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大魔術師フリードリヒ・クラッセン
禁書でも特に目新しいことはなかったの
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ノックの音に返事を返す前に、ドアが開かれた。
「荷物を置いてくる」と、一度自室に戻ったクリスタが、ひょこりと顔をのぞかせる。
「あ……」
彼女を一目見て、ティルアは小さく息を飲んだ。
今のクリスタは昨日までの彼女と同じ。
きっちりとした二本のお下げを胸の前に下ろし、頬に散らばったそばかすもはっきり分かる、昔から知っているおとなしい雰囲気の少女だった。
制服から古ぼけた茶色のドレスに着替えたせいで、より地味に見える。
『……すげぇな、女って。まるで別人』
彼女のあまりの変わりように、ユーリウスもぽかんとしていた。
「急がないと、すぐに夕食の時間になっちゃうわよね」
クリスタは、ティルアのとまどいに気付いたのか、一瞬眉をひそめたが、すぐに笑顔を作ると部屋の中に入ってきた。
胸には二冊の教科書を抱えている。
「あの……クリスタ?」
「ええとね、ティルアが知りたがっていたフリードリヒ・クラッセンなんだけど、禁書の棚のどの本でも、彼が犯人っていうことになっていたわ」
ティルアが遠慮がちに声をかけてみたが、彼女も何を聞かれるのか分かっているのだろう。
すうっと視線をそらせ、強引に話を進めながら、ベッドに腰掛けた。
彼女の無言の拒絶を感じ、寂しさを感じつつも隣に座る。
「事件の経緯は、この教科書に載っているものと同じだったわ。禁書でも、これより少し詳しく書いてあるくらいで、とくに目新しいことはなかったの」
彼女が膝の上で開いたのは、緑色の表紙の『アンスフォルデ王国史 近代編』の後半、先代国王ヴィンツェンツの章だ。
クラッセン事件との見出しがある。
「真犯人が別にいるとか、何かの陰謀に巻き込まれたとか、解明されていない謎があるとか、そんなことは書いてなかったの?」
「ないわ。少なくとも、禁書の中にはね。彼が犯人だということが国の公式見解で、処刑もされたんだから、他の説を書いた本を出版することはできないんだと思うわ」
「そっか……」
彼女の言葉を確認するように、部屋の隅に佇むユーリウスにちらりと視線を送ると、彼も頷いた。
彼女と同じ本を横から覗いた彼も、同じことを思ったのだろう。
「でもね、レルナー先生は信じていないっておっしゃってたわ。ほら、ここ……」
教科書には、生真面目なクリスタらしく、記述の所々に下線が引かれ、細かな文字でたくさんの書き込みがされている。
彼女が指差した書き込みには、「逃亡中に妻子を殺害し消去した」との文章。
その後には大きな疑問符が付けられていた。
「これは、レルナー先生が教えてくれたことよ。教科書には書いてないけど、禁書には同じような記述があったわ。先生は、彼が妻子を殺すはずがないとおっしゃっていたけど、消去したのは事実みたい。消去呪文の最大記録は、教科書ではかぼちゃなんだけど、禁書では女性と赤ん坊の死体の同時消去で、術者はフリードリヒ・クラッセンってしっかり書かれてた」
「女性と赤ん坊……ね」
嫌でも午前中の出来事を思い出す。
そして、図書館で聞こえた夫婦の声も。
記録が「女性と赤ん坊の死体」となっているのだから、フリードリヒが妻の抱えていた包みに掛けた身代わり呪文は、見破られていないはず。
彼らの息子、フリーデル・クラッセンは、その名も存在もこの世から消されたのだ。
「ティルア? どうしたの黙り込んじゃって」
「え? あ……うん。人間を消去するなんて、すごい人がいるもんだなーって」
適当にごまかしながら、自分でも白々しいと思いつつ視線を泳がせると、案の定『お前が言うな!』とユーリウスにつっこまれた。
もちろん、彼の声はクリスタには聞こえないから、彼女はティルアに相づちを打つ。
「そうよね。わたしなんか、林檎半分でもやっとなのに」
「あたしは、種でも無理だわ。あはは……」
『笑ってる場合かよ!』
重い話題で息苦しくなった空気を和らげようと、自虐的に言ってみただけなのに、今度はこんな台詞が飛んでくる。
かなりむっとしたが、言い返すことはできないから、睨み返すだけで我慢する。
すぐ隣でこんな殺伐としたやり取りがされていることなど、全く気付かないクリスタは、話を進めていく。
「あと、分かったのは、どんな魔術薬で国王を毒殺したかっていうことね。これは、『高貴なる魔術の一匙』っていう、一見、関係なさそうな本に書かれていたわ」
『……え?』
ユーリウスの顔色が変わった。
「前国王は、最初は病死だって思われていたんでしょ?」
「そう。側近と話をしている最中に、すうっと意識がなくなって、そのまま眠るように息を引き取ったんだって。特に苦しむ様子もなかったし、毒物も検出されなかったから、最初は病気だと診断されたらしいけど、実際には、呪詛系の魔術薬が使われたらしいわ」
