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 それから会議までの数日、他の編集長達とも打ち合わせをしながら椎名編集長とともにこの企画を実際に実現出来る所まで持って来ていた。

 他の編集長も立ち上げるサイトのデザインまで出来上がり、後はサーバにアップするだけと言う所まで来ていた。

 元々雑誌に関してはそれぞれ独立したサイトを立ち上げる話もあり、そこにこの企画を便乗させるだけだったので話は早かったのだ。

 羽津宮は出来上がった企画書をそれぞれ確認すると、もう一度部数を確かめ椎名編集長に手渡した。

「出来上がった企画書です」

「あぁありがとう。部数の方は問題無いね。それと部長や他の編集長達にはもう渡してくれたかね」

「はい、昨日、椎名編集長のオーケーをもらった後すぐに渡しに行きましたので」

「そうか、では行って来るよ、今日は上層部も参加しての会議だ。結果が出たらすぐに賛同者を集めてのミーティングを行う、連絡するまで待機していてくれ、君も気が気ではないだろう。それまではゆっくり応募作品でも読んでいると良い」

「そうですね、でも気が気じゃないこんな時に読まれた作品の応募者に悪いので良い結果が出ると信じて準備しています」

「っはっはは、確かにそうだな。わかったその仕事が無駄にならないように私が最高のプレゼンをするとしよう」

「おねがいします」 

「おいおい、部下にプレッシャーをかけられるようになったら終わりだな」

「あっいえ、そんなつもりは。すみません」

「冗談だ、では行って来るよ」

「はい」

 椎名編集長が会議に向かってから、羽津宮はやけに長く感じる時間を過ごした。

 騒がしい編集部の中で壁にかけられた時計の音がカチカチと耳に届いているような気さえする。

 会議が終わる予定の時間になり、羽津宮は居ても立ってもいられずミーティングルームへ向かった、当然まだ誰も来ていない。

 羽津宮は給湯室に行き飲み物の準備を始めようと辺を見渡していると、前回コーヒーを入れてくれたスタッフが入って来て慌てたように羽津宮を止めた。

「あっすみませんん。もうミーティング始まりますか。飲み物は私が準備しますのでお戻りください」

「あっごめん。違うんだ。まだなんだけど落ち着かなくて早く来ちゃったからお茶でも入れて待っていようかと思って」

「そうだったんですか。でも大丈夫ですよ。始まる前に連絡頂けるようになっていますから」

「そうだよね。お茶が冷めてもいけないし」

 やっと見つけた時間つぶしの仕事を断られ、また何をやって良いか悩んでいる所にトゥートゥーと内線がなった。

「あ、たぶん会議が終わったんだと思います。すみません」

そう言うと彼は近くにあった内線電話の受話器を両手でとり、「はい」と何度か相づちを打ち指示を受けて受話器を置いた。そして笑顔で羽津宮の所まで戻って「やっぱりそうでした、お飲物準備しますね」と愛想良く言った。

「じゃあ僕運びますから」

「落ち着かないんですね、では宜しくお願いいたします」

 羽津宮はそこにあったお盆に彼の入れたコーヒーをテーブルに運び始めた。彼女の言うままに運び、すべて終わったと同時に部長や編集長達が会議室へ入って来た。

 椎名編集長は携帯電話を手にしている。羽津宮はその相手はおそらく自分だろうと思い椎名編集長の目線の中に入り込み頭を下げた。それを見ると編集長は携帯を内ポケットへ仕舞い込み羽津宮の所へ小走りにやって来た。

「おう、落ち着かないようだな。お盆なんかもって秘書にでもなるつもりか」

 コーヒーを運んだまま脇に抱えていたお盆を後ろ手に持ち替えて気持ち隠す。

「あっはい・・あっいえやはり、編集部に居ると落ち着かなくてミーティングの準備をと思いまして」

「はっはは、仕方がないな、まぁわからなくはない」

「でっ、どうだったんですか。結果は」

「そう焦るな。これから花谷部長が報告される。まぁ皆が席に着くまで・・そうだな・・明日の仕事の段取りでも考えていたらどうだ。忙しくなるぞ」

「っと言う事は・・・成功したんですね」

「はっは、だから焦るなって」

 そうこうしている間に皆席に着き、花谷部長が立ち上がり挨拶を始めた。

「皆さん、良くやってくれました。これも総て皆が力を合わせて取り組んでくれた結果だと感じています。私たちがプレゼンした企画が通りました」

 その言葉を聞き、会議に参加していなかった社員の間から歓声が起こった。

「山根編集長が企画なさっていた事を批判するつもりはありませんが。山根編集長の企画ではなく私たちの企画を選んだ事は出版社として正しい選択だと私は思います。今ここで私たちの企画を会社が選んだ事、それはグローバル出版の大きな分岐点になるはずです
。何十年か後に、我が社の記憶の中に、今日の判断は正しかったのだと刻み付けましょう」

 拍手とともにもう一度歓声が上がる。

「そのためにはこの企画で成果を出さなければなりません。この間の会議で話題になったようにネットに対する意識の変化は想像するより早い物です。その事をふまえると私はこの企画が正確に機能するのはこの半年、いえ今年中だと思います。今年後数ヶ月、なんとか成果を出しましょう」

