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さらなる悲劇
君も辛かったね
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「きっと、これは誰かにもらったのよね。自分じゃ、とても買えないもの」
『誰にもらったのか、心当たりはないのか?』
「ないわ。でも、包み紙まで大事にしていたみたいだし……。あっ! もしかして、クリスタが好きだった人かも?」
単純に綺麗な包み紙だったから、しおり代わりに使っていただけかもしれない。
けれども、同じものを図書館で拾った時、彼女は何かをごまかしているように見えた。
好きな人にもらったものだから、包み紙まで大切にしたい。
恋する女の子なら、そんな心境になるのかもしれない。
『じゃあ、その男が消去したんだろうか? だけど、なぜ……? 彼女との関係を知られたくなかったから……とか?』
「でも、机の上にチョコが置いてあったって、誰からもらったかなんて誰にも分からないじゃない? 名前を書いたカードでもついていれば別だけど」
『だよな』
彼は箱の中身を取り出したり、蓋を閉めて箱を裏返したりしている。
しかし、何の手がかりも見つけられないらしく、首をひねるばかりだ。
『相手を特定できるようなものは、どこにもない。もしかすると、このチョコの存在そのものを隠したかったんだろうか』
「どう見たって、ただのチョコよね? 中に別のものが入っているのかしら」
ティルアも、手の中の一粒を摘まみ上げて目の上にかざしてみる。
花をかたどった凹凸が僅かに浮かび上がる、繊細な蔦の模様の包み紙はきらきらと美しい。
鼻に近づけてみても、チョコレートの甘い匂いがするだけだ。
「開けてみようか?」
『だめだ! アスペクトゥース!』
彼が突然唱えた呪文で、ティルアの手からチョコレートが消えた。
「ちょっと、何するのよ! せっかく人が見てるのに」
むっとして睨むと、ユーリウスはいやに強ばった表情をしていた。
ティルアの目の前から消えた一粒は、今は彼の指の間にあるらしい。
彼はそれを見えない箱の中に手早く納めると、同じく見えない蓋を閉めた。
「ユーリ?」
彼は箱を持つ手をじっと見つめたまま、身動き一つしない。
「ユーリったら、どうしたの? 何か分かったの?」
「…………」
「ねぇってば!」
しつこいくらいに何度も声をかけると、彼はようやく顔を上げた。
『ちょっと、調べたいことがある』
そう言って、彼は箱を片手で抱えると、身を翻した。
「ちょっと、どこ行くのよ! ユーリ!」
振り向きもせずに扉をするりと通り抜けた彼を追って、慌てて扉を開けると、目の前に人影。
ティルアは危うくぶつかりそうになった。
「ひゃあ!」
「おっと」
飛び出してきたティルアを軽い身のこなしで避けたのは、背の高い男だった。
勢いで廊下の真ん中に走り出たティルアは、あたりをきょろきょろと見回した。
しかし、壁か床の向こうに消えてしまったらしく、ユーリウスの姿はそこにはなかった。
「どうしたんだい?」
声をかけられて振り返ると、そこに片眼鏡の穏やかな顔があった。
「……リーム先生」
「随分、慌てているようだけど」
「あの……えぇと、そう! トカゲ!」
本当のことを言えるはずもなく、思わず大嫌いな生物を言い訳に使うと、リームは訝しげな顔をしながら部屋に入っていった。
「寮の部屋にトカゲが出たのかい? どの辺りで見かけたの?」
彼は片付けの終わった部屋をぐるりと見回したが、そんなものがいるはずもない。
「いえ……あの……、さっきまでトカゲの日干しが窓にぶら下がっていたんです。ザビーネ先生に片付けてもらったんですけど、まだ残っていた気がして。でも、見間違えでした」
「ふうん。もしかして君は、トカゲが嫌いなのかい?」
「はい。生はもちろん、日干しにされていてもダメなんです」
「ははっ。ずいぶん可愛らしいんだな。だけど、魔術師がそれでは困るんじゃないか?」
リームは手にしていたノートで、ティルアの頭をぽんぽんと叩いた。
「あの……、先生はどうしてここへ?」
女子寮は男子禁制だ。
男性教師の姿を見かけることもこれまでなかったから、不思議に思って尋ねると、彼は頭の上のノートを両手で持ち直した。
「ザビーネ先生から、君がこの部屋の片付けをしていると聞いてね。彼女のノートが僕の手元に残ったままだったから、君に渡そうと思って。ほら、これ」
目の前に差し出されたノートの表紙には、教科名の『魔術管理法概論』と彼女の名前が、几帳面な文字で書かれていた。
その文字を見るのが辛くて、ティルアはすっと視線をそらせた。
「これは、最後の授業の前に、彼女が提出したものなんだ。真面目な彼女らしく宿題を完璧に仕上げてあったから、きちんと目を通して評価をつけておいたよ。僕にはもう、それくらいしか、彼女にしてあげられることはないから」
「……ありがとうございます」
ティルアはノートを両手で受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
「君も辛かったね」
その言葉とともに、今度はリームの手がティルアの頭を撫でた。
彼は、クリスタの最期を看取った人だ。
彼女をなんとか救おうと必死になっていたことをユーリウスから聞かされている。
そんな彼のなぐさめの言葉と優しい手は、逆に胸を締め付けた。
