ステルスセンス 

竜の字

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ファーストステージ

画策

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 いつもの駅からゆっくりと自転車をこいで公園に向かう。

 大事な仕事を抱えているのに羽津宮の思考は不思議とこれまでを振り返っていた。

「こうして会社の行き帰りを自転車に変え、モモさんの公園の前を通るようになってもう少しで二年になる。出会った時は会社を辞めようと決意した瞬間だった。モモさんに出会わなければあの時点で会社を辞めていた。モモさんが書いたステルスセンスの法則に従っていなければ希望した部署にも配属されては居なかったんだ。総てはあの時点で終わっていた事だ。僕に怖がる事なんて何もないんだった。このプレッシャーに呑まれずに大胆に仕事をしよう。いつかモモさんが言っていた『ホームレスが何年も同じ場所に居るかよ』何となくその時が近い気がする、だから絶対にここで頑張ってステルスセンスの効果をモモさんに見せなきゃ」

自転車をこぐ力が強くなった。

 公園の入り口に自転車を止め自動販売機でホットコーヒーを二本買いモモさんのテントを目指し走った。

「モモさん居る」

「あぁ、ちょっと待て。よっこらせってな」

「はい」

 缶コーヒーをモモさんの手にポンと手渡した。

「あぁすまねぇな。また嫌な季節が来るな。すっかり夜は冷え込みやがる」

「僕の部屋、使ってくれれば良いのに」

「そう言う訳にはいかねえや」

「僕はかまわないよ、それほどモモさんにはお世話になってるし」

「いや、いけねぇ。そう言うのはいけねぇ・・」カショッ 

 モモさんは缶コーヒーを開けると両手で包み込むようにして少し口に含んだ。

「ところでどうした今日は、さすがに展開が早えぇな」

「例の資料が出来たんだ。モモさんに見てもらおうと思って」

「あぁ、あれな。どんな具合だ」

「これだよ」

 モモさんは資料を受け取ると街頭の方に書類を向け、ゆっくりとページを見て行った。

「なるほど、細かい所は見てねぇが、上出来だ。まず始めにお前自身がリサーチした事から入る、ここには神崎の意見もあるしな。それを裏付けるデータもそろってる。データってのはな組み合わせによってどっちとも取れる事が多いが、しっかり狙った方向へお互いのデータが相乗効果を生み出してるな。特にネットで稼いでる神崎が加わった事と作品が当ってる事が大きな説得力を産んでる。この辺を上手く前に出してプレゼンするんだな」

「そうだね。僕もデータをまとめていて感じたんだ。だからしっかりと方向付ける所までリサーチしたんだ」」

「あぁバッチリだ。良く気が付いた。それでこれはいつ提出するんだ」

「明日の朝一だよ。その後時間を空けるようにも言われたよ」

「そうか、この資料を活かす企画は考えたのか、聞かれるかもしれんぞ」

「それがまだ全然。方向も見えてないよ。こうかと思えばやっぱりこうって何が正しいのかわからなくて」

「そりゃ無理もねぇな。難しい話だ。だが人間なんてどんなに時代が経ってもそれほど変わるものじゃねぇ。どんな物の流行も十年か二十年で繰り返すもんだ。その昔青梅の企画で会社が息を吹き返したってのがあったろ。その企画をお前なりに考え直すってのはどうだ」

「なるほど、悪くないかも・・・そうだ、その青梅部長が昨日言ってた事が凄く頭に残ってるんだ。今の時代にはとても実現出来ない理想な気もするけどね『出版業界は出版社だけじゃない、印刷工場、書店も含めて出版業界だ、自分だけ助かろうなんて企画はダメだ』って。出版社も自社すら大変なのに他の会社の事まで考える余裕なんて無いよ」

「いや・・・その青梅ってのはさすがだな、一度会社を救ったってのはだてじゃねぇ」

「えっ、なんで」

「なんだよ、お前、バカなふりしてる間に本当にバカになっちまったんじゃねぇのか」

「ひっ酷いなモモさんったら。教えてよ」

「しょうがねぇな。いいか。こんな時代だからこそ他の会社も巻き込むんだよ。出版社が自分の事だけを考えた企画なら世間に広めて行く宣伝も当然一人でやらなきゃならねぇ。だが今の時代それほど多くの宣伝費用もかけられないから効果も薄い、そうしてどんどん規模縮小だ。だがな。始めから印刷業者や書店の事も考えたような企画ならどうだ、協力するだろ。そうなれば一人じゃない三人だ。こんな時代だからこそ協力し合える企画の方が良いんだよ」

