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頭の中の見取り図(3)
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レナエルが目を上げて、ちらりと王太子を見ると、それが合図だと理解して、彼は嬉しそうに表情をほころばせた。
「今日の王都はとってもいいお天気だよ。そっちはどう? ……って聞いてみて」
なにそれ? と思ったが、そのまま姉に天気をたずねた。
どんな質問が来るかと身構えていたらしい姉は、拍子抜けしたようだったが、すぐに答えが返ってきた。
「晴れているみたいです。でも、ちょっと肌寒いって」
「じゃあ、昨日、雨は降ってなかった?」
『昨日は……お昼近くまで雨が降っていたわ。降り始めは、前日の夕方ぐらいかしら? でも、どうしてそんな話……? あ、そういうことか。じゃあ、王都の天気はどうだったのかしら?』
ジネットはすぐに、王太子の質問の意図を掴んだようだ。
答えと同時に質問を返してきた。
「王都では、雨は一昨日の早朝から降っていて、ジュールたちが到着してしばらくしてから止んだんだよね。だから、天候の変わり方から考えても、王都の東にいる可能性は高いね」
王太子がにっこり周りを見回すと、ジュールたちは頷いた。
「馬車で三日半かかることを考えると、いちばん遠くてこの辺り。惑わせるために遠回りしている可能性を考えると、近くてこの辺りだな。アルラ湖の周辺は気温が低いから、花が咲いていてもおかしくない」
ジュールが王都から少し離れた、東から北にかけての広い範囲を指でぐるりと指し示した。
東は森林地帯、北は国境、王都にいちばん近い場所は、地図にも大きく描かれているアルラ湖だ。
「王都の北から東にかけて、調査隊を出すべきだ。最初に端まで行ってから、調査をしながら王都に戻ってくる方法が良いだろう。馬を飛ばせば、最短七、八日で戻れる」
ジュールは説明しながら、最北にあるオクタヴィアン領に置いた黒のルークを摘むと、こつこつと音をさせながら、地図上に駒を進め、王都に近づけていった。
「しかし、範囲が広いですから、手がかりが大きな屋敷というだけでは、調査に時間がかかりそうですね。結果が出るまでには、十日以上はかかるのでは?」
ダヴィドの指摘に、王太子がふむと腕を組んだ。
捜索範囲は、大小の八つの領地にまたがっている。
それぞれに領主の館がある他、裕福な商人の館が多い栄えた町が三つある。
さらにアルラ湖沿岸は、自然が豊かで夏でも涼しいことから、貴族の別荘が建ち並ぶこの国最大の避暑地だ。「大きな屋敷」に該当する建物はかなりの数にのぼる。
「じゃあ、レナ、お姉さんにもう一回聞いてみて。部屋の窓から何が見える?」
「雑木林だけ、だそうです」
「方角は分かる?」
「窓は西向きのようです」
「じゃあ、すぐ西側に雑木林がある屋敷だってことだね。ってことは、郊外にあるのだろうか。もう少し何か手がかりがないかな?」
王太子の言葉を姉に伝えると、彼女は何やらぶつぶつと呟き始めた。
『そうか、この部屋が西向きなら……扉を出て……』
彼女は、幽閉されている館に到着したとき、目隠しされながら部屋まで歩いた道筋を、頭の中で見取り図にしていた。
それを逆にたどれば良いのだ。スタートは西向きの部屋。
『廊下の左側に部屋があったから、一旦南に進んで、左に折れる……ってことは東』
姉のつぶやく言葉を、レナエルが実況中継のように周囲に伝えていく。
ジネットが何をしようとしているのかは、すぐに周囲も理解した。
騎士たちは頭の中で同じ道を辿っているらしく、真剣な面持ちだ。
王太子はテーブルに両肘をついて、期待たっぷりの表情でレナエルの顔を見つめている。
『正面玄関から入ったとは限らないわね。……でも、中に入ってすぐに、絨毯が敷かれたゆったりとした螺旋階段を上った。そんなものがあるってことは、やっぱり正面玄関だわ。レナ、分かったわ! 正面玄関は南向き。入ってすぐにゆったりとした螺旋階段がある屋敷よ』
ジネットが出した結論に、男たちが「おおーっ」と感嘆の声を上げた。
自分が褒められた訳ではなかったが、レナエルは得意満面だった。
「すごいですね。目隠しして歩いた道を、正確に記憶していたっていうことでしょう?」
「確か、レナのお姉さんって、セナンクール男爵の右腕って呼ばれているんだよね。いいなぁ、僕もそんな右腕、欲しいな。こんな、可愛げのない野郎じゃなくてさ」
王太子がジュールにちらりと視線を向けて、深い溜め息をついた。
ジュールはその視線を冷たく睨み返した後、レナエルを見た。
「それで、間違いないか?」
『もちろん。完璧よ!』
ジネットの自信のこもった返事を受けて、男たちはすぐさま検討に入った。
「今日の王都はとってもいいお天気だよ。そっちはどう? ……って聞いてみて」
なにそれ? と思ったが、そのまま姉に天気をたずねた。
どんな質問が来るかと身構えていたらしい姉は、拍子抜けしたようだったが、すぐに答えが返ってきた。
「晴れているみたいです。でも、ちょっと肌寒いって」
「じゃあ、昨日、雨は降ってなかった?」
『昨日は……お昼近くまで雨が降っていたわ。降り始めは、前日の夕方ぐらいかしら? でも、どうしてそんな話……? あ、そういうことか。じゃあ、王都の天気はどうだったのかしら?』
ジネットはすぐに、王太子の質問の意図を掴んだようだ。
答えと同時に質問を返してきた。
「王都では、雨は一昨日の早朝から降っていて、ジュールたちが到着してしばらくしてから止んだんだよね。だから、天候の変わり方から考えても、王都の東にいる可能性は高いね」
王太子がにっこり周りを見回すと、ジュールたちは頷いた。
「馬車で三日半かかることを考えると、いちばん遠くてこの辺り。惑わせるために遠回りしている可能性を考えると、近くてこの辺りだな。アルラ湖の周辺は気温が低いから、花が咲いていてもおかしくない」
ジュールが王都から少し離れた、東から北にかけての広い範囲を指でぐるりと指し示した。
東は森林地帯、北は国境、王都にいちばん近い場所は、地図にも大きく描かれているアルラ湖だ。
「王都の北から東にかけて、調査隊を出すべきだ。最初に端まで行ってから、調査をしながら王都に戻ってくる方法が良いだろう。馬を飛ばせば、最短七、八日で戻れる」
ジュールは説明しながら、最北にあるオクタヴィアン領に置いた黒のルークを摘むと、こつこつと音をさせながら、地図上に駒を進め、王都に近づけていった。
「しかし、範囲が広いですから、手がかりが大きな屋敷というだけでは、調査に時間がかかりそうですね。結果が出るまでには、十日以上はかかるのでは?」
ダヴィドの指摘に、王太子がふむと腕を組んだ。
捜索範囲は、大小の八つの領地にまたがっている。
それぞれに領主の館がある他、裕福な商人の館が多い栄えた町が三つある。
さらにアルラ湖沿岸は、自然が豊かで夏でも涼しいことから、貴族の別荘が建ち並ぶこの国最大の避暑地だ。「大きな屋敷」に該当する建物はかなりの数にのぼる。
「じゃあ、レナ、お姉さんにもう一回聞いてみて。部屋の窓から何が見える?」
「雑木林だけ、だそうです」
「方角は分かる?」
「窓は西向きのようです」
「じゃあ、すぐ西側に雑木林がある屋敷だってことだね。ってことは、郊外にあるのだろうか。もう少し何か手がかりがないかな?」
王太子の言葉を姉に伝えると、彼女は何やらぶつぶつと呟き始めた。
『そうか、この部屋が西向きなら……扉を出て……』
彼女は、幽閉されている館に到着したとき、目隠しされながら部屋まで歩いた道筋を、頭の中で見取り図にしていた。
それを逆にたどれば良いのだ。スタートは西向きの部屋。
『廊下の左側に部屋があったから、一旦南に進んで、左に折れる……ってことは東』
姉のつぶやく言葉を、レナエルが実況中継のように周囲に伝えていく。
ジネットが何をしようとしているのかは、すぐに周囲も理解した。
騎士たちは頭の中で同じ道を辿っているらしく、真剣な面持ちだ。
王太子はテーブルに両肘をついて、期待たっぷりの表情でレナエルの顔を見つめている。
『正面玄関から入ったとは限らないわね。……でも、中に入ってすぐに、絨毯が敷かれたゆったりとした螺旋階段を上った。そんなものがあるってことは、やっぱり正面玄関だわ。レナ、分かったわ! 正面玄関は南向き。入ってすぐにゆったりとした螺旋階段がある屋敷よ』
ジネットが出した結論に、男たちが「おおーっ」と感嘆の声を上げた。
自分が褒められた訳ではなかったが、レナエルは得意満面だった。
「すごいですね。目隠しして歩いた道を、正確に記憶していたっていうことでしょう?」
「確か、レナのお姉さんって、セナンクール男爵の右腕って呼ばれているんだよね。いいなぁ、僕もそんな右腕、欲しいな。こんな、可愛げのない野郎じゃなくてさ」
王太子がジュールにちらりと視線を向けて、深い溜め息をついた。
ジュールはその視線を冷たく睨み返した後、レナエルを見た。
「それで、間違いないか?」
『もちろん。完璧よ!』
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