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『自由』の名を持つ者
ティルア、早くわたしのところに来て!
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二度目のこの夜は、やけに冷静だった。
『ティルア、助けて! 早く来て!』
また……だ。
ゆっくりと目を開けると、昨晩と同じく、真っ暗闇で何も見えなかった。
クリスタの悲痛な叫び声だけが、あたりに反響している。
手を伸ばして数歩歩くと、金属製の棒に触れた。
周囲を両手で探って、その形状を確認する。
「やっぱり……」
このくねくねと入り組んだ鳥かごのような鉄格子は、どれだけ揺さぶっても決して緩むことはないし、抜け道がないことも知っている。
だから、昨晩のように無駄に取り乱したりしない。
「どうしたらいいんだろう」
暗闇の中でじっと考え込む間にも、助けを呼ぶ声が聞こえてくる。
『ティルア、わたしはここよ! 早く助けに来て!』
クリスタの声が胸に痛い。
彼女がどれほど必死に自分を呼んでも、囚われの身では駆けつけることができないのだ。
「どうして、こんなものが行く手を阻むんだろう」
ティルアはもう一度手を伸ばして、鳥かごに触れてみた。
ひやりと冷たい金属の感触。
しかし、自分の邪魔をする存在であるにもかかわらず、悪意のようなものは感じられない。
むしろ、その内側にしっかりと守られているような気さえする。
『お願い! ティルア、早くわたしのところに来て!』
耳に突き刺さるような、助けを呼ぶ声。
どうして?
あの子は死んでしまったのに……。
悪夢の中にいるはずなのに、なぜか、ふとそんな現実を思い出す。
『こっちに来て! お願い! 助けに来て!』
二度と聞くことのできないはずの、大好きだったクリスタの声。
なのに、その声に背筋を凍らせるような悪意を感じるのはどうしてだろう。
『ティルア! どうして来てくれないの! わたしを見捨てないで!』
そうだ。
どれだけ呼ばれても、行ってはいけないのだ。
あの子はもう、いないのだから——。
「違う! あんたは、クリスタなんかじゃない!」
そう叫ぶと、視界が薄青く開けた。
カーテンの隙間から差し込む淡い月光に照らし出された、見慣れた空間。
気付けば、ベッドの上に座っていた。
額に浮かぶ嫌な汗を拭い、早鐘を打つ胸にかかるペンダントをぎゅっと握りしめる。
「夢じゃない。きっと、今のはただの夢じゃない」
クリスタを装う呼び声は、自分をどこかへ誘い出そうとしていたのだ。
どこへ。
何のために。
誰が——。
ティルアは弾かれたようにベッドから飛び降りた。狭い部屋を横切り、クローゼットの扉を開け放つ。
その隅には、クリスタの部屋から運び込んだ教科書やノートが、高く積み上げられていた。
「きっと、これのせいだわ」
山のいちばん上に置かれていたノートを手に取ると、細く月明かりの入る窓辺に急いだ。
一見、何の変哲もないノートだが、一昨日、リームから手渡されたものだ。
悪夢はその晩から始まった。
偶然とは思えない。
きっと、よくないものが仕込まれているに違いない。
慎重に一枚ずつめくっていくと、最初の数頁にはクリスタの文字が並んでいた。
その最後に別の筆跡で記された『最後までよく頑張ったね。私は君を誇りに思う』の一文は、リームが書いたものだろう。
その後は白紙が続いたが、最後の一枚に触れた時、どきりと心臓が鳴った。
その頁は他と比べて、いやにごわついていた。
どうやら、二枚の紙を貼り合わせてあるようだ。
月明かりに透かしてみると、内側に細かな文字がびっしりと書き付けられているらしく、黒っぽく見えた。
恐る恐る二枚を剥がしてみようとしたが、しっかりと糊付けされていて中身を確認することはできない。
かろうじて一部が剥がれた部分には、解読できない古代の文字が並んでいた。
——呪い!
