上 下
39 / 48

デューに取り憑いた悪魔は、あたしが祓うわ!

しおりを挟む
 そろそろ初夏と言えそうな熱を帯びた日差しの中、丘のふもとの畑で野菜を収穫したロラとノエルは、荷馬車に乗って家に戻ってきた。
 荷台にはたくさんの野菜と一緒に、ヴィオレットとレミも乗っている。

 アイビーが絡まる柵の間を通り、母屋に急いでいると、玄関先に黒い立派な馬車が止まっているのが見えた。
 後ろ向きであるが、あの姿ははっきりと覚えている。
 先日、デューを乗せて行った馬車だ。

「まさか!」
「なんだ、ロラ? …………おいっ!」

 ノエルが聞き返したが、それには答えず、ロラは馬車を飛び降りると走り出した。
 兄はちっと舌打ちすると、レミに後を任せて自分も馬車を飛び降りた。

 二人は黒い馬車の横を走り抜け、中庭の裏口から食堂に中に入った。
 息を切らしながら室内を見回すと、中央のテーブルに、あの女の従者がドロテと向かい合って座っていた。

 違った……。

 デューが戻ってきたのかと期待していたロラは、客が一人だけであることに落胆すると同時に、強い不安に襲われた。

「あぁ、来たな。ちょっと困ったことになったようじゃ。まぁ、座りなさい」

 深刻そうに眉間に深いしわを寄せたドロテが、顔を上げた。

「もしかして、デューに何かあったの?」

 彼の本当の名前はフェリクスだと分かっていたが、ロラは従者の前でもその名を呼ばなかった。
 男は不快そうに少し眉をひそめたが、兄妹が席に着くと話を始めた。

「実は城に到着してすぐ、フェリクス様が悪魔憑きになってしまわれたのです」
「どうして! デューは、クロスを身につけていなかったの?」

 大天使に授けられたクロスを身につけている限り、デューが悪魔や悪霊に取り憑かれることはないはずだ。
 だから、その点に関しては安心して、彼を送り出したのに……。

 従者は何のことか分からないという風に、首を捻った。

「クロス……ですか?」
「ううん……なんでもない。悪魔憑きになったって、彼はどんな様子なの?」
「はい。突然、狂ったように暴れ回り、ご自分の部屋の中をめちゃくちゃに破壊されました。それを止めようとして、怪我人も大勢出まして……」

 従者の説明に、ロラは息を飲んだ。

 デューの悪魔の器は、大天使ラファエルをして「上級悪魔でも従わせられるかもしれない」と言わしめたほど、強力なものだ。
 そんな彼が狂わされるとは、一体、どれほど凶悪な悪魔が取り憑いたというのか。

 じりじりした焦りを感じながら話を聞いていたロラは、ふと気付く。

 それほどの上級悪魔が、人界をうろうろしているだろうか。
 彼がいくら強い霊媒体質であっても、自然発生的な悪魔憑きだと考えるのは、不自然な気がする。

 従者の話は続いている。

「お抱えの魔術師と、お供で来ていただいたお二人の力で、ようやく押さえつけたのです。今は魔術でフェリクス様を縛り付け、城の地下にある牢に閉じ込めているそうです」

 えっ?

 思わず上げかけた声を飲み込んで、ロラはちらりとドロテを見、それからノエルを見た。
 ノエルも同じことに引っかかったらしく、妹に意味ありげな視線をくれた。

「ふむ。うちの魔術師たちも、少しはお役に立てたようじゃの?」

 一族の長が、従者の説明に言葉を挟んだ。

「はい。ジブリル様とマテオ様がいらっしゃらなかったら、フェリクス様をお止めすることはできなかったと聞いています」

 決定的だった。

 この男は嘘をついている。
 あるいは嘘を教えられている。

 つまり……これは、罠だ。

 デューに同行した二人のうち、祖父のジブリルは魔術師ではない。
 あの時、人手が足りなかったこともあったが、年長者がいた方が心強いだろうという理由で、ジブリルが選ばれたのだ。

 罠なら罠でいい。
 彼が苦しい状況に陥っていることには、違いない。

「あたしが行く! デューに取り憑いた悪魔は、あたしが祓うわ!」

 ロラが話を信じた振りをして勢いよく席を立つと、従者はほっとした表情を浮かべた。

「来てくださいますか。よかった。実は、あなた様に悪魔祓いをお願いするために、こちらにうかがったのです」
「ほぉ。わしではなく、この娘にか?」

 ドロテがじろりと男を見る。
 その視線の意味を、従者は気付かない。

「はい。ジブリル様が、カントルーヴ家でいちばん実力があるのはロラ様だと、勧めてくださったので」
「ふむ。ジブリルのやつがのぉ……?」

 彼がそんなことを、言うはずがなかった。
 カントルーヴ家の看板は、一族の長で大魔術師として名を馳せるドロテだ。
 実力的にはロラが上であることは間違いないが、それを公にすることは決してない。

 目的は……あたし?

