刀剣遊戯

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1st game

P.M. 14:00

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 伝承館に併設された日本刀鍛錬場には、日本刀の製造工程を直に見ようと大勢の観客が詰めかけていた。


「では今から日本刀の打ち方についてご説明します」


 手慣れた感じで話し始める友重の後ろで隆二は緊張した面もちで待機していた。


「そう固くなることはないよ。俺たちは師匠の手伝いをするだけだから」


 強ばらせた肩をポンと叩くのは梶原優太かじわらゆうた。弟子を取らない主義の友重に三年間も頼み込んで弟子入りしたという刀匠の卵だ。年齢は隆二の三つ上で、厳つい顔つきとは裏腹に気さくで話しやすい好漢だった。

「ああ、そう言えば君は今回直接刀を打つんだったっけ? だったら緊張するのは仕方ないな!」

 そう言って優太は隆二の背中をバンバン叩く。緊張をほぐそうとしてくれているのだ。
 一人じゃないというのは本当に心強い。隆二は心中で優太に深く感謝した。


「日本刀の素材にはこの和鉄を用います。一般で利用されている洋鉄では作ることはできません」


 友重が観客に掲げて見せたのは『けら』と呼ばれる砂鉄で作られた広義の鉄である。これを粉砕、選鋼して、それぞれ含有炭素量によって「狭義の鉄」「鋼」「すく」の三つに区分するのが日本刀製造の第一段階である。


「それでは今より日本刀の製造を始めます。まずは水へし、小割りから……」


 友重はすでに分類済みの三種の鉄の中から鋼を手に取ると、熱して厚さ5ミリ程度に打ち延ばし、次にそれを2センチ四方に小割りして、その中から良質な部分を選び出し、皮鉄用と心鉄用に選別していく。


「次に積沸しを行います」


 友重は小割りにした素材をテコに積み上げて炉で熱していく。この過程で素材が充分に熱されて一つの塊となる。
 これで準備は整い、鍛錬へと移ることができる。優太は師を手伝うべく腰をあげた。


「ではこれより皮鉄の鍛錬を始めます」


 鋼内の炭素の含有量を調整し不純物を除去するためには鍛錬を行わなければならない。鍛錬の方法は充分に沸かされた素材を平たく打ち延ばし、さらに折り返して二枚に重ねる。この作業を何度も繰り返すことで鋼は鍛えられ強靱となっていくのだ。
 友重が指示し優太がハンマーを振るう。熱した鋼に切れ目を入れて、何度も何度も折り返す。その過程を隆二は息を呑んで見守っていた。

 皮鉄の鍛錬が終わると今度はそれを心鉄と組み合わせる作業が始まった。
 日本刀は「折れず、曲がらず」という条件を満たすために、炭素量の少なく柔らかい心鉄を炭素量が多く硬い皮鉄で包んで鍛造する。硬ければ折れやすく柔らかければ斬りにくいという刀のジレンマを解消するために生まれた先人の知恵である。
 皮鉄と心鉄の組み合わせが終わると、いよいよ隆二の出番となる。


「ここから素延べと火造りに入りますが、今回は特別に僕の代わりに新しく入った弟子に打ってもらおうと思います。入門して間もなく未熟者ですが、どうか優しく見守ってやってください」


 ――出番だ!
 緊張でガチガチに固まりながらも、隆二はどうにか立ち上がり観衆の前で一礼した。一目でわかるその初々しさから「大丈夫か」「しっかりしろ」等と叱咤激励の声が聞こえてくる。
 一瞬、心が折れそうになったが、ギャラリーの中に無月が居ることに気付いて気を取り直す。

 ――が、がんばるしかないな。
 隆二は両手で顔を叩いて気合いを入れると、優太と共に素延べの作業に入った。
 素延べとは皮鉄と心鉄を組み合わせたものを平たい棒状にすることである。隆二は大きなハンマーを両手で握り締めると、赤熱した鋼の塊に向けて勢いよく振り下ろした。

