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ファーストステージ

初動

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【人は自分の息子以外を自分以上に育てる事はない】

「最近では息子ですらそうしない親も多い位だけどな、そして大事なのはその事を解っていながら解っていないフリをする事だ」

「そう・・・かな?」

「まぁ育てる相手が自分と違うレールの上の奴で、育てる事で自分の仕事が評価される場合、歌手とマネージャーとか・・そうだなお前みたいな出版社の社員と作家とか、自分が諦めた夢を人に託す時は別だ、つまり同じレールの上で追い越させてやる奴は居ないって事だ」

「はぁ・・はい」
解らないまま羽津宮はあいづちをうった。

「お前はお前を判断するのは会社だと言ったな」

「はい・・・・言いました・・・成績とかをみて・・判断されると」

「判断するのは会社じゃ無い『人』なんだよ」

「あ・・・はい・・まぁそうなんですけど。会社のルールの下にって意味で・・・」

「表面的にはな。だが実際は人が人を判断するんだ、これはお前が思っているより重要な事だぞ」

「えぇ・・・・」

「人が人を判断するんだ、『人』意外に『人』を判断し評価する物は存在しねぇ、分かるか。まずそれを総ての基盤にする事だ。『人が人を判断する』それ故に世の中を上手く生きて行くには忘れちゃいけない事があるんだよ。それを頭に置いて生きるか否かで大きく変わるぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・は・・い」

羽津宮は返事はするがまだそれがどう言う意味か解ってはいなかった。

「仕事の出来不出来より、『人』と言う物をよく理解した人間が出世して行くんだ、解るな」

「はい・・・」

「人にも『本能』と言うか『習性』のような物が在る。実は誰もが知っている事だが、誰も気付いちゃ居ない」

「解るような解らないような・・まだ・・・ピンと来ないです・・・」

「良いか、一つ目の法則を良く覚えておけよ、人はな『自分の息子以外を自分以上に育てる事はまず無い』。自分を追い越して行きそうな奴に力を貸して追い越させてやる奴などまず居ないと思っとけ。そんな器の大きな奴は部長クラスにはまず居ない、経営者の中でも1割も居ないだろうな」

「そうです・・かね・・・でも会社の利益を優先して考えると認めざるを得ないんじゃ・・・」

「だからなバカだなオメェも。表面的にそう装っていても、心の奥にある本音は誰も、会社の事など考えてねぇんだよ。考えたところで会社が自分に何かしてくれる訳でも無ぇし。だから考えているのは自分自身の事だけなんだよ。良く考えろよ、お前が部長になったとして会社のためとは言え、自分の一言で誰かが自分を通り越して出世し、金も自分より貰えるようになる、そんな一言を上司に言えるか、まず言わんだろ。そして自分はまた何年も順番待ちさせられる、まずあり得ねぇな。自分を追い越さないにしても自分の一言でそいつに金が入る、それが解ってて言ってやれるかどうかを決める基準は最終的に『好き』か『嫌いか』なんだよ。それに左右されないで言える器のデカさを持った奴もそうは居ない」

「確かにそう言われればそうかもしれない・・・いやそうとしか考えられない・・・なぜ今までそうじゃ無いと思い込んでいたんだろう・・・会社は何か公平なルールの基に成り立っているって・・・」

「予想は付くな、それはお前が認められて来たからだ」

「そうだバイトだ。バイトの時は認めてくれたからだ・・・」

「だろうな。だがなそれはな、認める方から見て、最初から自分を追い越せない壁が在るからだよ。社員とバイトと言う壁だ。認めても自分を追い越す事は無いと解ってるから言えるんだ。認める方も自分の器のデカさに安心して酔って居られるって訳だ。お前はそれが世の中だと思い込んだんだろう」

「そっか・・・・だからか。今まで本当に会社って仕事の出来る奴が認められるもんだと思っていたよ・・・」

「頭の良いやつ程そう思い込むんだ。逆に頭の悪い奴はな、認められるには好かれるしか無かった。ずっとそれしか道が無かったからそういうやり方が身に染み付いてるし、その事を肌でよく知ってやがる。そして自信が無い分、誰に対しても追い越されるんじゃ無いかと臆病だ。臆病だから心底誰かを信じるなんて事はしねぇ、だから簡単に裏切りやがるし、人の手柄を自分の物にする事にも躊躇しない。学生時代は『出来ない奴』という印象の奴が意外と出世するのはそう言う訳だな。そして今の日本にある多くの会社の役職に付いている奴はそう言うタイプの人間がほぼだな」

