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デューに取り憑いた悪魔は、あたしが祓うわ!

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 そろそろ初夏と言えそうな熱を帯びた日差しの中、丘のふもとの畑で野菜を収穫したロラとノエルは、荷馬車に乗って家に戻ってきた。
 荷台にはたくさんの野菜と一緒に、ヴィオレットとレミも乗っている。

 アイビーが絡まる柵の間を通り、母屋に急いでいると、玄関先に黒い立派な馬車が止まっているのが見えた。
 後ろ向きであるが、あの姿ははっきりと覚えている。
 先日、デューを乗せて行った馬車だ。

「まさか!」
「なんだ、ロラ? …………おいっ!」

 ノエルが聞き返したが、それには答えず、ロラは馬車を飛び降りると走り出した。
 兄はちっと舌打ちすると、レミに後を任せて自分も馬車を飛び降りた。

 二人は黒い馬車の横を走り抜け、中庭の裏口から食堂に中に入った。
 息を切らしながら室内を見回すと、中央のテーブルに、あの女の従者がドロテと向かい合って座っていた。

 違った……。

 デューが戻ってきたのかと期待していたロラは、客が一人だけであることに落胆すると同時に、強い不安に襲われた。

「あぁ、来たな。ちょっと困ったことになったようじゃ。まぁ、座りなさい」

 深刻そうに眉間に深いしわを寄せたドロテが、顔を上げた。

「もしかして、デューに何かあったの?」

 彼の本当の名前はフェリクスだと分かっていたが、ロラは従者の前でもその名を呼ばなかった。
 男は不快そうに少し眉をひそめたが、兄妹が席に着くと話を始めた。

「実は城に到着してすぐ、フェリクス様が悪魔憑きになってしまわれたのです」
「どうして! デューは、クロスを身につけていなかったの?」

 大天使に授けられたクロスを身につけている限り、デューが悪魔や悪霊に取り憑かれることはないはずだ。
 だから、その点に関しては安心して、彼を送り出したのに……。

 従者は何のことか分からないという風に、首を捻った。

「クロス……ですか?」
「ううん……なんでもない。悪魔憑きになったって、彼はどんな様子なの?」
「はい。突然、狂ったように暴れ回り、ご自分の部屋の中をめちゃくちゃに破壊されました。それを止めようとして、怪我人も大勢出まして……」

 従者の説明に、ロラは息を飲んだ。

 デューの悪魔の器は、大天使ラファエルをして「上級悪魔でも従わせられるかもしれない」と言わしめたほど、強力なものだ。
 そんな彼が狂わされるとは、一体、どれほど凶悪な悪魔が取り憑いたというのか。

 じりじりした焦りを感じながら話を聞いていたロラは、ふと気付く。

 それほどの上級悪魔が、人界をうろうろしているだろうか。
 彼がいくら強い霊媒体質であっても、自然発生的な悪魔憑きだと考えるのは、不自然な気がする。

 従者の話は続いている。

「お抱えの魔術師と、お供で来ていただいたお二人の力で、ようやく押さえつけたのです。今は魔術でフェリクス様を縛り付け、城の地下にある牢に閉じ込めているそうです」

 えっ?

 思わず上げかけた声を飲み込んで、ロラはちらりとドロテを見、それからノエルを見た。
 ノエルも同じことに引っかかったらしく、妹に意味ありげな視線をくれた。

「ふむ。うちの魔術師たちも、少しはお役に立てたようじゃの?」

 一族の長が、従者の説明に言葉を挟んだ。

「はい。ジブリル様とマテオ様がいらっしゃらなかったら、フェリクス様をお止めすることはできなかったと聞いています」

 決定的だった。

 この男は嘘をついている。
 あるいは嘘を教えられている。

 つまり……これは、罠だ。

 デューに同行した二人のうち、祖父のジブリルは魔術師ではない。
 あの時、人手が足りなかったこともあったが、年長者がいた方が心強いだろうという理由で、ジブリルが選ばれたのだ。

 罠なら罠でいい。
 彼が苦しい状況に陥っていることには、違いない。

「あたしが行く! デューに取り憑いた悪魔は、あたしが祓うわ!」

 ロラが話を信じた振りをして勢いよく席を立つと、従者はほっとした表情を浮かべた。

「来てくださいますか。よかった。実は、あなた様に悪魔祓いをお願いするために、こちらにうかがったのです」
「ほぉ。わしではなく、この娘にか?」

 ドロテがじろりと男を見る。
 その視線の意味を、従者は気付かない。

「はい。ジブリル様が、カントルーヴ家でいちばん実力があるのはロラ様だと、勧めてくださったので」
「ふむ。ジブリルのやつがのぉ……?」

 彼がそんなことを、言うはずがなかった。
 カントルーヴ家の看板は、一族の長で大魔術師として名を馳せるドロテだ。
 実力的にはロラが上であることは間違いないが、それを公にすることは決してない。

 目的は……あたし?

 ロラはごくりと唾を飲んだ。

「俺も行くぞ」

 ノエルもテーブルに両手をついて立ち上がった。
 彼も妹と同じことを考えていた。
 その場にいる魔術師全員が、同じ推測をしていた。

「あなた様は?」
「ロラの兄のノエルだ。この家では二番目……いや、ばあさまに次いで、三番目の実力を持つ魔術師だ」

 ドロテに睨まれ、訂正入りの自己紹介をしたノエルは、丸太のように太い腕を組んで、威圧的に従者を見下ろした。

「フェリクス様とやらに取り憑いた悪魔は、かなりの上級悪魔のはずだ。実際、ジブリルとマテオがついていても、だめだったんだろう? あぁ?」
「そ……それは、そうですが、ロラ様だけ……で……」

 熊のような大男に凄まれて、怯えた顔の従者は言葉を詰まらせた。

「こいつはすっげえ魔術師だから、どんな悪魔でもひと捻りだけどよぉ、念には念をいれた方がいいんじゃねぇか? フェリクス様とやらがそんなに大事なら、俺もついていってやるよ。なぁ、ばあさま」
「そうじゃな。仕方あるまい。大事なフェリクス様の為じゃからのぉ」

 従者の言葉を封じて畳み掛けるノエルに、ドロテが大げさな言葉で同意した。
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