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お茶くらいは一緒に飲みたいって思って

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 アレットの家は、町の南はずれにあった。
 手入れの行き届いた、二階建てのこぢんまりした家だ。
 小さな庭には、観賞用とも食用とも違う、見慣れない植物が色とりどりの花を咲かせていた。

「どうぞ」

 アレットに案内されて家の中に入り、眼を見はった。
 中はまるで何かの工房のようだった。

 テーブルの上に、大きな白い布が広げられている。
 針箱、針山、はさみ、白い糸の束。
 男のリュカには、全くなじみのないものが、散らばっている。

 部屋の隅には大きな寸胴の鍋が掛けられた釜と、色粉が入った瓶の棚。
 天井から吊るされた竿には、輪に束ねられた色とりどりの糸や、乾燥された植物の束が、沢山ぶら下げられていた。

「へぇ……すごいや」

 まるで、魔法使いの家……。

 不思議な場所に迷い込んだ気がして、リュカが物珍しそうに辺りを見回した。

「きゃ。今日、急いでいたから、そのままだったわ。ごめんなさい。今、片付けるから」

 アレットが慌てて、しかし細心の注意を払って、テーブルの上を片付け始めた。

 彼女がふわっとたたんだ、柔らかに透ける白い布には、よく見ると、片方の布端に白い花模様がついている。
 綺麗だが、繊細すぎて全く実用的ではない。

「それは、何?」
「これは、花嫁さんのベールなの。綺麗でしょ? わたしは刺繍職人なの。これはまだ途中だけど、わたしが刺繍したのよ」

 彼女の柔らかな笑顔に、仕事への思い入れや自信が、透けて見える。
 変わった娘ではあるが、なかなかどうして、しっかりしているようだ。

「仕事かぁ。頑張ってるんだね」

 感心して言葉をかけると、彼女の笑顔が一層深くなった。

「お茶、いれるね」

 片付け終わったアレットが、軽やかな足音をたてて部屋の奥へ行ってしまった。
 周りを見回しながら、どうしたものかと思っていると、ロイクが足元に寄ってくる。

『座れば?』
「あぁ」

 勧められるままいちばん近くの椅子に掛けると、ロイクがテーブルに飛び乗った。

『もともとは、アレットの母親が刺繍職人だったんだ。アレットも母親に教えられて、十歳までには、もう、仕事としてやっていける腕前になった』
「彼女のお母さんは、どうしたんだ?」
『二年ほど前に、病気で亡くなった。父親はアレットが物心つく前に、死んだらしい。オレは一年ちょっと前に……』
「そっか。だから一人暮らしなんだ。でも、彼女すごいね。あの年で、ちゃんと仕事をして、生活してるんだから。この家も維持してるんだろ?」

 リュカは彼女の姿が消えた部屋の奥に、ちらりと視線を向けた。

 彼も二年ほど前から、旅芸人として一人で生きているが、これは自分で選んだ生き方だ。
 両親や兄弟は故郷に健在だから天涯孤独の身という訳でもない。

 アレットが母親を亡くしたのは、十四歳の頃。
 その若さで、否応無しに一人で生きていくことになってしまった彼女は、どれほどの寂しさと苦労を味わってきただろう。
 自分のような身一つで渡り歩く気ままなその日暮らしより、責任ある仕事を持ち、家を守る彼女の生き方の方が、よほど大変そうに思える。

『まあな。あいつはああ見えて、かなり腕のいい職人なんだよ。腕前はとっくに母親を越えている。花嫁のベールを任されるほどの職人は、この町には数人しかいないんだ』

 ロイクはまるで自分のことのように、目を細めて自慢げに語った。

「お茶がはいったわ」

 両手でお盆を持ったアレットが戻ってきた。
 テーブルの上にいたロイクが、丸い影に囲まれたのに気づき、慌てて飛び退く。

 しかし、僅かに遅れた。

『ふぎゃっ!』

 尻尾の先にお盆を置かれて、ロイクが悲鳴を上げた。
 リュカが爆笑する。

「え? どうしたのロイク」

 悲鳴を聞いたアレットが、オロオロと辺りを見回した。
 彼女には、涙目で尻尾を舐めているロイクの姿が視えていないのだ。

 ロイクも話ができる状況ではないから、リュカが笑いをこらえながら説明する。

「ははは……。今、お盆でロイクの尻尾の先を踏んだんだよ。ははっ、視えないって、面白いな」
『リュカ。てめぇ、笑うなっ!』
「ごめんなさい、ロイク。またやっちゃったのね」

 アレットは申し訳なさそうにそう言うと、お盆の上からミルクの入った小皿を取り、テーブルに置いた。
 お盆には他に、ティーカップが四つとポット、小さなかごに盛られた焼き菓子が乗せられている。

 ロイクが小皿に近づいて、おいしそうにミルクを舐めた。
 舐めても、水面は全く動かないし、減りもしない。

 窓の外をながめていた伯爵と、部屋の隅で遊んでいたミリアンもテーブルに近づいてきた。

 それぞれが、当然のような顔で手を伸ばし、幻のカップを取っていく。
 ミリアンはもう一方の手でお菓子を一つ取ってほおばり、さらにもう一つ取った。
 それでももちろん、かごの中のお菓子が減ることはない。

「いつも、こうやってお茶してるの?」
「ええ。食事までは準備してあげられないから、お茶くらいは一緒に飲みたいって思って。みんな、喜んでくれるし。それに、テーブルにティーカップ一つだけじゃ……ね」

 アレットが少し寂しそうに笑った。

 リュカには四人と一匹の、和やかなティータイムに見える。
 しかし今、アレットの眼に映っているのはリュカただ一人。
 普段、この家には彼女以外、誰の姿もないのだ。

 確かに、亡霊たちが視えたなら、寂しくないかもしれないな。

 そう思いながら、リュカはお茶をすすった。
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