ステルスセンス 

竜の字

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ファーストステージ

別れの予感

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 芋粥屋が少し明るくなり始めた頃、皆目を醒し始め、始発を待ちそれぞれ家へと帰って行った。
 羽津宮はその足で公園へと向かった。

 いつもの場所に自転車を止めて公園を歩く。割と平日でも人が多い公園だったが朝は別世界のように静まり返っている。

 木々の多く植えられた公園はこの季節になると早朝の間はうっすらと霧が立ちこめていてその雰囲気を強調していた。

 「モモさん」

 羽津宮はテントに向かって声をかけた。

「モモさん寝てる」

「あ、ぁああ」

「僕だよ、起きてよ」

「どうした、こんな朝早く」

「出て来てよ、報告があるんだ」

「そうか・・・まってろ」

 そう言ってからかなりの時間がかかってモモさんはテントから出て来て、近くの水道で顔をざっとあらい袖で拭いてパシパシと叩いてベンチへ腰を下ろした。

「初めてモモさんと出会ったのもこの位の時間だったよね。懐かしいな。つい最近のようだよ」

「あぁ・・・そうだな」

「あっというまだったよ」

「あぁ」

「僕ね、来期から編集長を任されたんだ」

「そうか・・・そりゃ良かったじゃねぇか」

「これからもモモさんのステルスセンスの法則聞きにこないとね」

「その事だがな、ステルスセンスはもう全部読んじまったよ。こないだ来た時に教えてやったのが最後だ」

「そっか・・・二年もの間教えてくれてたんだもんね。終わっちゃうよね」

「あぁ、すまねぇな」

 突然告げられた「終わり」だったが羽津宮は何となくそう言われるような気がしていた。

「そうだ、お礼させてよ。今の僕があるのはモモさんのおかげなんだから。一緒に住むのがいやだったら部屋を借りれば良いよ。僕の給料も上がるしさ、それだってモモさんのおかげなんだからちょっとは受け取る権利はあるんだから」

「いや、それはいけねぇ。人から金は受け取れねぇよ」

「受け取れないって、なんでだよ。僕はこれまで本当にたくさんの事をモモさんから教わって、支えられてここまで頑張って来れたんだ。入社して三年で編集長なんて普通あり得ないんだよ。全部モモさんのステルスセンスの効果じゃないか。何もさせてくれないない何て酷いよ。じゃあ何のためにモモさんはこんな事を僕にしてくれたの」

 羽津宮は感情的になって気持ちをぶつけた。「何のために」これはモモさんと出会って二年、羽津宮が聞けずにいたことだった。

 この質問をしてしまうと二人の関係が終わるような気がして聞けなかったのだ。

「オレぁな、お礼とかそんなのぁいいんだよ。金も必要ねぇし。お前みたいな一生懸命なやつが正当に評価されて出世して行くのが嬉しいのよ」

「そんなこと・・・」

 何でもない答えに羽津宮は驚いた。ステルスセンスの凄さを実感するたびにモモさんは何かとんでもない事を考えているのではないかと想像していたからだ。

「そんな事たぁ随分だな。オレにとっちゃぁ最高の喜びなんだぜ」

「だって・・」

「さぁ、今日はもう帰ぇんな。そろそろ人が増えて来やがった。お前と居ると目立ってしょうがねぇ。皆ジロジロ見て行きやがる」

「やだよ・・・」

「聞き分けのねぇ事言うんじゃねぇよ、そら」

「モモさん、また会えるよね。どっか行っちゃったりしないよね」

「ああここに居る。いつでも来い」

「ほんと」

「あぁ本当だ。さぁ帰ぇった帰ぇった」

 羽津宮は渋々立ち上がり自転車の方へ歩き始めた。少し行ってベンチを振り返るともうモモさんの姿はなく、霧のはれた公園はウォーキングする人や柔軟体操をする人などで現実的な表情に変わっていた。

 そこにはもうモモさんは消えてしまって居ないようなそんな気さえした。

 羽津宮は自転車の鍵を外し、家までの道を走り始め、会えないような不安を振り払うように小さな声で囁いた「また会える」

 大きな交差点の赤信号で停まり、羽津宮は大きく背伸びをした。曇りのない真っ青な空が気持ちよく、心が晴れ渡った。

 羽津宮は清々しい表情で空を仰ぎもう一度つぶやいた。

「また会えるよね。モモさん」

                    Stealth Sense -ステルスセンス-  END
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