強烈な戦慄を感じ、反射的にノートを部屋の隅に投げ付けた。
「ユーリ!」
思わず彼の名を呼び、辺りを見回したが、部屋の中に彼の姿はない。
昨晩が特別だっただけで、彼は普段、ティルアが眠っている間は部屋にはいないのだ。
「そう言えば、遠くに出かけるって言ってたっけ……」
夕食後、全く進歩のない消去呪文の練習につき合った後、彼は『部屋から一歩も出るな』と厳命してどこかへ出かけていった。
呼んだところで、彼が駆けつけてくれるはずもない。
そばにいることが当たり前になっていたから、彼がいないことが心細くて仕方がない。
呪われたノートが同じ部屋の中にあるのだから、なおさらだった。
このまま朝までやり過ごせば、ユーリウスが帰ってくる。
そうしたら、きっと彼があのノートをなんとかしてくれる。
そう自分に言い聞かせて、ベッドの上で膝を抱えて毛布に包まってみたものの、窓から差し込む月明かりは、いつまでたっても、ほとんど位置を変えてくれなかった。
夜が開けるのはまだまだ先だろう。
半分開いてぐしゃりとなったノートから立ち上るおぞましい気配が、自分の身体を蝕んでいくようだ。
自分の心臓の音が耳に触る。
吐き出す息がじっとりと重い。
「もう、無理! 耐えられない!」
ティルアは纏っていた毛布を勢いよく剥ぎ取り、勢いでベッドを下りた。
ユーリウスからは部屋の外に出ないように強く言われたが、今は非常事態だ。
呪いが刻み込まれたノートが、リームが事件に関わっている証拠になることには気づいていたが、恐怖が勝っていた。
ランプの横に置いてあったマッチ箱を手に取ると、部屋の隅に投げ捨てたノートを拾い上げる。
そして、上着も着ずに夜着のまま部屋を飛び出した。
暗い廊下を走り抜け、階段を跳ぶように下り、裏口から外へ出る。
そして、寮の窓から見えないように、北校舎の裏側に回り込んだ。
そこは、学院が設立された当時に植えられた樹木が生い茂る、ちょっとした林になっている。
「ここなら、大丈夫よね」
石畳に屈み込んで、ノートの最後の頁を開いて置いた。
恐怖に震える手でマッチを擦ると、中身を暴こうとしてぼろぼろになった紙が炎に浮かび上がって見え、その禍々しさに息を飲む。
とっさに、手にしていたマッチをノートに放り投げてしまった。
いくら強い呪いが込められていても、紙でできていることには違いないらしい。
火は簡単に燃え移り、おぞましい頁は黒い煙をあげて、あっという間にを燃え失せた。
「良かった。これでもう大丈夫」
ノート全体に燃え広がっていく炎を見つめながら、ティルアは安堵の息をついた。
そのとき。
『ティルア、助けて! 早く来て!』
また……だ。
ゆっくりと目を開けると、昨晩と同じく、真っ暗闇で何も見えなかった。
クリスタの悲痛な叫び声だけが、あたりに反響している。
手を伸ばして数歩歩くと、金属製の棒に触れた。
周囲を両手で探って、その形状を確認する。
「やっぱり……」
このくねくねと入り組んだ鳥かごのような鉄格子は、どれだけ揺さぶっても決して緩むことはないし、抜け道がないことも知っている。
だから、昨晩のように無駄に取り乱したりしない。
「どうしたらいいんだろう」
暗闇の中でじっと考え込む間にも、助けを呼ぶ声が聞こえてくる。
『ティルア、わたしはここよ! 早く助けに来て!』
クリスタの声が胸に痛い。
彼女がどれほど必死に自分を呼んでも、囚われの身では駆けつけることができないのだ。
「どうして、こんなものが行く手を阻むんだろう」
ティルアはもう一度手を伸ばして、鳥かごに触れてみた。
ひやりと冷たい金属の感触。
しかし、自分の邪魔をする存在であるにもかかわらず、悪意のようなものは感じられない。
むしろ、その内側にしっかりと守られているような気さえする。
『お願い! ティルア、早くわたしのところに来て!』
耳に突き刺さるような、助けを呼ぶ声。
どうして?
