7 / 146
君の欠片を
第6話 小川咲希先輩
しおりを挟む
目的の教室についた。上級生の教室など、職員室よりも行く機会が少ないからか、さっきより緊張してしまう。
うちの学校で学年ごとに色分けをしているのは二つ。校章と、セーラー服のリボン。
校章だけなら目立つものではないのだけれど、もう一つが問題だった。上級生の教室に来ると流石に悪目立ちする。小川さんなんて大野さんの後ろに隠れてしまった。
ちなみに、上履きは白で統一されている。こちらも色分けされていれば、今回のようなことは起こらなかったのだろうか。
私が躊躇っているうちに、九十九くんは教室入口側にいた女子の先輩に声を掛け、小川咲希先輩を呼んでもらえないかと頼んでいた。
私も協力するつもりでいたのに、彼一人で済ませてしまうつもりだろうか。
サキー。という間延びした呼び声を聞いて駆け寄ってきたのは、小川さんとあまり変わらない背丈の先輩だった。
私と小川さんの、丁度中間くらいだろうか。
身長にそこまで大きな差はないが、それでも四限目の体育館への移動のとき、一時的に私の上履きを履いた小川さんはやや歩き辛そうにしていた。
この先輩が取り違えているとするなら、違和感を感じたりはしなかったのだろうか。
それとなく上履きを確認すると、更衣室で見つかったものと同じ位置に小川と書かれているのが見える。これが後ろで大野さんに隠れている小川さんのものかどうかは、私には判別がつかない。
「何かね、一年生諸君! もしかしてあれかな、勧誘ポスター見てくれたのかな?」
「違います」
「ええーっ!」
小川咲希先輩は、とても賑やかでリアクションが大きく、わかりやすい方だった。
ころころと移り変わる心の様子が完全に言動や表情に一致している。九十九くんと話しているのを客観的に眺めていると、対象的すぎて温度差がすごい。
「俺のクラスにも小川という子がいて、三階の女子更衣室で上履きを失くしたそうなんですが、そこで見つかったのが別人の物でした。失礼ですが、間違えてはいないですか?」
そういって、九十九くんは小川さんの方を見る。
小川さんは、大野さんの後ろからそろそろと出てきて、更衣室で見つかった上履きを差し出す。
「あの、こ、これなんですけど」
先輩の顔が、サッと青くなったかと思うと、大きな声で即座に謝ってくれた。
「うわーっ!? ごめーん!」
両手を合わせて勢いよく頭を下げる先輩を見ていると、悪意を疑うのが馬鹿らしくなってしまう。
それにしても。
「気が付かなかったんですか?」
口から疑問が零れ出ていた。しまった。また責め立てているように聞こえてしまうかも知れない。
すみません、そんなつもりではなくて、と言い訳をしようとすると、小川さんと上履きを交換する先輩はわかりやすく、ギクリと震えた。
「え、えーっと」
目が泳いでいる。気づいていて黙っていたのだろうか。私の心に黒い影が差しそうになる。
「なにー。サキ、成長期が来たかもって騒いでたの、後輩の小さい上履き履いてたからなのー?」
「うわー! 言わないでよ! そもそも間違えて持ってきたのあんたでしょ!」
後ろから飛んできたヤジに怒りながら、ホントにごめんね、と謝ってくれる先輩。
「いえ、こちらこそ失礼な物言いをしてしまって、すみませんでした」
頭を深く下げながら、反省。私は少し、人を疑いすぎている。特に今日は。
「先輩がご自身で回収したわけじゃないんですね」
自己嫌悪に陥りそうになっていると、九十九くんが先輩に聞いた。質問、というよりは、確認のように聞こえた。
「うん、私、美術部なんだけどね、昨日片付け忘れて帰っちゃって、今朝やってたんだけど、その、バケツを、その」
勧誘ポスターがなんとかと言っていたのは部活のことだろうか。
どうも私が先輩です、とばかりに胸を張って登場しておいて、後輩に自分の失敗を説明させられることになるとは思っていなかっただろう。
もじもじと両手の人差し指を突き合わせて目を泳がす様子を見ていると、なんだか居た堪れない。
「それで、ご友人の方に運搬を頼んだんですね」
「運搬……ああ、うん。濡れた靴下じゃ歩き回れないから、友達に頼んだんだ。女子更衣室の、分かりづらいとこにでも置いて乾かしておいて、って。教室だと乾かしづらいし、目立って恥ずかしいし……」
それじゃあどうして、と聞こうとすると、軽く袖を引っ張られた。
後ろからかと思ったら、隣の九十九くんだった。なんだろう。
「お時間を取らせてすみませんでした。失礼します」
九十九くんはこちらには目を向けず、話を切り上げた。もしかして、止められたのだろうか。
「ホントにごめんね! ちゃんと言い聞かせておくから! あと、美術部に興味があったら是非!」
まだわかっていないことがあるけど、止められてまで無理に聞こうとは思わない。
大野さんもやや不満げではあったが、小川咲希先輩の人柄に毒気を抜かれたらしく、追求する気配は見せない。
一番の当事者である小川さんが自分の上履きが戻ってきたことで安心していたので、私達は大人しく退散することにした。
「すみません、最後に。午前中の授業に移動教室はありましたか?」
最前列で教室に入り、退散時には最後尾となった九十九くんは、最後にそれだけ確認してから教室を出た。
「さて、じゃあハジメ。事件を最初から整理するけど――」
ずっと静かにしていた進藤くんがこの時を待っていたとばかりに話し始めた。と、同時に、チャイムが鳴り響く。