「呪詛系……って?」
『そんな馬鹿な! 呪詛だって?』
ユーリウスの驚いたような大声に、おもわず身体がびくりとなった。
「荷物を置いてくる」と、一度自室に戻ったクリスタが、ひょこりと顔をのぞかせる。
「あ……」
彼女を一目見て、ティルアは小さく息を飲んだ。
今のクリスタは昨日までの彼女と同じ。
きっちりとした二本のお下げを胸の前に下ろし、頬に散らばったそばかすもはっきり分かる、昔から知っているおとなしい雰囲気の少女だった。
制服から古ぼけた茶色のドレスに着替えたせいで、より地味に見える。
『……すげぇな、女って。まるで別人』
彼女のあまりの変わりように、ユーリウスもぽかんとしていた。
「急がないと、すぐに夕食の時間になっちゃうわよね」
クリスタは、ティルアのとまどいに気付いたのか、一瞬眉をひそめたが、すぐに笑顔を作ると部屋の中に入ってきた。
胸には二冊の教科書を抱えている。
「あの……クリスタ?」
「ええとね、ティルアが知りたがっていたフリードリヒ・クラッセンなんだけど、禁書の棚のどの本でも、彼が犯人っていうことになっていたわ」
ティルアが遠慮がちに声をかけてみたが、彼女も何を聞かれるのか分かっているのだろう。
すうっと視線をそらせ、強引に話を進めながら、ベッドに腰掛けた。
彼女の無言の拒絶を感じ、寂しさを感じつつも隣に座る。
「事件の経緯は、この教科書に載っているものと同じだったわ。禁書でも、これより少し詳しく書いてあるくらいで、とくに目新しいことはなかったの」
彼女が膝の上で開いたのは、緑色の表紙の『アンスフォルデ王国史 近代編』の後半、先代国王ヴィンツェンツの章だ。
クラッセン事件との見出しがある。
「真犯人が別にいるとか、何かの陰謀に巻き込まれたとか、解明されていない謎があるとか、そんなことは書いてなかったの?」
「ないわ。少なくとも、禁書の中にはね。彼が犯人だということが国の公式見解で、処刑もされたんだから、他の説を書いた本を出版することはできないんだと思うわ」
「そっか……」
彼女の言葉を確認するように、部屋の隅に佇むユーリウスにちらりと視線を送ると、彼も頷いた。
彼女と同じ本を横から覗いた彼も、同じことを思ったのだろう。
「でもね、レルナー先生は信じていないっておっしゃってたわ。ほら、ここ……」
教科書には、生真面目なクリスタらしく、記述の所々に下線が引かれ、細かな文字でたくさんの書き込みがされている。
彼女が指差した書き込みには、「逃亡中に妻子を殺害し消去した」との文章。
その後には大きな疑問符が付けられていた。
「これは、レルナー先生が教えてくれたことよ。教科書には書いてないけど、禁書には同じような記述があったわ。先生は、彼が妻子を殺すはずがないとおっしゃっていたけど、消去したのは事実みたい。消去呪文の最大記録は、教科書ではかぼちゃなんだけど、禁書では女性と赤ん坊の死体の同時消去で、術者はフリードリヒ・クラッセンってしっかり書かれてた」
「女性と赤ん坊……ね」
嫌でも午前中の出来事を思い出す。
そして、図書館で聞こえた夫婦の声も。
記録が「女性と赤ん坊の死体」となっているのだから、フリードリヒが妻の抱えていた包みに掛けた身代わり呪文は、見破られていないはず。
彼らの息子、フリーデル・クラッセンは、その名も存在もこの世から消されたのだ。
「ティルア? どうしたの黙り込んじゃって」
「え? あ……うん。人間を消去するなんて、すごい人がいるもんだなーって」
適当にごまかしながら、自分でも白々しいと思いつつ視線を泳がせると、案の定『お前が言うな!』とユーリウスにつっこまれた。
もちろん、彼の声はクリスタには聞こえないから、彼女はティルアに相づちを打つ。
「そうよね。わたしなんか、林檎半分でもやっとなのに」
「あたしは、種でも無理だわ。あはは……」
『笑ってる場合かよ!』
重い話題で息苦しくなった空気を和らげようと、自虐的に言ってみただけなのに、今度はこんな台詞が飛んでくる。
かなりむっとしたが、言い返すことはできないから、睨み返すだけで我慢する。
すぐ隣でこんな殺伐としたやり取りがされていることなど、全く気付かないクリスタは、話を進めていく。
「あと、分かったのは、どんな魔術薬で国王を毒殺したかっていうことね。これは、『高貴なる魔術の一匙』っていう、一見、関係なさそうな本に書かれていたわ」
『……え?』
ユーリウスの顔色が変わった。
「前国王は、最初は病死だって思われていたんでしょ?」
「そう。側近と話をしている最中に、すうっと意識がなくなって、そのまま眠るように息を引き取ったんだって。特に苦しむ様子もなかったし、毒物も検出されなかったから、最初は病気だと診断されたらしいけど、実際には、呪詛系の魔術薬が使われたらしいわ」
「呪詛系……って?」
『そんな馬鹿な! 呪詛だって?』
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