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<20/リリエンヌ>
しおりを挟む…嫌われてるのは知っていたけど、どうして、この人はこんなに、私を目の敵にするのだろう?
す…っと、指先から血の気が引いて、冷たくなっていくのが判った。
クローディアスを、味方につける?
そんな事、考えた事もなかった。
私は、クローディアスの絶対的な味方。
でも、この子に味方になって欲しいだなんて、思った事はない。
ルーカス殿下が、ロザリンド様の視線をその背で遮ってくれている。
誰か一人でも、同じ側に立ってくれていると思う事が、これ程に心強いのだと、これまで、知らなかった。
生まれた時から二人の王子の傍にいて、五年分のアドヴァンテージがあるロザリンド様。
自分達の息のかかった家庭教師の手で、徹底的に偏った教育を施し、嘗てのリリエンヌを人形のように心動かない存在にした。
人脈を築く為の学園生活をろくに送れなかったのも、ラダナ夫人が膨大な課題を課したからだ。
ロザリンド様が結婚した王子こそ、次代の国王だと言われているのに、未だに「何も出来ない」と言う私を警戒する、その理由は何なのだろう。
生理的に気に食わないから、この世から消えろ、って事?
…正直、そこまでロザリンド様に阿らなくてはならない理由が見つからない。
私は別に、ロザリンド様に認めて欲しいとも、彼女を越えたいとも、思っていないのだから。
確かに、両陛下と孫達の初面会で、私は目立ってしまったと思う。
でも、アルバートの事をロザリンド様が把握していないのは、私のせいじゃないよね。
アナスターシャ様が、あそこまで子供達の養育に関心を持っていたとは予想外ではあったけど、孫との面会なんだから、孫について尋ねられる可能性なんて、十分考えられたでしょうに。
…あ、それとも、アルバートの父親の件があるから、私とクローディアスを引きずり下ろしておきたい、ってそう言う事?!
まじまじとロザリンド様の顔を見つめ、どう返すのが正解なのか考えていると、思いがけず、ルーカス殿下が声を上げた。
「ロザリンド。リリエンヌへの侮辱は、俺への侮辱と受け取るが、いいか」
「え…?」
予想だにしない言葉に、ロザリンド様だけではなく、私も思わず、茫然としてしまう。
…いや、確かに、そうだ。
彼は、配偶者への侮辱を、そのまま放置するわけにはいかない立場の人だ。
幾ら、私的な場とは言え、此処には乳母や護衛騎士もいるのだから、何処からどんな形で漏れるとも知れない。
でも、婚約者時代に、ロザリンド様の暴言からここまで明白に庇われた事がないから、少し驚く。
「ローズ。今の言葉は私も看過出来ない。君は、どんな権限があって、あのような根拠のない言葉を口にしたんだ?王子妃として相応しくないとは思わない?」
セドリック殿下も、厳しい口調でロザリンド様に迫る。
根拠のない言葉。
誰にも愛されない?
事実だしねぇ…。
じゃあ、男児を産んだらお払い箱、かな?
…う~ん、私自身も、お払い箱になるだろうと思ってるんだけどな。
でも、取り敢えず、言わなくちゃいけない言葉がある。
「…ロザリンド様。わたくしの事をどのようにお思いになっても構いません。ですが、どうぞ、子供達の耳に相応しくないお言葉はお控え下さい」
「何を言ってるの?赤ん坊なんて、意味のある言葉も喋れなければ、こちらの言葉も判らないでしょう」
「そうですね、全ての言葉を理解しているわけではございません。けれど、その言葉に付随する感情には、敏感に反応致します。声の調子や高さから、相手の気持ちを推し量っているのです。わたくし達が、外国語を学ぶ時のようなものだとお考え頂ければよろしいかと。クローディアスも、幾つか理解している言葉がございますよ」
まだ三ヶ月にならないクローディアスだけれど、私の言葉を幾つか、理解している素振りを見せる。
赤ちゃんには、何を言っても理解出来ないなんて、嘘だ。
「へぇ、それは面白い話だね。例えば、どんな言葉が判るの?」
セドリック殿下が、ギスギスした場の空気を変える為だろう、話に乗ってくれる。
「クローディアスは、おしめを替える際に『おしりを綺麗にしましょうね』と言うと、お腹に力を入れておしりを浮かそうとしてくれます」
もう直ぐ首が据わるからか、大分体が動くようになってきたクローディアスは、おむつ替えの時におしりを浮かせて交換しやすくしてくれる。
最初は偶然かな?と思っていたけど、日に何度もする事だから、覚えているのだと思う。
「賢いなぁ」
「バカバカしい、そんなもの、偶然に決まってるわ!」
激昂したロザリンド様が、大声を出したその時。
「ふ…ふぇっ、え…っ」
「うぁ~ん!」
クローディアスとアルバートが、同時に泣き始めた。
「クローディアス。どうしたの?」
揺り籠に横になっていたクローディアスを抱き上げ、背中を軽くとんとんと叩きながら、ゆらゆらと横揺れする。
「クローディアス。ママは此処よ。もうおねむかしら?」
ゆっくりと、優しく、少し高い声を意識して。
高い音は、赤ん坊の耳によく届くらしい。
クローディアスは、ぐりぐりと私の胸元に頭をこすりつけ、服をぎゅっと小さな握りこぶしで掴んで離さない。
「え…っえ…っ…だぅ…」
クローディアスの目尻に溜まった涙を、ルーカス殿下がハンカチで拭い、ガラガラをりんりんと鳴らして気を引こうとしている。
これまで、ご機嫌なクローディアスしか抱っこして貰った事はないけれど、ルーカス殿下なりに、泣き止ませようとしてくれているのか。
一方で、泣き続けるアルバートを抱き上げてよいものか、アルバートの乳母ナリスはロザリンド様の顔をおろおろと窺っている。
ロザリンド様は…あぁ、手を出さないのね。
そうか、抱っこした事なさそうだし、初心者で、よだれと涙まみれの赤ちゃんに触れるのは躊躇うかな。
それに、あれだけ宝石で美々しく飾られた衣装では、泣いて暴れる赤ちゃんを抱っこするには向かない。
寧ろ、煩そうに眉を顰めてアルバートを見ている。
見かねたのか、セドリック殿下が、ナリスの顔を見た。
「アルバートを頼んでいいか?」
ご自身で抱っこする事は、躊躇したのだろう。
「は、はい!」
ホッとした顔で、アルバートを抱くナリス。
アルバートは、安心したように泣き止んだ。
あぁ…やっぱり、お母さんはナリスだと思ってるのね。
赤ちゃんは、血の繋がりがあるから相手を好きになるわけじゃない。
お世話してくれる人=好きな人、だもの。
「すまない、リリー。詫びは後日するよ。今日の所は、お疲れの二人の赤ん坊に免じて許してくれるかい?」
「どうぞ、お気遣いなさいませんよう」
ロザリンド様の攻撃が、私だけに向かうのならば、まだいい。
でも、アルバートの件がある以上、クローディアスの事が心配だ。
セドリック殿下、ロザリンド様、アルバート。
私には、この三人が並んでいても、家族には見えない。
でも、ゲーム知識がなければ、誰も不審に思わないのだろうか?
