【完結】魔術師リュカと孤独の器 〜優しい亡霊を連れた少女〜

平田加津実

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そういう直感は大事だよ

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 翌朝、リュカは数日ぶりに、左目の周りに赤いダイヤ模様のメイクを施し、ハーリキン・チェックの派手なベストと帽子を身に着けた。
 そして、ごろごろ音を立てる台車を引っぱって、アレットの家を出た。

『ねぇ、早く行こう!』

 大はしゃぎのミリアンが、誰よりも先に歩いていく。
 アレットがリュカの大道芸を見たいというので、この日は全員揃って、町の中心部にある広場に向かっているのだ。

 土の道が石畳に変わり、道の両側に建物が増え、町の様子が賑やかになってきたとき、後ろから追い越していった一頭立ての幌付きの馬車が、馬のいななきとともに少し先で止まった。

 執事風の男に手を取られ、上品な身のこなしで馬車を降りたのは、仕立ての良いラベンダー色のドレスを身に付けた若い女性。
 つばの広い白い帽子から胸元に下がる茶色の髪は、綺麗に巻かれている。
 いかにも良家のお嬢様風だ。

 リュカが見覚えのある顔にあっと思うのと同時に、アレットが嬉しそうな笑顔で、その女性に小走りで駆け寄った。

「マノンさん。こんにちは」
「ごきげんよう、アレット。こんな所でお会いするなんて、奇遇ね」

 華やかな笑顔で挨拶を返したのは、やはり先日、仕立て屋の前で見かけた女性だった。

 ロイクは、この女を『視える人』だと言っていた。
 そして『いやな感じがする』とも。

「なるほど……ね」

 少し離れた場所からマノンの視線の動きを探ると、確かに、アレットと会話しながら、ときどき視線が外れて、亡霊たちを見ている。

 『視える人』というのは間違いないだろう。
 しかし、『いやな感じ』は分からない。
 むしろ、女性同士親しげに談笑している様子は、好ましくすら思う。

「あの方、お知り合いですの?」

 やがてマノンの注意が自分に向いた。
 リュカは笑顔を浮かべて彼女に近づき、繊細なレースの手袋をはめた手を取った。

「初めまして。彼女の友人の、リュカです」
「この方が、以前、話したマノンさん」
「よろしく。なんだか……変わった格好をなさってるのね?」
「ええ。大道芸人をしているんですよ。どうぞ、お見知りおきを」

 怪訝そうな顔をする彼女に、帽子を取りながら大げさなお辞儀をして見せる。

「これから、彼の芸を観に行くんです。あの……、マノンさんもよかったら、一緒に……」
「あら、残念だわ。わたくし、これから用事があるのよ。今度、お会いしたときに、お話を聞かせてちょうだいな」

 アレットと朗らかに話しながら、彼女の視線はすっと足元に落ちた。
 その場所には、普通の人間には視えないはずの黒猫がいる。

 低い姿勢を取り、警戒するように女を見上げていたロイクの体が、びくりと動いた。
 おそらく、彼女と目が合ったのだろう。

「では、またね。どうぞ楽しんでらしてね」

 視線をアレットに戻したマノンは、そう言うと、上品なドレスの裾さばきで馬車に戻り、「ごきげんよう」の言葉を残して去っていった。

 上品で美しいマノンは、アレットにとって憧れの存在なのだろう。
 馬車が曲がっていった角を、名残惜しそうに見つめている。

「ね。素敵な方でしょ?」

 嬉しそうに同意を求める声に、亡霊たちは反応しない。

「あ、あぁ……そうだね」

 リュカだけが、とりあえず話を合わせてみたものの、亡霊が視えていながらそのことに全く触れないマノンの様子は、やはり引っかかる。

 自分の能力を、人に知られたくないのだろうか。

 他人から奇異な目で見られがちな力だから、その気持ちは分からなくもない。
 けれども、そうであるなら、わざわざアレットに近づく理由が分からない。

 ご機嫌な様子で歩き始めたアレットの後ろ姿を見つめながら考え込んでいると、ロイクがもの言いたげに足元にすり寄ってきた。

 黒猫を肩に乗せてやると、彼は耳元で声を潜めた。

『どう、思う?』
「あのマノンって女には、間違いなく、お前たちの姿が視えてるな。だけど、それ以外のことは、俺には分からないよ」
『お前、何でも分かるじゃないか。あの女がどういう人間なのか視えないのか?』

 不満そうな言葉に、ため息まじりに首を横に振る。

「無理なんだ、生きている人間は……ね。肉体は精神を守る鎧みたいなものだから、そう簡単に外側からは読み取れないんだ。お前たちのような肉体を持たない亡霊なら、俺が本気を出せば、何もかも丸見えだけどな」
『いっ!』

 深刻そうなロイクをからかってやると、彼は思わず目を剥いた。

 彼の言う「嫌な感じ」が、過保護な亡霊の思い過ごしなら、それに越したことはない。
 彼女は、アレットの厄介な体質を正しく理解できるはずの人間なのだから。

 リュカはすぐ目の前で揺れる、つややかな亜麻色の髪に目を細める。

「俺は、彼女がアレットと仲良くしてくれればいいと思ってる。だけど、お前は何か嫌な感じがするんだろう? そういう直感は大事だよ。亡霊だからこそ感じ取れることも、あるかもしれないし」
『そうか……』
「あの女は亡霊の声も聞こえるはずだから、今度会ったら話しかけてみろよ。お前、俺に何者だ……ってさんざん問いつめただろう? 彼女にも同じことをやって、反応を見ればいいんだよ」
『そうだな。そうしよう』

 ロイクはすっきりしない様子で、肩から飛び降りた。
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