 カァン。
 小気味良い音が耳朶に響く。
 なかなかどうして気持ちいい。

 いや、気持ちよくなっている場合ではない。この鋼を優太の指示通り日本刀の長さまで打ち延ばさなければいけないのだ。
 隆二は怪我をしない、またさせないよう細心の注意を払いつつ、必死にハンマーを振り下ろし続けた。


「こんなもんかな」


 言って優太は鋼から手を離して立ち上がる。
 鋼の塊がちょうど日本刀の長さになったところで、いよいよ本番の火造りへと移る。
 日本刀の造込みの作法に従って鋼の形状を整える。これを火造りといい、今回隆二が任されたもっとも大きな仕事である。
 小槌を用いてまずは刀の切っ先を打ち出し、次に全体の刃の形状を整える。
 時間がなかったため一度しか練習していないが、自分でも驚くほどスムーズに作業が進んでいった。

 先ほどまでただの鋼の延べ棒だった塊が、隆二の手により美しい刀の形状へと変わっていく。
 図画工作は決して得意なほうではないと思っていたが、未だかってないほど集中しているせいか、それとも元より刀を打つ才能があったのだろうか。隆二は自分の隠れた実力に我ながら驚いていた。
 一通りの作業を終えると、隆二は完成した刀身をギャラリーに見えるよう掲げて見せた。同時に大きな歓声があがり拍手が巻き起こる。

 ――とてもいい気分だ。
 疲れと緊張で汗だくになった隆二だが、その心は得も言われぬ満足感に満ちていた。
 自分の作ったものが他人に認められるというのはこの上ない快感だ。自分が刃物嫌いであるということを忘れてしまいそうなほどに。
 最初は肝を冷やしたけど、無月はいい企画を持ってきてくれた。
 一見粗暴な性格のように思えるが、彼女は彼女なりに人の気持ちを考えて行動してくれている。無月のそういうところに隆二は惚れているのだ。


「どうでしょう師匠? 我ながら上手く出来ていると思うのですが」
「……後は、僕たちのほうでやっておくよ」


 どうやらぜんぜん駄目だったらしい。
 鰻登りのテンションが一気に底辺近くまで下がった。どれだけ頑張ってもしょせんは素人芸ということらしい。


「うーん、筋は悪くないと思うのだけど……たぶん無意識なんだろうね。切っ先は丸いし刃もろくに出来てない。これじゃあ人はおろか野菜すら斬れないよ」
「す、すいません……」
「いいさ。これはこれで君らしい刀だ。無月くんもきっと満足してくれるさ」


 にこりと笑い友重は隆二の打った刀を大事に受け取った。
 刀に対しては強いこだわりを持つ友重が怒らないのは、初めて刀を打つ隆二を思いやってのことだろう。良い人に巡り会えたと改めて思う。


「ただ、日本刀造りはこれで終わりではないぞ。ここから更に土置き、焼き入れ。仕上げ、銘切りと続き、それでようやく刀身が完成する。もちろん刀身だけじゃ日本刀とは言えないから、ここから先は他の職人の仕事になる。研師、彫刻師、白銀師、鞘師、塗師、柄巻師、金工――多くの人々の手を渡っていき、それでようやく一振りの日本刀が完成するんだ。どうだい、気が遠くなる話だろう?」


 ――たった一振りの日本刀を作るのに、それほどの手間暇がかかっているのか。
 隆二は思わず天を仰ぐ。日本刀の値段は高いものでは数百万以上もすると言われているが、その値段が決してぼったくりではないということを、今回は身をもって理解することができた。


「だからこそ日本刀は武器の範疇を越えて総合芸術と呼ばれているんだ。今の君なら刃物への恐怖を乗り越え、これの美しさを理解できるかもしれない」


 友重は腰に提げていた一振りの刀を隆二に手渡した。
 黒塗りの鞘に納められたそれは友重が打ったものらしい。銘こそないがよく出来ているため、愛刀として手元に置いてあるそうだ。
 友重に促され、隆二は無銘の刀を鞘からゆっくりと引き抜く。
 燦々と輝く太陽に照らされて、その美しい刀身は白日の下に晒された。


