間ある?」

「さみしくなっちゃった?」

 小川さんがこうしてからかってくるのは珍しい。打ち解けられた証拠だろうか。

「うん。それもあるけど、騎馬戦とか、リレーとか、体育祭の結果も、私何もわからないから」

 倒れてから何があったのか教えてほしいのだ。

「まず、どこまで覚えてる?」

 大野さんに聞かれて、思い出す。最後の記憶は乱戦で囲まれる所までだろうか。いや、ややその手前かもしれない。

 最初の一人のハチマキを取る所までで私はバテてしまった。私の〝感覚〟があれば、背後であっても強い感情なら感知できる。闘争心をむき出しにハチマキを狙ってきてくれるなら、私はそれに対応出来ると踏んでいたのだ。

 ところが、陸上競技で隣の走者の感情を感じ取るのと、騎馬戦で相手の感情を受けるのとではまるで訳が違った。

 そもそも、感情の向く先がゴールか自分か、というのもあるし、明確に相手と力ずくで争う競技性も影響しているだろう。

 とにかく、元々不調だったのも相まって、一人突破するので精一杯だった。突破した直後、その奥にいた騎馬と、外側を大きく回り込んだであろう騎馬、味方を倒したであろう騎馬の三騎から同時に強い闘争心をぶつけられて、私はパンクした。

 中学までは、騎馬にはなっても騎手になることはなかった。こんなにも違うのだと分かっていれば、立候補することはなかっただろう。

 三騎に囲まれたところまでは、と答えると、前方への強行突破に失敗して、私は揉みくちゃになって落馬したと教えてくれた。落ちた私が起き上がらないものだから、周囲は軽くパニック状態だったそうだ。

「総当たりの騎馬戦なんて元々わちゃわちゃしてるもんだからさ、あたし等が多少騒いでも他ではまだ競技継続してるし、先生たちにもすぐには気付いて貰えなかったんだよ。そしたらあいつが突っ込んできてさあ」

「あいつ?」

「あいつしかいねえだろ」

 苦々しそうに言う大野さんを見てやっと察しがつく。九十九くんが?

「男子が乱入してくりゃ、先生も流石に気づかないワケねえもんな。ニノマエを止めに来て、そこでようやくお前が倒れてる事に気づいてさ。でもニノマエの方がよっぽど冷静に動いてたよな。悔しいけど」

「意識と呼吸の状態を確かめて、わたし達に回復体位を取らせてから声を掛け続けるように指示して、救護テントから先生を呼んで……すごかったね」

「友達が倒れたら普通もうちょっと慌てるもんじゃないのかね」

「でも、あのとき手震えてたよ。ニノマエくん」

「マジで? あいつが?」

 二人の会話を聞いて、胸に熱いものが込み上げてくる。

 彼が一番に気づいて、飛び出してくれた。私のために動いてくれた。

 嬉しくて、恥ずかしくて、申し訳なくて。感情が複雑に混ざりあって、何を言えばいいのか分からない。自分がどう感じているのか、分からない。

 私は、自分の感情だけは感じ取れない。九十九くんみたいに、見えるけど読み取れないのとは違う。全く見えないのだ。

 見えていたら、この気持ちがなんなのか、分かるのだろうか。
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