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君の欠片を
第25話 きっとまだ、それ以前の問題
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突然予想だにしない単語が飛んできて一瞬思考がストップしてしまった。
「恋人?」
「違うの?」
「誰と、誰が?」
「あんたと、ニノマエ」
「……どうして?」
「仲いいし、よく一緒にいるし、さっき相合い傘してたし」
教室内に黄色い歓声が上がる。見られていたのか。というか。
「そっか、あれ相合い傘になるんだ」
教室内の上がった熱が一気に冷める。お前正気か? と言わんばかりの視線が容赦なく刺さって痛い。
「流石にそれはいくらなんでも、ニノマエが可哀想じゃない?」
彼が可哀想、と言われると、流石に心が痛い。
彼の優しさに甘えている自覚はあったけれど、私は彼に、可哀想なことをしていたのだろうか。
「どうしたらいい?」
「どうしたらいいって……」
何が悪かったのか。どうしたらいいのか。よく分からなかったので、そのまま聞いて困らせてしまった。
クラス中がなんとも言えない雰囲気に包まれる。
「例えば、女の子からさ、気のある素振りを見せて、男がその気になったときになって、全然その気は無かったんだってなったら、ちょっと可哀想だと思わない?」
大分噛み砕いて説明してもらえたので、ようやく少しわかった。気のある素振り、というのが相合い傘に当たるのだろう。
確かに私も、相合い傘をしている男女を見たら、仲睦まじくて微笑ましいな、と思うだろう。
要は、客観的視点が足りていないのだ。ストーカー紛いの事をしていたことに気がついていなかったことも含めて。
なら、次から客観的にどう映るかにも気をつけたらいいのだ。でも、それはそれとして。
「私が何かしたとして、九十九くんがその気になるとは、思えないけど」
そうだあいつも何考えてるのかわからないんだよなぁ、といった顔をされる。湧き出てくる猜疑心の色と匂いでくらくらしてくる。
「ツクモ、って?」
「ニノマエの本名でしょ。たしか」
「ニノマエハジメが本名じゃないの?」
そんな声も上がる。いるんじゃないか、とは聞いていたけど、本当にいたんだな、本名知らない人。
「二人とも変わってっからな。本人たちの間でしか共有されてない感覚とかもあるだろうし、よく知らない周りがあんま引っ掻き回しても仕方ねえだろ」
しばらく怒ったり悩んだりもやもやしたり、感情をコロコロ変えていた大野さんがフォローに入ってくれた。
今でもあまりいい気持ちはしていないようだが、それがどこに向いているのかがよくわからない。
「向こうの気持ちは放っておくとしてもさ、こっちの気持ちは整理しといた方がよくない?」
対するクラスメイトが言う、こっち、というのは私のことだろうが、整理と言われてもピンとこない。
「ぶっちゃけニノマエのこと、どうなの?」
「うーん」
どう、というのが何を指すのか、さすがの私にもわかる。あまり深く考えないようにしていたが、私は今、恋バナをしているのだ。
恋、というのが何かは、実はよく分かっていない。
私自身、恋愛の経験はないけれど、中学二年生の途中でこのヘンテコな〝感覚〟が発現してから、自然と他人のその気持ちを感じ取ることはあった。だけどそれは、一つとして同じようなものはなく、バリエーションに富んだものだった。
いろんな人の話を聞いたり、時にはお節介を焼いたりした。そして私は、一口に恋と言っても、人によってそれぞれの感情はまるで違うものだということを知った。
私はそれを、憧れだと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私はそれを、尊敬だと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私はそれを、友愛だと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私はそれを、下心だと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私が恋ではないと思っていた感情が、恋に結びついていた。逆に、恋だと思った感情を、ただの憧れだと言う人もいた。そんなことが続いて、私は恋がなんなのか、分からなくなってしまったのだ。
