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これ以上は見ちゃだめだよ

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 視線の先には渦巻く黒い霧。
 悪魔の姿はもうそこになかった。

 悪魔の残していった黒い霧の渦がゆっくり解けていくと、その中に、数えきれないほどの金色の輝きが現れた。
 握りこぶしほどの大きさの眩しい球体は、次々と宙に浮き上がり、地下室の天井を通り抜けて消えていく。
 実際には天井を通り、屋敷の屋根を突き抜けて、天へと一直線に向かっているはずだ。
 何百もの、悪魔の犠牲者の魂が、ここにようやく解放されたのだ。

「くそっ! あいつ、こんなにたくさんの命を奪っていたのか」

 そう吐き捨てるように言った後、リュカは銀のクロスを握りしめ、眩しそうに眼を細めて光の流れを見送った。
 大天使は、魂たちの行く先を指し示すように、黄金の剣を高く掲げた。
 一斉に、上へ上へと向かっていく魂の流れから、一つの光がふわりと迷い出た。

「ヴェルネ伯爵はあっちだよ」

 リュカが後ろを眼で示すと、その光はアレットの姿をした伯爵のもとにすーっと飛んでいった。

『アマンディーヌ様!』

 伯爵がアレットの身体から離れ、自分自身の姿を現した。
 長い真っすぐなプラチナブロンドを後ろで束ね、衿の高い深緑の上着、白いスカーフ、豪奢な造りのレイピアを腰にした青年貴族の姿だ。

 彼の目の前で止まった光は、霧のように大きく広がったかと思うと、胸元の広く空いた淡いピンクのドレスをまとった、若く美しい女性の姿になった。
 優雅に結い上げた亜麻色の髪に、小さなティアラ。
 ラグドゥースの王女は、アイスブルーの瞳を潤ませて、目の前に立つ青年を見上げた。

『あ……あぁ……、エルキュール……』

 美しい唇を震わせて、王女は二百五十年ぶりに愛しいひとの名を呼んだ。

『アマンディーヌ様、ずっと……ずっと、お探しして…………』

 伯爵の言葉の最後は、もう声にならない。
 もどかしそうに腕を伸ばし、探し続けた最愛の女性の細い身体を強く抱きしめる。二人の頬に涙が伝っていく。

『すっごーい、素敵、素敵! お姫様と王子様みたい!』
「そうだな」

 興奮気味のミリアンの言葉に、リュカが苦笑しながら頷いた。

「でも、これ以上は、見ちゃだめだよ」

 そして、ミリアンの眼を手で覆って、熱い口づけを交わす二人の姿を隠す。
 ついでに、甘い雰囲気をだいなしにする、うるさい口も塞いでやった。

『リュカ。アマンディーヌ様を探し出せたのは、お前のおかげだ。感謝している。本当に、世話になった』

 王女の腰を抱きよせて寄り添う伯爵は、幸せそうに微笑んでいた。
 同じく幸せそうな顔で彼を見つめる王女の手には、約束のネージュ・リリーの白い花があった。

『わたくしからも、お礼を言いますわ。あなたが助けてくださらなかったら、わたくしは永遠にあの恐ろしい悪魔に捕われたままだったでしょう』
「いや、伯爵が二百五十年も諦めなかったから、再会できたんだよ」

 どことなくアレットに似た美しい王女に礼を言われ、照れたリュカは頭を掻いた。

『ロイク、ミリアンにも礼を言うよ。お前たちと出会えて、私は孤独ではなくなった。私を受け入れてくれたアレットには、本当にどう感謝していいか分からないほどだ』
『お前には、何度もアレットを助けてもらったんだ。オレからも礼を言うよ』

 ロイクが前足を立て、背中を伸ばした綺麗な姿勢に座り直し、伯爵を見上げた。

『王女様に会えてよかったねー、伯爵。もうこれで、泣かなくてもいいねぇ』
「こら。余計なことを言わない」

 リュカが、一言多いミリアンを小突くと、伯爵が声を立てて笑った。

 彼は本当は、こんな風に快活に笑う男だったのだ。
 彼を苦しめ続けた二百五十年の長い呪縛が、ようやく解けた。

 やがて、ぴったりと寄り添う二人が、金色の輝きに包まれ始めた。
 何度も同じ光景を見てきたロイクやミリアンには、それがどういうことなのかが分かる。
 もちろん、リュカとミカエルにも分かっている。

『もう、行くのか』

 ロイクが眩しそうに瞳孔を細めた。

『ああ。そのようだ』

 金色の輝きがみるみる強まり、二人の姿を覆い隠すほどになった。

『またねー。伯爵、王女様』

 ミリアンが笑顔で手を振る。

「これから天に召される人に、こう言うのは変かもしれないけど……どうか、お幸せに」

 リュカは微笑むと、クロスを手に十字を切った。
 二人が安らかな眠りにつけるように。
 そしていつの日か、この世で結ばれる幸せな恋人同士に生まれ変われるように。

『ありがとう。リュカ、お前も……』

 最後が途切れた言葉を残し、伯爵とその恋人の姿は、光とともに消えていった。

『行っちゃった……。でも、よかったねー。幸せそうだったねー』
「うん」
『そうだな。一時は、どうなることかと思ったが……全部、リュカのおかげだ』
「…………うん」
『リュカ?』
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