そんなにも、セドリック殿下もルーカス殿下も、子供に興味がないの?
…あぁ、だからこそ、六歳までバレなかったのか…。
…いや、もしかして、今のルーカス殿下なら、気づく…?
「…ローズ。君に、話がある」
ロザリンド様。
だから、そこで私を睨まれましても。
身から出た錆ってやつでしょ?
私、何もしてないよね?
肩を怒らせ、アルバートを放置して退室するロザリンド様の後を、ナリスが慌てて追い掛ける。
最後に、護衛騎士のマーティアス卿が、こちらに深く頭を下げた。
…意味深だ…。
色んな意味で受け取れるけど、意味深だ…。
「リリエンヌ。王子宮まで送ろう。馬車を回すから、先に車寄せに行っていてくれるか?」
「はい、承知致しました」
私だって、クローディアスの初めてのお出掛けに向かうのは、ドキドキだった。
同じ王宮内とは言え、馬車で二十分の道のりだもの。
それに、馬車にはベビーシートがないのよ!当然だけど!
シートベルトもないのよ!
車程の速度は出ないとは言え、王宮内だから関係ない馬車は走ってないとは言え、怖いじゃない!
ベビーシートやチャイルドシートに乗っていない子供が、事故の瞬間、車のフロントガラスを突き破って道路に投げ出される実験映像が目の前を過って…王宮へ行く話が出てから顔色が悪かったせいで、ルーカス殿下に随分と気を遣われた。
結局、あぁでもない、こうでもない、と考えた結果、馬車を改造しました、えぇ…。
そもそも、ルーカス殿下がクローディアス専用ベビーカーをゴムタイヤにするついでに、馬車もゴムタイヤに変えてくれてたんだけどね。
ついでに座席に、腰ベルトタイプのシートベルトをつけて貰っちゃいました。
三点式は、ちょっとどう設置すべきか判らなかったので、まだ説明のしやすかった腰ベルト式で。
ベビーシートは、どうすればいいか案がないから、腰ベルトで私の体をしっかり固定して、クローディアスは抱っこ紐でしっかり抱っこして、と言うスタイルで、本日はやって来ましたよ。
次の目標は、ベビーシートの製作です。
殿下は、
「馬車の事故と言えば、轢かれた者が重傷を負う事ばかりに注目していたが、客車に乗っている者の事も考えた方がいいのだな」
と、何だかいいように受け止めてくれたけど。
単純に、クローディアスに何かあったら、と不安になってしまう心配性なだけですよ。
あぁ、でも、今日のルーカス殿下は、想像以上に『パパ』をしていた。
人前だから、と張り切っているわけでもなく、王子宮での過ごし方と同様ではあったのだけれど、比較対象のお陰で、よりよく見えたと言うか。
まさか、赤ちゃん抱っこするだけで、パパに見えるとはびっくりだった。
セドリック殿下も、全く興味がないわけではなさそうだけどな。
ご本人はもう少しアルバートと交流したいのに、させて貰えていないようだ。
…まさか、実の父親がセドリック殿下ではない事に、ロザリンド様は気づいていて、接触を避けさせてる?
いやいや、母親であるロザリンド様が、余り触れ合っていないのだから、そもそも、触れ合いの頻度がこの程度なのかな…王族の育児って、思っていた以上に距離感がある。
アナスターシャ様のお話を伺ってると、お世話日誌を読む=育児、位の感じで驚いた。
抱っこはされてたみたいだけど…もしかすると、私が思ってた親子関係と、陛下ご夫妻と両殿下の関係は違う…?
これまで、ルーカス殿下は、ご両親と睦まじいと思っていた。でも、親しみを覚える基準の前提が、そもそも大きくずれているのかもしれない。
あぁ、でも、王族らしい育児ではなくても、私がクローディアスをお世話する事に反対はされなかったから、ちょっと安心。
そこが今回の面会で、最も怖い所だったから。
色々と思う所があるのは確かなのだけど、将来を考えれば、ルーカス殿下と同じように、陛下達にもクローディアスへの関心を持って欲しい。
私が傍についていられなくなっても、多くの身内が見てくれていれば、ヤンデレフラグは折れる筈なのだから…!
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