だから、私は九十九くんをどう思っているのだろう、と考えてもよくわからない。恋ではない、と思う。それが恋だと言われても、きっと腑に落ちない。だけど、違うと言い切る自信も、ない。
「そんな悩まなくても」
考え込んでいるとそう言われた。皆は自分の気持ちに迷うことが無いのだろうか。
「例えばさ、さっきの相合い傘、他の男子ともするの?」
そう言われると、しない。でも、そもそもあまり他に親しい男子がいない。
他の男子たちと同じくらいの関係性であれば、別に女子が相手でもしないだろう。気まず過ぎる。
強いて言うなら、進藤くんは少し親しい方だと思う。彼ならどうだろうか。
想像してみる。できる、と思う。気まずくは、ないと思う。でもなんだか居心地が悪くて、きっと私はすぐ逃げてしまうだろう。
「しないと思う。でも、何が違うのか分からない」
「それが分かれば、自分の気持ちも分かるんじゃない? 他の人と比べて、なんか違うところがあればさ、そこに特別な想いがあるんだよ」
そうしたり顔で言う彼女は、他校に進学した中学生の時の恋人と今も続いているのだと以前話していた。
春頃に九十九くんが言っていたことを思い出す。あれは丁度、好きな異性のタイプの話をしていたときだ。
相手がしてくれたことが、自分にとってどんな意味や価値があるものになっているか。
自分がしたことが、相手にとってどんな意味や価値があるものになっていると信じられるか。
その人とどうありたいかなんて、それ次第で変わってくるもの。
確か、そう言っていた。
恋の形が人によって違うのも、だからなのだろうか。
相手がしてくれたことが自分にとって特別なものになって、そのとき感じた気持ちが、憧れでも、尊敬でも、友愛でも、下心でも。その上で相手に望む関係性が恋人であれば、それが恋になるのだろうか。
それなら。
私はもう、九十九くんにいろんなものを貰っているはずだ。なのに、私は貰ったものの価値を測りかねている。
そして、私はまだ何も、九十九くんに返すことが出来てはいない。彼に何かを求められるほど、私は彼に報いていない。
だから、恋ではない。私はきっとまだ、それ以前の問題だ。
「恋人?」
「違うの?」
「誰と、誰が?」
「あんたと、ニノマエ」
「……どうして?」
「仲いいし、よく一緒にいるし、さっき相合い傘してたし」
教室内に黄色い歓声が上がる。見られていたのか。というか。
「そっか、あれ相合い傘になるんだ」
教室内の上がった熱が一気に冷める。お前正気か? と言わんばかりの視線が容赦なく刺さって痛い。
「流石にそれはいくらなんでも、ニノマエが可哀想じゃない?」
彼が可哀想、と言われると、流石に心が痛い。
彼の優しさに甘えている自覚はあったけれど、私は彼に、可哀想なことをしていたのだろうか。
「どうしたらいい?」
「どうしたらいいって……」
何が悪かったのか。どうしたらいいのか。よく分からなかったので、そのまま聞いて困らせてしまった。
クラス中がなんとも言えない雰囲気に包まれる。
「例えば、女の子からさ、気のある素振りを見せて、男がその気になったときになって、全然その気は無かったんだってなったら、ちょっと可哀想だと思わない?」
大分噛み砕いて説明してもらえたので、ようやく少しわかった。気のある素振り、というのが相合い傘に当たるのだろう。
確かに私も、相合い傘をしている男女を見たら、仲睦まじくて微笑ましいな、と思うだろう。
要は、客観的視点が足りていないのだ。ストーカー紛いの事をしていたことに気がついていなかったことも含めて。
なら、次から客観的にどう映るかにも気をつけたらいいのだ。でも、それはそれとして。
「私が何かしたとして、九十九くんがその気になるとは、思えないけど」
そうだあいつも何考えてるのかわからないんだよなぁ、といった顔をされる。湧き出てくる猜疑心の色と匂いでくらくらしてくる。
「ツクモ、って?」
「ニノマエの本名でしょ。たしか」
「ニノマエハジメが本名じゃないの?」
そんな声も上がる。いるんじゃないか、とは聞いていたけど、本当にいたんだな、本名知らない人。