昼休みが終わった。
うちの学校で学年ごとに色分けをしているのは二つ。校章と、セーラー服のリボン。
校章だけなら目立つものではないのだけれど、もう一つが問題だった。上級生の教室に来ると流石に悪目立ちする。小川さんなんて大野さんの後ろに隠れてしまった。
ちなみに、上履きは白で統一されている。こちらも色分けされていれば、今回のようなことは起こらなかったのだろうか。
私が躊躇っているうちに、九十九くんは教室入口側にいた女子の先輩に声を掛け、小川咲希先輩を呼んでもらえないかと頼んでいた。
私も協力するつもりでいたのに、彼一人で済ませてしまうつもりだろうか。
サキー。という間延びした呼び声を聞いて駆け寄ってきたのは、小川さんとあまり変わらない背丈の先輩だった。
私と小川さんの、丁度中間くらいだろうか。
身長にそこまで大きな差はないが、それでも四限目の体育館への移動のとき、一時的に私の上履きを履いた小川さんはやや歩き辛そうにしていた。
この先輩が取り違えているとするなら、違和感を感じたりはしなかったのだろうか。
それとなく上履きを確認すると、更衣室で見つかったものと同じ位置に小川と書かれているのが見える。これが後ろで大野さんに隠れている小川さんのものかどうかは、私には判別がつかない。
「何かね、一年生諸君! もしかしてあれかな、勧誘ポスター見てくれたのかな?」
「違います」
「ええーっ!」
小川咲希先輩は、とても賑やかでリアクションが大きく、わかりやすい方だった。
ころころと移り変わる心の様子が完全に言動や表情に一致している。九十九くんと話しているのを客観的に眺めていると、対象的すぎて温度差がすごい。
「俺のクラスにも小川という子がいて、三階の女子更衣室で上履きを失くしたそうなんですが、そこで見つかったのが別人の物でした。失礼ですが、間違えてはいないですか?」
そういって、九十九くんは小川さんの方を見る。
小川さんは、大野さんの後ろからそろそろと出てきて、更衣室で見つかった上履きを差し出す。
「あの、こ、これなんですけど」
先輩の顔が、サッと青くなったかと思うと、大きな声で即座に謝ってくれた。
「うわーっ!? ごめーん!」
両手を合わせて勢いよく頭を下げる先輩を見ていると、悪意を疑うのが馬鹿らしくなってしまう。
それにしても。
「気が付かなかったんですか?」
口から疑問が零れ出ていた。しまった。また責め立てているように聞こえてしまうかも知れない。
すみません、そんなつもりではなくて、と言い訳をしようとすると、小川さんと上履きを交換する先輩はわかりやすく、ギクリと震えた。
「え、えーっと」
目が泳いでいる。気づいていて黙っていたのだろうか。私の心に黒い影が差しそうになる。
「なにー。サキ、成長期が来たかもって騒いでたの、後輩の小さい上履き履いてたからなのー?」
「うわー! 言わないでよ! そもそも間違えて持ってきたのあんたでしょ!」
後ろから飛んできたヤジに怒りながら、ホントにごめんね、と謝ってくれる先輩。
「いえ、こちらこそ失礼な物言いをしてしまって、すみませんでした」
頭を深く下げながら、反省。私は少し、人を疑いすぎている。特に今日は。
「先輩がご自身で回収したわけじゃないんですね」
自己嫌悪に陥りそうになっていると、九十九くんが先輩に聞いた。質問、というよりは、確認のように聞こえた。
「うん、私、美術部なんだけどね、昨日片付け忘れて帰っちゃって、今朝やってたんだけど、その、バケツを、その」
勧誘ポスターがなんとかと言っていたのは部活のことだろうか。
どうも私が先輩です、とばかりに胸を張って登場しておいて、後輩に自分の失敗を説明させられることになるとは思っていなかっただろう。
もじもじと両手の人差し指を突き合わせて目を泳がす様子を見ていると、なんだか居た堪れない。
「それで、ご友人の方に運搬を頼んだんですね」
「運搬……ああ、うん。濡れた靴下じゃ歩き回れないから、友達に頼んだんだ。女子更衣室の、分かりづらいとこにでも置いて乾かしておいて、って。教室だと乾かしづらいし、目立って恥ずかしいし……」
それじゃあどうして、と聞こうとすると、軽く袖を引っ張られた。
後ろからかと思ったら、隣の九十九くんだった。なんだろう。
「お時間を取らせてすみませんでした。失礼します」
九十九くんはこちらには目を向けず、話を切り上げた。もしかして、止められたのだろうか。
「ホントにごめんね! ちゃんと言い聞かせておくから! あと、美術部に興味があったら是非!」
まだわかっていないことがあるけど、止められてまで無理に聞こうとは思わない。
大野さんもやや不満げではあったが、小川咲希先輩の人柄に毒気を抜かれたらしく、追求する気配は見せない。
一番の当事者である小川さんが自分の上履きが戻ってきたことで安心していたので、私達は大人しく退散することにした。
「すみません、最後に。午前中の授業に移動教室はありましたか?」
最前列で教室に入り、退散時には最後尾となった九十九くんは、最後にそれだけ確認してから教室を出た。
「さて、じゃあハジメ。事件を最初から整理するけど――」
ずっと静かにしていた進藤くんがこの時を待っていたとばかりに話し始めた。と、同時に、チャイムが鳴り響く。
昼休みが終わった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる