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声が聞こえる(2)
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『うん、多分……そう』
レナエルは、姉が続けるはずだった言葉を肯定した。
これまで二人を助け、セナンクール家の繁栄を支えてきた能力が、仇になる。
その悔しさに、二人して黙り込んだ。
しかし今は、ジネットを助け出すことが先決だ。
レナエルが先に気を取り直した。
『大丈夫よ。ジジは絶対、あたしが助けてあげるから! あたしは今、王都に向かってるところなの。ジジは今、どこにいるの?』
『分からないわ。馬車の窓にカーテンが引かれているから、どこへ行こうとしているのか見えないの。馬車には、私の他に年配の男と女が乗ってる。彼らにいろいろ質問してみたんだけど、手がかりになるようなことは、何も話してくれなかったわ』
『そっか……。他に、何か手がかりになるようなことはある?』
『そうね、乗っている馬車は四頭立てで、かなり豪華な造りよ』
『えーっ? あたしなんか、荷馬車に押し込まれそうになったんだよ。この扱いの差はなんなのよ』
『そりゃ、王都の真ん中じゃ、豪華な馬車の方が逆に目立たないからでしょ? 昨晩は王城で大きな舞踏会があったから、各地から名のある貴族が集まってきていたはずだもの。わたしも豪華なドレスを着せられているところを見ると、貴族を装いたいんだわ。でも、一緒にいる二人は使用人風なんだけど、言葉遣いも身のこなしも板についてて、わたしのことを丁重に扱ってくれる。この二人は、多分本物よ』
『本物って?』
『演技なんかじゃなくて、もともと、身分の高い人に仕えている人たちだってことよ。それに、さっき簡単な食事が出されたけど、ワインがクライトマンの古酒だったの。貴族を装うだけなら、誘拐した娘にこんな高価なものを出さないわよね』
『クライトマン……?』
姉の説明の中に聞き覚えのある名前が出てきて、レナエルは思わず隣の人物に目を向けた。
ずっと観察するような鋭い視線を向けていたらしいジュールと、間近で視線がかち合い、ぎょっとする。
彼はレナエルの意識が自分に向いたことに気づき、口を開いた。
「今、姉と話しているのか」
「そうだけど」
「話は後で聞く。できる限りのことを聞き出せ」
相変わらずの尊大な命令口調にむっとして、一言文句を言おうとしたが、ジネットの声に妨げられた。
『レナ? どうしたの? そこに、誰かいるの?』
気が散ると、頭の中での会話は途切れる。
そのことに姉はぴんと来たらしく、声に不安が滲んでいる。
レナエルは慌てて説明する。
『うん。ジュール・クライトマンっていう騎士が、今、隣にいるの。一応、味方らしいんだけど……』
『ええーっ! あの黒隼の騎士……の?』
ジネットは、レナエルの頭が割れるほどの大声で驚いた後、絶句した。
王都のセナンクール家の本店で、王族や貴族を相手にすることも多いジネットは、当然、そういった人々の事情にも詳しい。
その彼女がこれほど驚いたことが、意外だった。
『そんなに、すごい人なの?』
恐る恐る聞いてみると、冷静沈着な姉にしてはめずらしく、興奮気味に説明を始めた。
『そうよ。ジュール・クライトマンって言ったら、黒隼の騎士の通り名で、王都ではすごく有名なんだから。彼は、五年前の戦のときは従騎士だったんだけど、急遽、戦場で叙任されて、敵の将軍の首を取ったという凄腕なの。去年、二十五歳の若さで、王太子の筆頭騎士に任命されたほどなんだから。とにかく、すっごい人なの』
『えええっ! ってことは、あの人、今二十六歳なの? ……軽く三十歳は越えてると思った』
『レナ。驚く場所が違うから……。でも、どうしてそんな人が、レナと一緒にいるの?』
妹の的外れの反応に、ジネットは盛大に呆れつつも冷静になったらしい。
脱線した話を元に戻す。
『うん、ちょっと信じられないような話なんだけど……』
レナエルは、昨晩から今に至るまでをかいつまんで説明した。
レナエルは、姉が続けるはずだった言葉を肯定した。
これまで二人を助け、セナンクール家の繁栄を支えてきた能力が、仇になる。
その悔しさに、二人して黙り込んだ。
しかし今は、ジネットを助け出すことが先決だ。
レナエルが先に気を取り直した。
『大丈夫よ。ジジは絶対、あたしが助けてあげるから! あたしは今、王都に向かってるところなの。ジジは今、どこにいるの?』
『分からないわ。馬車の窓にカーテンが引かれているから、どこへ行こうとしているのか見えないの。馬車には、私の他に年配の男と女が乗ってる。彼らにいろいろ質問してみたんだけど、手がかりになるようなことは、何も話してくれなかったわ』
『そっか……。他に、何か手がかりになるようなことはある?』
『そうね、乗っている馬車は四頭立てで、かなり豪華な造りよ』
『えーっ? あたしなんか、荷馬車に押し込まれそうになったんだよ。この扱いの差はなんなのよ』
『そりゃ、王都の真ん中じゃ、豪華な馬車の方が逆に目立たないからでしょ? 昨晩は王城で大きな舞踏会があったから、各地から名のある貴族が集まってきていたはずだもの。わたしも豪華なドレスを着せられているところを見ると、貴族を装いたいんだわ。でも、一緒にいる二人は使用人風なんだけど、言葉遣いも身のこなしも板についてて、わたしのことを丁重に扱ってくれる。この二人は、多分本物よ』
『本物って?』
『演技なんかじゃなくて、もともと、身分の高い人に仕えている人たちだってことよ。それに、さっき簡単な食事が出されたけど、ワインがクライトマンの古酒だったの。貴族を装うだけなら、誘拐した娘にこんな高価なものを出さないわよね』
『クライトマン……?』
姉の説明の中に聞き覚えのある名前が出てきて、レナエルは思わず隣の人物に目を向けた。
ずっと観察するような鋭い視線を向けていたらしいジュールと、間近で視線がかち合い、ぎょっとする。
彼はレナエルの意識が自分に向いたことに気づき、口を開いた。
「今、姉と話しているのか」
「そうだけど」
「話は後で聞く。できる限りのことを聞き出せ」
相変わらずの尊大な命令口調にむっとして、一言文句を言おうとしたが、ジネットの声に妨げられた。
『レナ? どうしたの? そこに、誰かいるの?』
気が散ると、頭の中での会話は途切れる。
そのことに姉はぴんと来たらしく、声に不安が滲んでいる。
レナエルは慌てて説明する。
『うん。ジュール・クライトマンっていう騎士が、今、隣にいるの。一応、味方らしいんだけど……』
『ええーっ! あの黒隼の騎士……の?』
ジネットは、レナエルの頭が割れるほどの大声で驚いた後、絶句した。
王都のセナンクール家の本店で、王族や貴族を相手にすることも多いジネットは、当然、そういった人々の事情にも詳しい。
その彼女がこれほど驚いたことが、意外だった。
『そんなに、すごい人なの?』
恐る恐る聞いてみると、冷静沈着な姉にしてはめずらしく、興奮気味に説明を始めた。
『そうよ。ジュール・クライトマンって言ったら、黒隼の騎士の通り名で、王都ではすごく有名なんだから。彼は、五年前の戦のときは従騎士だったんだけど、急遽、戦場で叙任されて、敵の将軍の首を取ったという凄腕なの。去年、二十五歳の若さで、王太子の筆頭騎士に任命されたほどなんだから。とにかく、すっごい人なの』
『えええっ! ってことは、あの人、今二十六歳なの? ……軽く三十歳は越えてると思った』
『レナ。驚く場所が違うから……。でも、どうしてそんな人が、レナと一緒にいるの?』
妹の的外れの反応に、ジネットは盛大に呆れつつも冷静になったらしい。
脱線した話を元に戻す。
『うん、ちょっと信じられないような話なんだけど……』
レナエルは、昨晩から今に至るまでをかいつまんで説明した。
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