あの子は死んでしまったのに……。
悪夢の中にいるはずなのに、なぜか、ふとそんな現実を思い出す。
『こっちに来て! お願い! 助けに来て!』
二度と聞くことのできないはずの、大好きだったクリスタの声。
なのに、その声に背筋を凍らせるような悪意を感じるのはどうしてだろう。
『ティルア! どうして来てくれないの! わたしを見捨てないで!』
そうだ。
どれだけ呼ばれても、行ってはいけないのだ。
あの子はもう、いないのだから——。
「違う! あんたは、クリスタなんかじゃない!」
そう叫ぶと、視界が薄青く開けた。
カーテンの隙間から差し込む淡い月光に照らし出された、見慣れた空間。
気付けば、ベッドの上に座っていた。
額に浮かぶ嫌な汗を拭い、早鐘を打つ胸にかかるペンダントをぎゅっと握りしめる。
「夢じゃない。きっと、今のはただの夢じゃない」
クリスタを装う呼び声は、自分をどこかへ誘い出そうとしていたのだ。
どこへ。
何のために。
誰が——。
ティルアは弾かれたようにベッドから飛び降りた。狭い部屋を横切り、クローゼットの扉を開け放つ。
その隅には、クリスタの部屋から運び込んだ教科書やノートが、高く積み上げられていた。
「きっと、これのせいだわ」
山のいちばん上に置かれていたノートを手に取ると、細く月明かりの入る窓辺に急いだ。
一見、何の変哲もないノートだが、一昨日、リームから手渡されたものだ。
悪夢はその晩から始まった。
偶然とは思えない。
きっと、よくないものが仕込まれているに違いない。
慎重に一枚ずつめくっていくと、最初の数頁にはクリスタの文字が並んでいた。
その最後に別の筆跡で記された『最後までよく頑張ったね。私は君を誇りに思う』の一文は、リームが書いたものだろう。
その後は白紙が続いたが、最後の一枚に触れた時、どきりと心臓が鳴った。
その頁は他と比べて、いやにごわついていた。
どうやら、二枚の紙を貼り合わせてあるようだ。
月明かりに透かしてみると、内側に細かな文字がびっしりと書き付けられているらしく、黒っぽく見えた。
恐る恐る二枚を剥がしてみようとしたが、しっかりと糊付けされていて中身を確認することはできない。
かろうじて一部が剥がれた部分には、解読できない古代の文字が並んでいた。
——呪い!
強烈な戦慄を感じ、反射的にノートを部屋の隅に投げ付けた。
「ユーリ!」
思わず彼の名を呼び、辺りを見回したが、部屋の中に彼の姿はない。
昨晩が特別だっただけで、彼は普段、ティルアが眠っている間は部屋にはいないのだ。
「そう言えば、遠くに出かけるって言ってたっけ……」
夕食後、全く進歩のない消去呪文の練習につき合った後、彼は『部屋から一歩も出るな』と厳命してどこかへ出かけていった。
呼んだところで、彼が駆けつけてくれるはずもない。
そばにいることが当たり前になっていたから、彼がいないことが心細くて仕方がない。
呪われたノートが同じ部屋の中にあるのだから、なおさらだった。
このまま朝までやり過ごせば、ユーリウスが帰ってくる。
そうしたら、きっと彼があのノートをなんとかしてくれる。
そう自分に言い聞かせて、ベッドの上で膝を抱えて毛布に包まってみたものの、窓から差し込む月明かりは、いつまでたっても、ほとんど位置を変えてくれなかった。
夜が開けるのはまだまだ先だろう。
半分開いてぐしゃりとなったノートから立ち上るおぞましい気配が、自分の身体を蝕んでいくようだ。
自分の心臓の音が耳に触る。
吐き出す息がじっとりと重い。
「もう、無理! 耐えられない!」
ティルアは纏っていた毛布を勢いよく剥ぎ取り、勢いでベッドを下りた。
ユーリウスからは部屋の外に出ないように強く言われたが、今は非常事態だ。
呪いが刻み込まれたノートが、リームが事件に関わっている証拠になることには気づいていたが、恐怖が勝っていた。
ランプの横に置いてあったマッチ箱を手に取ると、部屋の隅に投げ捨てたノートを拾い上げる。
そして、上着も着ずに夜着のまま部屋を飛び出した。
暗い廊下を走り抜け、階段を跳ぶように下り、裏口から外へ出る。
そして、寮の窓から見えないように、北校舎の裏側に回り込んだ。
そこは、学院が設立された当時に植えられた樹木が生い茂る、ちょっとした林になっている。
「ここなら、大丈夫よね」
石畳に屈み込んで、ノートの最後の頁を開いて置いた。
恐怖に震える手でマッチを擦ると、中身を暴こうとしてぼろぼろになった紙が炎に浮かび上がって見え、その禍々しさに息を飲む。
とっさに、手にしていたマッチをノートに放り投げてしまった。
いくら強い呪いが込められていても、紙でできていることには違いないらしい。
火は簡単に燃え移り、おぞましい頁は黒い煙をあげて、あっという間にを燃え失せた。
「良かった。これでもう大丈夫」
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そのとき。
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