「上司がお前を認めないのは、お前が自分を追いこしそうな危険な人間だと判断したからだよ」

 羽津宮はもうすっかりモモさんの言葉に引込まれていた。

と言うのも羽津宮を沈み込ませていた一番の理由は『自分が評価されない理由がなぜか解らない』と言うものだったからだ。

モモさんの言葉でそれが一つ一つ解きあかされて、その気持ちの沈み込みは逆に、ルールの解ったゲームにもう一度チャレンジしたいと言う気持ちに変わっていた。

 知り合ってまだ数時間、いや記憶が在るのはまだ数分だが、未だかつて無い強烈なインパクトのせいで、長年自分を育ててくれている監督とでも話しているかのような気がして来ていた。

 日曜日の朝にスーツ姿の若者とホームレスが熱く語り合っている様子は奇妙で通り掛かりの人はじろじろ眺めていたが羽津宮はそれにまったく気が付かない程モモさんの話に夢中になっていた。

「でもさ・・・そうだとしたら出世って難しいんじゃない、絶対追い越せないなら。結局出世しそうな上司を選んでついていく意外・・・無い・・・よね」

「そうでもないさ、まぁ上司を選んで付いて行くのも1つの手だが上司が変わったり、上司が出世街道から外れてみろ、悲惨だぞ。一人に絞るのは博打と一緒だ、競馬みてぇなもんだな。上手く言っても一生そいつの下止まりだ。それじゃつまんねぇだろ」

「じゃあどうすればいいの」

「かんたんだ、育てて得をするのがお前じゃ無く育ててる奴ならいいんだ、わかるか」
「ん・・うん」

「分かり辛いかな。お前を育てると言う小さな手柄を周りの奴にお前自身が振りまくんだ、つまりそいつが自分の評価を上げる為にお前を育てるって事を利用させるんだよ」

 羽津宮はその言葉に鳥肌が立つのを感じた。

「・・・はい・・あしたから・・明日から上司が変わるんだ・・どうしたら良い」

「それは一から始めるにはちょうど良いじゃねぇか。そうだな・・これまでのお前のように先輩より目立つような活躍をしてちゃダメだ、嫌みになるからな。出来るだけ小さな手柄を先輩に教えてもらったおかげだと言うんだ、特に上司に報告する時はな。そうすると皆がお前を利用し始めるだろうよ、皆自分では上司にこんな事を心掛けてますとか自分の頑張りを言い辛いから、お前を通してアピールし出すんだ」

「・・・・」

無言でうなずく、興奮のあまり言葉が出ないのだ。

「上司に『いい先輩を持ったな』とお前を通して周りがほめられる状況をたくさん作れ、そうすると知らない間にお前に手柄が集まりはじめるさ」

「わっわ・・わかりました」

「とにかくそう言う狙いでやっていると言う事に絶対気付かれないようにやるんだぞ、まずはそこからだ」

「はいやってみます」

「『解っていて行動している』と言う頭の良いお前を絶対に見せるなよ、バカになりきれ。自分の何を他人に見せないか、それを選ぶセンスのあるやつが成功するんだ」

「っはっ、はい」

「何か状況が変わったらまた来い、良いな。どんな事でもだ」

モモさんはそこまで言うと持っていたノートを閉じた。

ふと時計に目をやるとまだ朝の9時、長い時間を過ごしたように感じていたが、まだ1日が始まろうとする時間だ。

もう少しモモさんと話したい気持ちと、お礼がしたいと言う気持ちもあったが羽津宮は居ても立っても居られなかった。

「ももさん、僕もう一度頑張ってみるよ。モモさんはいつもここにいるの」

「あぁ大体はな。昼間はあちこちうろついてるが・・・まぁここで待ってりゃ会えるわな。絶対に辞めるなよ、それと報告を忘れるな。いいな」

「うん絶対だ、また来るね」

 そう言うと羽津宮は足早に公園を去った。
羽津宮はモモさんの話で、今まで気付けなかった大切な事に気付いたような清清しい気分に包まれていた。
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