何かを口にすれば涙が一緒に落ちてしまいそうだったから、ティルアはノートを抱きしめたままじっとうつむいていた。
『誰にもらったのか、心当たりはないのか?』
「ないわ。でも、包み紙まで大事にしていたみたいだし……。あっ! もしかして、クリスタが好きだった人かも?」
単純に綺麗な包み紙だったから、しおり代わりに使っていただけかもしれない。
けれども、同じものを図書館で拾った時、彼女は何かをごまかしているように見えた。
好きな人にもらったものだから、包み紙まで大切にしたい。
恋する女の子なら、そんな心境になるのかもしれない。
『じゃあ、その男が消去したんだろうか? だけど、なぜ……? 彼女との関係を知られたくなかったから……とか?』
「でも、机の上にチョコが置いてあったって、誰からもらったかなんて誰にも分からないじゃない? 名前を書いたカードでもついていれば別だけど」
『だよな』
彼は箱の中身を取り出したり、蓋を閉めて箱を裏返したりしている。
しかし、何の手がかりも見つけられないらしく、首をひねるばかりだ。
『相手を特定できるようなものは、どこにもない。もしかすると、このチョコの存在そのものを隠したかったんだろうか』
「どう見たって、ただのチョコよね? 中に別のものが入っているのかしら」
ティルアも、手の中の一粒を摘まみ上げて目の上にかざしてみる。
花をかたどった凹凸が僅かに浮かび上がる、繊細な蔦の模様の包み紙はきらきらと美しい。
鼻に近づけてみても、チョコレートの甘い匂いがするだけだ。
「開けてみようか?」
『だめだ! アスペクトゥース!』
彼が突然唱えた呪文で、ティルアの手からチョコレートが消えた。
「ちょっと、何するのよ! せっかく人が見てるのに」
むっとして睨むと、ユーリウスはいやに強ばった表情をしていた。
ティルアの目の前から消えた一粒は、今は彼の指の間にあるらしい。
彼はそれを見えない箱の中に手早く納めると、同じく見えない蓋を閉めた。
「ユーリ?」
彼は箱を持つ手をじっと見つめたまま、身動き一つしない。
「ユーリったら、どうしたの? 何か分かったの?」
「…………」
「ねぇってば!」
しつこいくらいに何度も声をかけると、彼はようやく顔を上げた。
『ちょっと、調べたいことがある』
そう言って、彼は箱を片手で抱えると、身を翻した。
「ちょっと、どこ行くのよ! ユーリ!」
振り向きもせずに扉をするりと通り抜けた彼を追って、慌てて扉を開けると、目の前に人影。
ティルアは危うくぶつかりそうになった。
「ひゃあ!」
「おっと」
飛び出してきたティルアを軽い身のこなしで避けたのは、背の高い男だった。
勢いで廊下の真ん中に走り出たティルアは、あたりをきょろきょろと見回した。
しかし、壁か床の向こうに消えてしまったらしく、ユーリウスの姿はそこにはなかった。
「どうしたんだい?」
声をかけられて振り返ると、そこに片眼鏡の穏やかな顔があった。
「……リーム先生」
「随分、慌てているようだけど」
「あの……えぇと、そう! トカゲ!」
本当のことを言えるはずもなく、思わず大嫌いな生物を言い訳に使うと、リームは訝しげな顔をしながら部屋に入っていった。
「寮の部屋にトカゲが出たのかい? どの辺りで見かけたの?」
彼は片付けの終わった部屋をぐるりと見回したが、そんなものがいるはずもない。
「いえ……あの……、さっきまでトカゲの日干しが窓にぶら下がっていたんです。ザビーネ先生に片付けてもらったんですけど、まだ残っていた気がして。でも、見間違えでした」
「ふうん。もしかして君は、トカゲが嫌いなのかい?」
「はい。生はもちろん、日干しにされていてもダメなんです」
「ははっ。ずいぶん可愛らしいんだな。だけど、魔術師がそれでは困るんじゃないか?」
リームは手にしていたノートで、ティルアの頭をぽんぽんと叩いた。
「あの……、先生はどうしてここへ?」
女子寮は男子禁制だ。
男性教師の姿を見かけることもこれまでなかったから、不思議に思って尋ねると、彼は頭の上のノートを両手で持ち直した。
「ザビーネ先生から、君がこの部屋の片付けをしていると聞いてね。彼女のノートが僕の手元に残ったままだったから、君に渡そうと思って。ほら、これ」
目の前に差し出されたノートの表紙には、教科名の『魔術管理法概論』と彼女の名前が、几帳面な文字で書かれていた。
その文字を見るのが辛くて、ティルアはすっと視線をそらせた。
「これは、最後の授業の前に、彼女が提出したものなんだ。真面目な彼女らしく宿題を完璧に仕上げてあったから、きちんと目を通して評価をつけておいたよ。僕にはもう、それくらいしか、彼女にしてあげられることはないから」
「……ありがとうございます」
ティルアはノートを両手で受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
「君も辛かったね」
その言葉とともに、今度はリームの手がティルアの頭を撫でた。
彼は、クリスタの最期を看取った人だ。
彼女をなんとか救おうと必死になっていたことをユーリウスから聞かされている。
そんな彼のなぐさめの言葉と優しい手は、逆に胸を締め付けた。
何かを口にすれば涙が一緒に落ちてしまいそうだったから、ティルアはノートを抱きしめたままじっとうつむいていた。
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