「二人とも変わってっからな。本人たちの間でしか共有されてない感覚とかもあるだろうし、よく知らない周りがあんま引っ掻き回しても仕方ねえだろ」
しばらく怒ったり悩んだりもやもやしたり、感情をコロコロ変えていた大野さんがフォローに入ってくれた。
今でもあまりいい気持ちはしていないようだが、それがどこに向いているのかがよくわからない。
「向こうの気持ちは放っておくとしてもさ、こっちの気持ちは整理しといた方がよくない?」
対するクラスメイトが言う、こっち、というのは私のことだろうが、整理と言われてもピンとこない。
「ぶっちゃけニノマエのこと、どうなの?」
「うーん」
どう、というのが何を指すのか、さすがの私にもわかる。あまり深く考えないようにしていたが、私は今、恋バナをしているのだ。
恋、というのが何かは、実はよく分かっていない。
私自身、恋愛の経験はないけれど、中学二年生の途中でこのヘンテコな〝感覚〟が発現してから、自然と他人のその気持ちを感じ取ることはあった。だけどそれは、一つとして同じようなものはなく、バリエーションに富んだものだった。
いろんな人の話を聞いたり、時にはお節介を焼いたりした。そして私は、一口に恋と言っても、人によってそれぞれの感情はまるで違うものだということを知った。
私はそれを、憧れだと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私はそれを、尊敬だと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私はそれを、友愛だと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私はそれを、下心だと思った。けれどもその人は、それを恋と呼んだ。
私が恋ではないと思っていた感情が、恋に結びついていた。逆に、恋だと思った感情を、ただの憧れだと言う人もいた。そんなことが続いて、私は恋がなんなのか、分からなくなってしまったのだ。
だから、私は九十九くんをどう思っているのだろう、と考えてもよくわからない。恋ではない、と思う。それが恋だと言われても、きっと腑に落ちない。だけど、違うと言い切る自信も、ない。
「そんな悩まなくても」
考え込んでいるとそう言われた。皆は自分の気持ちに迷うことが無いのだろうか。
「例えばさ、さっきの相合い傘、他の男子ともするの?」
そう言われると、しない。でも、そもそもあまり他に親しい男子がいない。
他の男子たちと同じくらいの関係性であれば、別に女子が相手でもしないだろう。気まず過ぎる。
強いて言うなら、進藤くんは少し親しい方だと思う。彼ならどうだろうか。
想像してみる。できる、と思う。気まずくは、ないと思う。でもなんだか居心地が悪くて、きっと私はすぐ逃げてしまうだろう。
「しないと思う。でも、何が違うのか分からない」
「それが分かれば、自分の気持ちも分かるんじゃない? 他の人と比べて、なんか違うところがあればさ、そこに特別な想いがあるんだよ」
そうしたり顔で言う彼女は、他校に進学した中学生の時の恋人と今も続いているのだと以前話していた。
春頃に九十九くんが言っていたことを思い出す。あれは丁度、好きな異性のタイプの話をしていたときだ。
相手がしてくれたことが、自分にとってどんな意味や価値があるものになっているか。
自分がしたことが、相手にとってどんな意味や価値があるものになっていると信じられるか。
その人とどうありたいかなんて、それ次第で変わってくるもの。
確か、そう言っていた。
恋の形が人によって違うのも、だからなのだろうか。
相手がしてくれたことが自分にとって特別なものになって、そのとき感じた気持ちが、憧れでも、尊敬でも、友愛でも、下心でも。その上で相手に望む関係性が恋人であれば、それが恋になるのだろうか。
それなら。
私はもう、九十九くんにいろんなものを貰っているはずだ。なのに、私は貰ったものの価値を測りかねている。
そして、私はまだ何も、九十九くんに返すことが出来てはいない。彼に何かを求められるほど、私は彼に報いていない。
だから、恋ではない。私はきっとまだ、それ以前の問題だ。
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