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敵からの脅迫状(6)

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「やっぱり、あたしを連れて行く気なんて、最初からないんじゃない! ジジはあたしが助けるの! あたしも行く! 連れて行って!」

 レナエルは両手をテーブルに叩き付けると、勢いよく立ち上がった。

「だめだ。お前自身も敵の標的なんだ。そんな危険は冒せない」

 彼は手にしていたフォークを置いて、黒い瞳を上げた。

 いつものように頭ごなしに怒鳴られるのかと思ったが、言い聞かせるような低く落ち着いた声だった。
 そのことに、逆に怯みながらも、レナエルは反発する。

「あたしは大丈夫よ!」
「だめだと言っている。お前を連れて行けば、俺はお前を守りながら、ジネットを助け出さなければならない。それでは、救出の成功率は下がる。確実にジネットを助け出すために、お前は安全な城で待っていろ」
「あたしが女だからそんなこと言うの? ジュールに守ってほしいなんて、頼んでないじゃない! 自分の身は自分で守るわよ」
「これまでお前は、自分の身を守れたか?」

 その言葉に、レナエルは言葉に詰まった。

 夜中に忍び込んできた男たちに、攫われそうになった時、助けてくれたのは彼だ。
 王都に向かう途中、八人もの男に囲まれた時も。
 高熱で倒れたときに王城に運び入れてくれたのも、彼だった。

「何度言ったら分かるんだ。お前も狙われているんだぞ。お前まで敵の手に落ちたらどうするんだ。そんな奴を連れて行っても、足手まといにしかならない。もっと冷静に考えろ」

 彼の、静かだが容赦ない言葉に、胸がずきりとした。

 彼がどれほど強い騎士なのかは、嫌というほど分かっている。
 さっきの王太子との手合わせで、彼らが周りの男たちと一線を画す実力者であることを、まざまざと見せつけられた。
 旅の途中で襲ってきた八人も、自分を背にかばっていなければ、余裕で倒せただろう。そ
 れほどまでの男を、あの時、命の危険に曝してしまったのは自分自身だった。

 あたしがいない方が、計画は確実にうまくいく。
 それは分かってる。
 だけど……。

「嫌よ! ジジはあたしのたったひとりの肉親なのよ!」

 ここ数年は離れて暮らしているが、幼い頃からレナエルはジネットを守ってきた。
 使用人仲間の意地の悪い息子や、いやらしい目を向けてくる客から。
 寂しくて眠れない夜や、激しい雷や、荒れ狂う嵐の音から……。
 彼女を守るのは自分の役目だと、ずっと思ってきた。
 これからもそうでありたかった。

「そんなことは、知っている」

 座ったまま、軽く見上げてくる彼のすこし吊り上がった瞳が、ひどく優しく感じられた。
 自分を肯定してくれるたった一言が、胸にすとんと落ちる。

 それでも。

「ジジは、あたしが助けたいの!」
「それも分かっている。しかし、お前を危険に曝す訳にはいかない。……だから、その思いごと俺に託せ」

 分かってる。
 どうすることがいちばん良いのか、ちゃんと分かってる。
 自分も行くと言い張るのは、ただの我が儘でしかないことも分かってる。

「……でも…………嫌だ」

 だけど、気持ちの整理が付かなかった。
 姉の救出に、自分が関われないのが悔しくて仕方がなかった。
 レナエルは唇を噛むと、椅子にすとんと座った。

「俺はお前の代わりを務められないほど、頼りないか」

 彼の諭すような低い声に、俯いたまま首を横に振る。

 頼りないはずがない。
 彼ならきっと、ジジを無事に助け出してくれる。

「だったら、俺に任せろ」

 そう。
 彼に全てを任せることが最良の方法だ。

 だから、大切な姉を確実に助け出すために、レナエルはこくりと頷いた。
 そして、両手で顔を覆った。

「ど……うして、あたしは男に生まれなかったんだろう。ジュールみたいに身体が大きくて、力があって、剣が強かったら、あたしがジジを助けに行けるのに! 女だからって安全な城の中に、かくまわれなくてもいいのに! ジュールみたいだったら……こんな悔しい思いをしなくてもいい……のに」

 悔しい。
 悔しい、悔しい!
 大切な人を守るだけの力が、自分にないなんて!

 どうにもならない思いを吐き出すと、同時に涙まで溢れてきた。
 息を止め、歯を食いしばって涙をこらえていると、頭の上に武骨な手がぽんと置かれた。

 その大きさと重みに、自分と彼との違いを思い知らされ、さらに悔しさがつのる。
 けれども、伝わってくる温かさに、強ばった心が少しほぐれた気がした。

「それを食い終わったら、厩舎に行くぞ。ルカが寂しがっていたからな」

 彼の手は、頭のてっぺんをぐしゃぐしゃとかき混ぜてから、すっと離れていった。
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