「そうか、そう言う事なんだね。そうなるとますますネットでの小説配信や携帯小説はだめだよね、何か違う形でのネットとの関わり方を考えないと」

「あぁ、だから情報を流すんだろ。ネットを情報収集の場にしている世代に向けて」

「そうだけどどんな風に流せば良いんだろう。神崎君がネットで宣伝は意味が無いって言ってたし」

「だからその青梅が前に書いた企画をもう一度練り直せば良いじゃないか。ダンディズムって言葉は今の時代に合わねぇかもしれねぇがいつの時代も男は女にもてたいんだ、それは変わらねぇよ。それに残したい物はデータじゃなくて手に取れる物が欲しいって所も昔と一致してるじゃねぇか。使う言葉を今の時代に合わせれば良いと思うんだが・・それはお前のセンスでだな」

「うっ・・・・うん・・・・・うん・・・・何となく見えて来たよ。うん。何とかなりそうだ。」

「よし、良い企画が浮かんだか。よし・・じゃあ一つ法則を言っておくか。待ってろ今ノートを持って来るからな」

「うん」

「よしっと、良いか。上司と同じ企画を取り組む時の法則だ」

【冷静と情熱を使い分けろ】
「これも中々にテクニックがいるぞ。これは長くビジネスマンをやているヤツ程大切さを忘れちまう事だ。

 簡単に言えば『盛り上がる時は盛り上がる、冷静に判断する時は冷静に判断する』って事なんだが。

 ビジネスマン生活が長くなると『冷静に判断する』って事は自然に体に染み付いて行くんだが『盛り上がる時は盛り上がる』これをどんどん失って行くんだ。

 やっ、必要の無い事に思えてくると言った方が良いかもしれねぇな。だがこれは意外に重要なんだぞ。何故かと言うとそれは仕事をしているのは人間だからだ。

 長く働いていると会社が仕事をしているように錯覚する。そうなると大切なのは総ての事がデータに基づいた間違いの無い分析と冷静な判断だけだと思い込んでしまう。

 だが実際仕事をするのは人間だ。冷静な分析ってのは不安要素も含んでる、そればっかりだと決断するのに相当のプレッシャーがかかる。時にはこの企画が正しいと心の底から自信を持って思える程盛り上がる時間も必要なんだよ。

 本来はその自信ある企画が先にあって、その上に成功に導く冷静さがあれば良いんだがな、今は逆の場合が多いだろうな。冷静な企画の上にどう自信を持つかって事が多いのかもしれねぇ。

 接待もそのためにあるようなもんだ、同じ条件なら『こいつとなら成功するかもしれない』と思わせる人間を選ぶだろ。盛り上げ上手なヤツ、遊び上手なヤツ、宴会部長、なんて言われるヤツが出世するのもこの能力に長けているからと言って良いだろうな。

 その事に気が付かないヤツは『あいつは仕事も適当なのに接待やゴルフばかりやって出世しやがる』なんて愚痴るはめになる。盛り上がる所では盛り上げ上手になる事を忘れるなよ」

「以上だ、これから上司と同じ仕事に関わるなら大切な法則だぞ。一番下っ端のお前が一番盛り上げるんだぞ」

「うん、なんだかここで来るかって感じの意外な法則だね。でも僕には一番難しい法則かもしれないよ」

「そうだな、こういうのは産まれ持った性質が大きいからな。だが心がけるだけでかなり変わってくるはずだ」

「そうだね」

「さぁ、帰って企画書作るんじゃないのか。時間はねぇぞ」

「そっそうだった。ありがとうモモさん、じゃあ行くよ。じゃあね」

「せわしねぇヤツだなまったく、あんまり頑張りすぎて寝坊するんじゃねぇぞ」

「わかってるって。また終わったら報告に来るよ」

「あぁ、じゃあな」

 羽津宮は慌ただしくモモさんに手を振ると自転車に向かって走り出した。モモさんはまだ笑顔のまま羽津宮を目で追っている。

「よく頑張るヤツだな・・予想以上だ。さて
ここからが仕上げだ。ワシも気が抜けねぇや・・・・最後の仕上げか・・」

 羽津宮の姿が暗がりに消えて見えなくなるとモモさんはゆっくりとテントに潜り込んだ。

 羽津宮は来る時に缶コーヒーを買った自動販売機でもう一度ホットコーヒーを買うと両手を暖めながら自転車に向かった。

 公園の入り口に止めた自転車の前でしゃがみ込んで鍵を開ける。

「モモさんのおかげで最高の企画が思いついたぞ。まぁ僕に企画の事を聞かれるかはわからないけど企画書を作っておいて損は無いよな。頑張ろうっと」

 家に着くなりパソコンを起動し、着替えながらソフトを立ち上げる。すっかり冷めきった缶コーヒーを飲み干すと企画書作りを始める。

 外が明るくなり始める少し前に出来上がった企画書をプリントアウトしてそのまま羽津宮は眠りについた。
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