「……すごい」


 重厚な刀身。乱れひとつなく真っ直ぐに伸びた直刃の刃文。斬れぬものなど何もないと思わせるほどに鋭い刃先。きらびやかな装飾こそないが、研鑽し洗練された機能美がそこにはある。
 先ほど自分が打って得意げになっていた刀もどきが酷くくだらない代物に思えるほど、それは圧倒的な存在感を放っていた。


「日本刀展示会で嫌々見ていた時には気付かなかった。友重さんのおっしゃるとおり、これはまさに鋼の芸術ですよ」


 隆二はいたく感心して憑かれたように刀身に魅入る。
 無月は直刃はつまらないと言っていたがとんでもない。むしろこの素っ気ない感じが日本独特の雅を感じさせるではないか。
 すでに日本刀に対する恐怖はなかった。隆二の中で刀というものが危険な刃物ではなく、絵画や石像といった芸術品であるという認識に移り変わっていったからだ。


「お客さんによく見えるよう構えてみなさい」


 友重に言われるがままに隆二は刀を上段に構える。
 日本刀は思っていたよりもずしりと重く、しかし不思議と手に馴染んだ。


「どうだい、想像していたよりぜんぜんいいだろう。刀というのは観るだけでも充分楽しいけど、触れてみて初めてその良さがわかる」

「はい! 日本刀の凄さはテレビで何度か観たことがありますが、それが今回身にしみてわかりました」

「感動するのはまだ早いよ。実際に使ってみなけりゃ、その斬れ味を実感できない」

「でも試し斬り用の標的は用意してませんよね?」

「おいおい、今日はお祭りだよ。斬るものなんていくらでもあるじゃないか。心配せずともその辺に抜かりはないよ」


 無月も先ほど居合いの実演を観に行っていたし、そこから借りてくればいいだけの話か。
 隆二は納得して頷いた。


「ほら見なさい。そこにちゃんと用意してある」


 しかし――試し斬りとはいえ、何の心得もない素人の自分がきちんと日本刀を使いこなせるだろうか。
 そんなことを考えながら友重の指さす方に身体を向けると、素早く背後に回った友重に刀を持った腕を強く握られる。


「刀というのはね、こう扱うんだ」


 言うが早いか友重は上段に構えていた隆二の腕を強引に振り下ろさせた。
 刃の先にあった試し斬り用の標的――梶原優太は、呆けたような顔で口をパクパクと開閉しながら、しばらくすると胸元から大量の血を噴水のように吹き出しながら、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「あの……友重さん? こ、これはいったい――」


 返り血を全身に浴びて血塗れになった隆二は、焦点の合わない瞳で友重のほうを振り返る。


「日本刀は総合芸術。作って、鑑賞て、手に持って、使ってみて初めて完成する。もちろん使う対象は人間に決まっている。刀は野菜や竹を斬るために生まれたものじゃないからね」


 まるで当然のことだろと言った感じで友重は言う。
 最初は夢見心地だった隆二だが、友重の言葉により、ようやく自分がしでかした事の大きさに気付き、全身を大きく戦慄かせた。


「ど、どうしてこんなことを……!」


 呻くように呟く。
 血を吸い鈍く輝く分厚い刀身の重み。阿鼻叫喚の地獄絵図と化した会場の様相――そのすべてが酷く歪だが、確かな現実となって隆二に襲いかかってきたのだ。
 自らの血で作られた池に沈む、優太の光を失った瞳が隆二の姿を映す。


「おまえも一緒に来い」と無言で訴えかけている。


 それは死者からの地獄への誘いだった。


「どうして? 最初から言っているだろう。君に日本刀の良さを知ってもらうためだって。そして実際に人を斬ってみれば実感できるだろう。
 包丁が刀と変わらぬ切れ味なわきゃねえええええええええだろおおがよおおッ!」


 その言葉を最後に、隆二の意識は再び闇へと飲み込まれていった。
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