 花谷部長が話を区切るたびに大きな拍手が起こる。

「この企画をだした羽津宮君の直属の上司である椎名君に指揮を執って頂く事にしました。それぞれ掲載の時期的な調整等もあるので椎名くんを中心に確実にお願いします。では椎名君挨拶をお願いいたします」

「はい、では先ほども言われた通りこの企画はスピードと、どの時期にどの雑誌、どのサイトで特集を組むかと言った流れも重要だと考えています。女性誌および女性誌のサイトで話題にし、確実に女性の中での認知度を上げた後、時間差で男性誌でも一斉に取り上げる。その時期も早過ぎても遅過ぎても効果は半減します。ですので皆さんの方で企画を実行するとともになるべく情報収集する事も心がけてください。常に新しい生の声を聞きながら読者の感覚に寸分のズレもなく情報を提供して行く事がこの企画の鍵ですので宜しくお願いいたします」

「ではさっそく取りかかりますか。皆さんここでしっかり集中しましょう、宜しくお願いしますよ」

 花谷部長の挨拶が終わると皆足早に帰って行った。

「羽津宮、私たちも急ごう。残り三ヶ月、時間はないと思っていい。行くぞ」

「はい」

 椎名編集長は部長に軽く会釈をすると会議室を後にした。羽津宮もそれに続いて軽く会釈をした。花谷部長は少し笑みを浮かべ軽く手をあげて羽津宮を見送っていた。

 会議室を出て椎名チームのスペースに戻る途中で山根編集長が立っていた、羽津宮は気まずさを感じ、なんとか気付かれずに通り過ぎようと気配を殺したが無駄なあがきのようだ。山根編集長はあきらかに羽津宮に気付き自分の前に来るのを待ち構えているようだった。それでも軽く会釈をし通り過ぎようとしたが目の前に来ると呼び止められてしまった。

「やあ羽津宮君。まさか君の企画に私の企画が邪魔されるとは思わなかったよ。おかげで長年私が求めていた物が更に遠くなったな。入社して三年目でよく企画書なんか出せたもんだな、遠慮を知らんらしい」

「あ・・・もうしわけございません・・」

「まったく君は口だけだ、一年前私が君を認めなかった理由がまだわかっていないらしいな。出しゃばり過ぎなんだよ」

 そこに羽津宮が山根部長に捕まっているのに気が付いた椎名編集長がツカツカと苛立ちを見せながら戻って来た。

「お言葉ですが少し遠慮された方が良いのは山根編集長の方だと思いますが。それに認められない理由を考えた方が良いのも貴方の方だと思いますよ、羽津宮は良くやっています。先輩に失礼致しました。それでは私たちは急ぎますので。行くぞ羽津宮」

「はっはい」

 羽津宮は山根部長に深く会釈をしてその場を後にした。

 羽津宮は涙ぐんでいた。山根編集長をギャフンと言わせた喜びとかそう言うのではない。自分の仕事を認めてくれる人間が居る、それを人にこれほど感情的に伝えてくれる人間が居る事、それだけでこれまでの努力や我慢が総て報われた気がしたのだ。

 椎名チームのスペースに戻り編集長がデスクに着き、書類を軽く整理し、いくつかの書類をデスクの上に並べ始めた。

「椎名編集長、ありがとうございます」

「勘違いするな、今は他人の愚痴を聞いている暇もないと言う事だ」

「そうですね、ここからが本当の勝負ですよね」

「そうだ、結果が総てだからな。よしでは軽く打ち合わせをしよう。これが私が預かっている他の編集長達が手がける雑誌とサイトでの発売日の資料だ。それとこれが進行表。一部渡しておこう」

「凄いですね、皆さんもう今月号で企画の掲載が始まるようになってますね。ウェブサイトも同時進行だし」

「あぁ。そうだ、それと各雑誌のウェブ担当者と神崎君、一度会ってもらってアドバイス貰えないだろうかと思うんだが。どうだ、彼の知識はかなり高いしそれにノウハウも参考になると思うんだ。勿論講義料は払うよ」

「はい聞いてみます。出来るようならすぐに担当の方と連絡をとって日程を決めてしまっても宜しいですか」

「あぁかまわん、会議室ででも行えば良い、その件は頼んだよ。私はデザイナーとともに印刷業者へ行ってカバーの件で打ち合わせをしたいと思っているんだ。事前アンケートで出ている『彼氏の部屋にあるとカッコいい本』のリストが出たから、この企画に合うように少しデザインを変えてみようと思ってな。それと巻末に白紙のページを差し込もうと思う、買った人間がなにか書き込めるスペースがあっても良いと思ってな。羽津宮はどうする、一緒に来るか」

「いえ、自分は販売促進部とその頃回っていた書店に挨拶に行こうと思っています。今度の企画の趣旨を正確に伝えて行きたいので」

「なるほど、中々良い心掛けだ、最前線で読者と関わる所だからな、そこにしっかりと趣旨が伝わってないとまずい。重要なところだしっかり頼むぞ。よしでは始めるか」

「はい」

 羽津宮は手渡された資料を鞄につめると販売促進部に内線を入れて青梅部長に事の流れを軽く話し打ち合わせの約束を入れた。

 外せない仕事があり二時間程後にと言う事になりそれまでの間に羽津宮はこの間のルートで神崎とモモさんに会いに行こうと会社を出た。
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