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リュカって魔法使い?

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 アレットはリュカの視線の動きから、貴族風の男が後ろにいることに気づいたらしい。
 はしゃいだ口調でたずねてきた。

「あ、伯爵は後ろにいるのね。彼は、エルキュール・アルマン・ド・ヴェルネ伯爵。二百五十年ほど昔の人らしいんだけど……。どんな風に視えるの?」
「なるほど、二百五十年前……ね。そんな感じだ」

 そう言いながら、もう一度後ろを振り返ると、亡霊の刺すような視線を避けながら、彼を観察する。

「直接本人に聞けば分かるんだけど……年は、二十代後半ぐらいかな?」

 男の表情が変わらなかったから、おそらく間違っていないだろう。

「かなり背が高くてかっこいい人だよ。琥珀色の瞳に、長い真っすぐなプラチナブロンドを後ろで束ねてる。さっき、伯爵だって言ったよね? 確かにそれらしい、古めかしいデザインの、貴族っぽい深いグリーンの服を着てて、腰には豪華な造りのレイピアが……。あれ? その首。もしかして……?」

 伯爵の首を一周するように赤黒い傷跡が見えたから、つい口にしてしまった。

 その指摘に、伯爵の両目が異様なほどに大きく見開かれた。
 力なく落とされた肩が、腕がぶるぶると震え始める。

『うう……う』

 見る見るうちに、琥珀色の瞳に涙があふれ、頬を伝って落ちてきた。

「うわ……っ! な、なんで?」

 さっきまでとは全く別人のような伯爵の様子にうろたえる。
 胸を握りつぶされるような、強烈な悲しみと絶望感が津波のように押し寄せてきて、こっちまで息が詰まりそうだ。

 これはまずい!
 引きずられる!

 はっとして、アレットの様子をうかがうと、彼女にも伯爵の嗚咽は聞こえているらしく、心配そうに視線を彷徨わせていた。
 けれども、伯爵がこれほど凄まじい負の霊気を発散させているというのに、彼女自身には特に変わった様子は見られない。
 普通、亡霊に取り憑かれた人間は、彼らの負の感情に引きずられて、精神と身体が蝕まれるものなのだが、彼女は全く平気らしい。

『伯爵は、処刑されて死んだんだって。首を切り落とされてね。で、その頃のことを思い出すと、すぐ泣いちゃうのよ』

 アレットの隣の少女が、伯爵を小馬鹿にするような生意気な口調で言った。

「ミリアン。ダメよ。そんな風に言っちゃ」
『だってぇー。本当のことじゃない』

 アレットがたしなめると、ミリアンと呼ばれた少女は不満そうに頬を膨らませた。

 伯爵が亡霊になってしまった直接の原因は、間違いなくこの処刑だ。
 さっきまでの雰囲気から考えると、おそらく生前は、人前で涙を流すような男ではなかったはずだ。
 この涙は、亡霊故の涙。
 二百五十年もの長い間、涙を流し続け、苦しんでいるのだろう。
 亡霊という身は、これほど辛く悲しい。

「ごめん。俺、無神経だったね。もうちょっと、気を回せば良かった」

 そう慰めの言葉をかけても、伯爵の涙は止まらなかった。
 見開かれたままの眼から、足元の水面に大粒の雫が次々と落ちていく。
 しかし、水に落ちても波紋は生まれない。

 リュカが、弧を描くように右手を大きく動かして、軽く握った左手から何かを引っぱり出した。
 空中にふわっと広がったのは、大判の白いスカーフ。

「わぁ!」

 伯爵以外の二人と一匹が、驚きの声をあげる中、リュカはスカーフの真ん中を軽く握って、伯爵の前に差し出した。

「伯爵。これを首に巻けば、傷が見えなくなるよ」

 伯爵はしばらく、考えるようにリュカの手のものを見つめてから、血の気のない指を伸ばしてきた。
 リュカの手に実物のスカーフが残ったまま、伯爵の手に幻となった同じ物が移る。
 伯爵がそれを首に巻いて、ゆるく結んだ布端を高衿の上着の内側に入れると、全く傷は見えなくなった。

 それで気持ちが治まったのか、異様なほどに見開かれていた瞳が伏せられ、襲いかかってくるほどの絶望感も消えていった。
 どうやら、涙も止まったようだ。

 リュカはようやく肩の力を抜いた。

 ふと気がつくと、隣に座っているアレットと、いつの間にか自分の前に移動してきたミリアンが、不思議そうに自分の左手を見つめていた。

 リュカは普段から、何かしらの奇術のネタを体に仕込んである。
 さっきの公演後に、クローバーを出しただけだから、まだ、いくつか残っている。
 リュカは、手に残ったスカーフをくしゃくしゃと両手で丸めると、にかっと笑った。

「二人とも、よーく見てて」

 スカーフを包み込んでいた手をパッと開いた時、白と黄色の花をブルーのリボンで結んだ小さな花束が、手の中にぽんと現れた。
 女の子たちの目がまんまるになる。

『すっごーい! すごーい!』
「わぁ。どうして、こんなことができるの? リュカって魔法使い?」
「かもねー。はい。これ、あげる」

 女の子たちの素直で無邪気な反応に、リュカは満足げに目を細めた。

 自分の技で誰かが驚いたり、喜んだりしてくれるのは大好きだ。
 特に、相手がアレットのような、かわいい娘だったらなおさら嬉しい。
 奇術師冥利に尽きるというものだ。

 花束をアレットに手渡すと、ミリアンが不満そうに頬を膨らませた。

『アレットばっかりズルい。アタシも花束欲しい!』
「あー、ごめん。花束は一日に一個しか出せないんだ。かわりに、これでいい?」

 そう言いながら、まず何も持っていない両の掌を二人に見せた。
 それから、何かを包み込むような形に両手を合わせ、数回、上下に振ってから手を開く。
 ぽとりと膝の上に落ちたのは、首に赤いリボンを付けた、小さなうさぎの人形。
 女の子たちの眼が、いっそう丸くなった。

『すごーい! すごーい! これ、もらっていいの?』
「どうぞ」

 にっこり答えると、ミリアンが小さな手を伸ばした。
 幻の人形を手に取ると、青白いやせ細った顔に、瞳を輝かせる。
 さっき、クローバーを渡した子ども達と同じ瞳だ。
 こんな表情をする亡霊も珍しい。

『すごいな。全然、分からなかった』

 アレットの膝の上にいた黒猫が、瞳孔を細めて賞賛の声を上げた。
 女の子二人と違って、冷静で現実的な性格ようだ。
 なんとかリュカの奇術を見破ろうと、低い位置から手元を凝視していたらしい。

「そこから、ずっと見てたの? 無理だよ。そう簡単には見破られないから」

 リュカは腕を組んで胸を張ると、ちょっと意地悪な目つきで黒猫を見下ろした。
 分からない、と言われることも好きだから悦に入る。

『ねぇ、ねぇ、アタシはどう視える?』

 しばらく手の中の人形を嬉しそうにながめていた少女が顔を上げ、うきうきした様子で口を開いた。
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