 ロラはごくりと唾を飲んだ。

「俺も行くぞ」

 ノエルもテーブルに両手をついて立ち上がった。
 彼も妹と同じことを考えていた。
 その場にいる魔術師全員が、同じ推測をしていた。

「あなた様は?」
「ロラの兄のノエルだ。この家では二番目……いや、ばあさまに次いで、三番目の実力を持つ魔術師だ」

 ドロテに睨まれ、訂正入りの自己紹介をしたノエルは、丸太のように太い腕を組んで、威圧的に従者を見下ろした。

「フェリクス様とやらに取り憑いた悪魔は、かなりの上級悪魔のはずだ。実際、ジブリルとマテオがついていても、だめだったんだろう? あぁ?」
「そ……それは、そうですが、ロラ様だけ……で……」

 熊のような大男に凄まれて、怯えた顔の従者は言葉を詰まらせた。

「こいつはすっげえ魔術師だから、どんな悪魔でもひと捻りだけどよぉ、念には念をいれた方がいいんじゃねぇか? フェリクス様とやらがそんなに大事なら、俺もついていってやるよ。なぁ、ばあさま」
「そうじゃな。仕方あるまい。大事なフェリクス様の為じゃからのぉ」

 従者の言葉を封じて畳み掛けるノエルに、ドロテが大げさな言葉で同意した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔銃士(ガンナー)とフェンリル ~最強殺し屋が異世界転移して冒険者ライフを満喫します~

三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
依頼完遂率100%の牧野颯太は凄腕の暗殺者。世界を股にかけて依頼をこなしていたがある日、暗殺しようとした瞬間に落雷に見舞われた。意識を手放す颯太。しかし次に目覚めたとき、彼は異様な光景を目にする。 眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。 暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。 吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。 「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」 巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。 異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。 【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ

とりあえず天使な義弟に癒されることにした。

三谷朱花
恋愛
彼氏が浮気していた。 そして気が付けば、遊んでいた乙女ゲームの世界に悪役のモブ(つまり出番はない)として異世界転生していた。 ついでに、不要なチートな能力を付加されて、楽しむどころじゃなく、気分は最悪。 これは……天使な義弟に癒されるしかないでしょ! ※アルファポリスのみの公開です。

未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。 日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。 そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。 魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!

桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎
ファンタジー
「人間って、何だろう?」 十六歳の少年ウツロは、山奥の隠れ里でそんなことばかり考えていた。 彼は親に捨てられ、同じ境遇・年齢の少年アクタとともに、殺し屋・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の手で育てられ、厳しくも楽しい日々を送っていた。 しかしある夜、謎の凶賊たちが里を襲い、似嵐鏡月とアクタは身を呈してウツロを逃がす。 だが彼は、この世とあの世の境に咲くという異界の支配者・魔王桜(まおうざくら)に出会い、「アルトラ」と呼ばれる異能力を植えつけられてしまう。 目を覚ましたウツロは、とある洋館風アパートの一室で、四人の少年少女と出会う。 心やさしい真田龍子(さなだ りょうこ)、気の強い星川雅(ほしかわ みやび)、気性の荒い南柾樹(みなみ まさき)、そして龍子の実弟で考え癖のある真田虎太郎(さなだ こたろう)。 彼らはみな「アルトラ使い」であり、ウツロはアルトラ使いを管理・監督する組織によって保護されていたのだ。 ウツロは彼らとの交流を通して、ときに救われ、ときに傷つき、自分の進むべき道を見出そうとする―― <作者から> この小説には表現上、必要最低限の残酷描写・暴力描写・性描写・グロテスク描写などが含まれています。 細心の注意は払いますが、当該描写に拒否感を示される方は、閲覧に際し、じゅうぶんにご留意ください。 ほかのサイトにも投稿しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...