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ファーストステージ
出会い
しおりを挟む羽津宮はかろうじて歩けていると言って良い程に酔っていた、急に酷い吐き気に襲われ、意識も在るのか無いのか分からない位ではあったが本能的に人気から離れた。
辿り着いたそこは公園の角、電燈の光りも届かないゴミ置き場の横だった。
暗闇の中で羽津宮は耐えきれず吐いた、何度も吐いた。
そして誰からも見えないその場所でやっと大声で泣く事が出来た。
「誰からも見られない」それが今の羽津宮には小さな救いだったのだろう。
何も気にせず子供のように泣いていた。
その闇の中でふと今までに感じた事のない優しさが背中をさすった。
「酒を飲んで、吐く、無意味なようで・・・そうでは無いなニイちゃん」
「あぁあああっ・・・おえっ・・あああああああゔぁあああ・・・えっぐっ」
「思いっきり泣いて、吐いて・・してみろや」
「ゔぁああああああ・・・なぜだよ・・・金とか・・・そんなんじゃ無いんだ・・えっぐ」
「ああ、金じゃねえやな」
「僕がやって来た・・・事は・・・価値が無かったのか・・ええっぐ・・・意味が・・・なっか・・・た」
「いいや、きっとなそうじゃねえぞ、そうじゃねえ。ニイちゃんは頭が良いんだろ。優秀なんだろうな。だからこそ解らねえ『事』ってのが在んだよ。それが解れば楽なんだがな」
「ゔぁあああああ・・・世の中・・・・バカばっかりだ・・・バカばっかり出世しやがる・・」
「何だ・・ニイちゃんわかってるじゃねぇか・・・わかってるならなぜやらねぇ」
「えぇ・・・なんです・・・ゴォエッ・・オエッ・・」
「いいよ・・もう寝ちまいな」
その夜、羽津宮はすべて吐いた、これまでの鬱憤や、言えずにいた言葉、愚痴の総てをその姿の見えない優しさに吐き出して泣き疲れてその場で寝てしまった。
その日の朝、鼻に残る嫌な臭いと、我慢出来ない程の寒さで羽津宮は目を覚ました。
「んぁ・・・うぁ寒」
「あぁ・・・気持ち悪い・・・いててて・・・鼻が痛え・・」
「目が覚めたのは良いけど・・目を閉じる度に世界が回るぅ・・・しつこく吐き気は襲って来るし・・・・」
「ここ何処なんだよ・・・」
そう言って辺りを見渡した、しらけた公園にゴミが溢れ、酒とビールの甘酸っぱい匂いが立ち篭めている、少しずつ記憶が戻って来た。
「そうだ・・・・花見だな・・・・痛たた」
「もうダメだな」
そうつぶやいて羽津宮は会社を辞めようと心に決めた。
悔しさが体中に行き渡り、敗北感に押し潰されそうになって体が震えた。本当は寒さのせいだろうその震えを羽津宮はそう感じた。そして隠れるように着ていたジャンバーに包まった。
・・ん・・ジャンバー・・
「このジャンバー・・・誰のだ・・・」
同僚の物かと思って下から上まで見るが見覚えが無い・・・それ以前に妙に汚い。
「なんだこれ・・これじゃまるでホームレスだな・・」
「文句があるならな、返せよニイちゃん」
驚いて振り向くとそこに明らかにホームレスだと分かる男が座っていた。
「オレのジャンバーだ文句があるなら返せよ」
「あっいや・・・ごめんなさい」
羽津宮はまだ頭が朦朧としていたが、うっすらと残る記憶を辿り始めた。
「そうだ、ありがとうございました。親切にしてくださって。何かお礼をさせて下さい」
「なんだ気取りやがって、まるでガキじゃねえか」
「あっすいません、失礼しました」
「昨日のニイちゃんの方がよっぽど善かったな・・・男らしく見えたんだがな・・」
その言葉に何か心を掴まれる思いがして羽津宮は立ち上がろうとしていたのを止め、その場に落ち着いて話し始めた。
「あの・・・昨日の僕、酷くなかったですか・・・」
「ああ、これ位以上無いってくれえ酷かったがな、だからな、これ以上ねえって位我慢してたんだろうなって思ってよ。放っとけなくなってな・・・男らしく見えたが・・・今日見たらただのガキに戻ってやがる」
羽津宮は思わず声に出して笑った。
「はっは・・なんだかとても久しぶりに笑ったような気がする。そう言えば気持ちも少しすっとしました」
「そうかい・・・そりゃあよかった」
「所でおじさん名前なんて言うの」
「ん、ニイちゃんホームレスの名前聞いてどうすんだ・・・オレァ・・城戸桃次郎(キドトウジロウ)だ、みんなは「モモさん」と呼んでるがな」
「モモさんか、良い名前だね」
「バカな事・・・言うんじゃねえよ」
そう言ってモモさんは笑った。その姿は髪は長く延び、ヒゲも濃く、日に焼けた顔も真っ黒でいかにもホームレスという感じではあったが髪やヒゲの間から見える顔は凛々しく男前だったであろうと言う事が分かる。寒さのために着込んでいるが良く見ると下にはスーツを着ていて割と小奇麗ではある、羽津宮は少し前にテレビの特番で見た大企業の役員等が社会が嫌でホームレスという道を選ぶというのを思い出し勝手にそれをモモさんをダブらせていた。
「モモさん・・・僕会社を辞めようと思うんだ・・・」
「そうだろうな・・・」
「わかった・・・」
「まぁな」
「仕事ってなんだろうね」
「何だろうな・・・」
「理由・・・聞かないんだ・・・」
「話したいなら聞いてやるよ・・・」
よき理解者でも見つけたかのように羽津宮はこれまでの事を事細かくモモさんに話した、仕事の内容から人間関係まで思い出せることのすべてを一気に、そして一通り話終わって溜め息をつくように言った。
「会社にとって何が良くて何が悪いのか分からなくなったんだ」
「何が言いてえのか・・・おめえの気持ちがちっともわからねえな・・・昨日みたいに本音で言えよ」
「あっうん・・・どう考えても・・・無駄な事ばかりしているやつが認められて行く・・・」
「ああそれで・・・・それでお前はどう思ってるんだよ」
「バカばっかりだ・・・って。バカばっかり認められる、認めるやつもバカだって」
「その通りだな。バカばっかりだ。バカが認められるんだ・・・解ってるじゃねえか」
「そうだね・・・」
「解っていてなぜやらねえ」
「え・・・・・・・・えっどう言う事・・・・・・・」
「だからお前が言った通りだよ、バカが認められるって解っていながらなぜバカになろうとしない、バカが認められるってんならその方法をバカから盗みゃいいじゃねえか」
「えっ・・・だって・・・そんな事したって仕事にならないし、会社のためにもならない・・・でしょ」
「はぁ・・・がっかりさせやがる・・バカより質が悪いな」
「あ・・・・・っや・・すいません・・・解らなくなって来ました」
「今、自分でそう言うやつが認められて行くって言ったばっかだろうが」
「そうですけど、それは正当に評価され無いって意味で・・・なんていうか」
「おいおい、だいたその認める認めないを判断するのは何だと思うよ」
「それは会社・・・成績とかで判断されて・・・だけど認める人間がバカだから、本当に出来る人間が解らないんだよ」
「あのな・・・分かってんのか分かってねえのか・・判断するのは会社じゃ無い、お前がバカだと言う『人』だ。お前はおそらく仕事は出来る、頭もいいし要領も良いんだろう、そんな事は聞かなくても解らあ。この時期に、花見の場で愚痴言って酔い潰れる若いやつなんて大体そうだ。頭は良いかもしれん、だがな肝心な事を解ってねえ。何でも人並み以上に出来るが故にそこが解からねぇんだ」
そう言ってモモさんは羽津宮の正面に向き治し両膝に手を置きながら真剣な表情になった。
「出世なんてな、実はそう難しいもんでもねぇんだ。『法則』みたいなもんが在ってよ、それを頭に置いてりゃあ誰でも上に行ける。それはお前も考えればすぐ分かるような事だ。だが仕事とそれを結び付けて考える事が出来てねぇ。世の中の大半のやつがそうだ。お前がやる気なら教えてやっても良いんだがな・・・辞めるんだったな」
「やっやめる。あっやっ辞めるのを止める。会社続ける・・・」
羽津宮はモモさんの何か秘めてそうなその言葉にドキドキし始めていた。その言葉はどこか確信を持っているようだったからだ。羽津宮にそう思わせたのはモモさんの風貌にも要因があった、羽津宮がモモさんに最初に持ったイメージ「元大会社の役員」を思わせる雰囲気がその言葉に確信犯的な凄みを持たせていたのだ。
「教えてやるが途中で逃げるのは無しだ。いいな」
「はい」
「オレは人に相談しといて実行しねぇ奴は嫌いだ。それほど人をバカにした行為はねぇんだ。やらねぇなら2度と相談には乗らねえ。いいか」
「はい。解りました、やります」
「じゃあ教えてやるよ」
モモさんはそう言うと立ち上がり、後ろの木と木の間に在るブルーのテントの中に入り分厚いノートを持って戻って来た。
それはノート数冊分をガムテープで張り合わせた物で、シミや破れも在り随分昔の物の様に見える。
「オレが書いたノートだ。オレもお前みたいに悩んだ時があったんだがな、ある時気が付いたんだよこの法則に。そしてそれをノートに書いた。計画書だよ。このノートがオレの出世の計画書だ」
そのノートの表紙にはStealth Sense(ステルスセンス)と雑に書きなぐられている、
・・・人から見えなくする感覚・・かな・・。
「人間なんて時代が変わってもそれほど大して変わらねえ。だから計画書通りにやってりゃまず間違いねえさ。いいか、大事なのは他人に自分のどの能力を見せるかじゃない、どの能力を隠すかなんだ」
そう言ってモモさんは僕に見えないようにノートを開いた。
「まずはここからだ・・・まずはこれを頭に入れておけ、1つ目の法則だ。良いか、良く聞け。」
「はい・・・・・・・・・ゴクッ」僕は少し緊張して唾を飲込んだ。
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