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<16/リリエンヌ>

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 で~き~た~!
 出来たよ!
 偶然だけど、ゴムタイヤ仕様のベビーカーと、スリングが、同日に納品された。
 これで、クローディアスの安全お散歩グッズが充実した~!
 移動手段が出来るまで、生身のクローディアスを抱っこして外に出るのは怖かったので、部屋の窓際に椅子を置いて、のんびり日向ぼっこで日光浴を済ませていたのです。
 それはそれで、ぽかぽか暖かくて良かったんだけど、眠気を誘われてね…抱っこしたまま、寝落ちするとか、危険過ぎる。
 窓の傍に日光浴用の寝台を置く、と言う案もあったのだけど、幾ら傍に人がいるとは言え、クローディアスを窓際に置くのは、警備上の面から不安があったので、止めました。
 ルーカス殿下が手配してくれたゴムタイヤ仕様ベビーカー、振動が激減してて感動…ベビーカー工房の男性も、にこにこ満面の笑みだった。
 半年後位には、ゴムタイヤが一般にも流通するらしいので、いずれは全てのベビーカーのタイヤをゴムタイヤにするんだって。
 ゴムタイヤにはゴムタイヤのデメリットもあるのだけど、振動激減と言うメリットには代えがたいらしい。
 クローディアス専用のこのベビーカーは、ゴムタイヤだけではなく、他にも特殊な素材を使っているのだけど、これは一般向けには販売しないと聞いた。
 うん、素材が高価すぎるし、かなり重いものね…まさか、試しに言ってみた機能が搭載されるとは。
 ルーカス殿下の生真面目さを、甘く見ていた。
 オスカーおネエ様が作ってくれたスリングは、どんな衣装にも合わせられるような、上品な薄茶の生地で仕立てられていた。
 ドビー織の綿生地は、光の具合で光沢が見えるし、吸水性もいいらしい。
 赤ちゃんは汗を掻きやすいから、吸水性がいいって言うのはポイントが高い。
 ハークリウス王国の人間としては小柄な私の体にも、金属の輪っかで肩紐の長さ調整をする事で、ぴったり体に添わせて着用する事が可能。
 きちんと着用すれば、屈むとか大きな動きをしなければ、落ちる危険性は低いだろう。
 …まぁ、私の性格上、手は常にクローディアスを支える位置にあるだろうけど。
「リリエンヌ様、凄いわよ、これ!流石にワタシとリリエンヌ様じゃ、体格が違い過ぎるから共有は出来ないけど、幅広い体格の人間が、同じ道具を使える、って画期的!ね、ね、妹も欲しいって言ってるんだけど、販売しちゃってもいい?!」
 おネエ様、嬉しそうだ。
「勿論ですわ。少しでも、赤ちゃんと育児に携わる皆様の負担が軽減されるのであれば、わたくしにとっても本望です」
「オスカー、その際は、リリエンヌ様考案である事を明言するように」
 ハイネが釘を刺すと、オスカーは、ふふ、と笑った。
「判ってるわよ~!授乳服でしょ、おしめカバーでしょ、抱っこ紐でしょ、もう、リリエンヌ様々!ワタシは、心は女でも体は男だから、赤ちゃん育てるなんて夢のまた夢だったけど…」
 そう言って、目を細める。
「こんな形で育児のサポートが出来るなんて、最高だわ。ほんと、有難う、リリエンヌ様」
「いいえ、こちらこそ、有難う。わたくしは、こんなものがあったら…と想像しただけだもの。それを形にして下さったのは、オスカーだわ」
「アイディアを形にするパートナーに選んで頂いて、本当に感謝しているの。ワタシがこれからすべき事が、明確に見えて来た気がする」
 それでね、と、オスカーは言葉を続けた。
「これ、なんだけど」
 差し出されたのは、クリームと淡い黄色の木綿で作られた、サイズも形もお饅頭みたいなものだった。
 丸っこい耳と刺繍の目鼻、細いベルトがくっついている。
 これは、もしや?
「中に、綿と鈴が入っているの。振ると音が鳴るわ」
 オスカーに言われるがまま、軽く振ってみると、りんりんと澄んだ音が聞こえる。
「赤ちゃんでも負担にならないよう、軽く作ってみたつもり。手首でも足首でも、ベルトで固定してみて。手足を動かすと、音が鳴って楽しい筈よ」
 やっぱり!くまさん型のガラガラ!
 目を輝かせてオスカーを見ると、彼女は、にっこりと微笑んだ。
「ルーカス殿下から、ご相談を受けたのよ」
「殿下、から…?」
「えぇ。『手足を動かした際に音が鳴る玩具が欲しいのだが、案はないか』ですって。リリエンヌ様が希望したのでしょう?きっと。『まだ手足が細いから、出来るだけ軽いものがいい。音は高い方が反応がいいようだから、鈴はどうか』って、アイディア出したのよ、あの、殿下が」
 親し気な口調なのは、オスカーが以前、騎士だった関係だろうか。
 殿下と、知り合いだったのかもしれない。
「ねんねの赤ちゃん用の玩具なんて、何処にも売ってないじゃない?だから、あぁでもない、こうでもない、って色々試して、こんな感じで落ち着いたの。どうかしら、イメージした感じになってる?」
 優しく微笑まれて、嬉しくて胸が震える。
 そうか。
 この世界には、赤ちゃん用の玩具が存在していなかったのか。
 だから殿下はいつも、大きな子向けの玩具を買って来たのか。
 私の言葉を聞いて、新しく作ろう、だなんて…思っていた以上に、クローディアスを大事にしてくれている。
 父親に、なろうとしてくれている。
 あの子が生まれるまで、何の関心もなかったようなのに。
 それは、前世の記憶を取り戻す前の私も同じなのだけれど、子供は愛されて育つべきと思っている今、彼の気持ちの変化は嬉しい。
 『パパの自覚に目覚めよう』作戦、成功って事だよね?
 一人で二人分の愛情を注がなければ、と意気込んでいた事を思えば、幸せな事だと思う。
「リリエンヌ様、こちらも」
 ハイネが渡してくれたのは、単純な形に図案化された木製の鳥だった。
 平らな鳥には、握りやすいように穴が開いている。
 角は全て丸く研磨されており、表面もつるつるになるまで磨かれているから、何処を握っても怪我する事はないだろう。
「これは、歯固めね…」
 木のいい香りがする。
 滑らかな手触りの木地は、触覚を刺激してくれる事だろう。
 クローディアスが舐め舐めしても、小さな可愛いベロが怪我する事はない。
「こちらは、ルーカス殿下がお作りになりました」
 ん?
「え?」
「ルーカス殿下が、お作りになりました」
 先程よりも、一音一音をはっきりと発音するハイネ。
 いや…言葉は聞き取れたのよ…でも、意味がよく…。
「でんか、が…?」
 まさか、殿下が自らこの可愛い小鳥さんを、作った…って言うの?
「はい。木目の細かく軽い木材をお選びになり、若君の手で持てる位の大きさに切り出し、その後はひたすら仕事の合間にやすりを掛けて、角を取ったそうでございます」
「殿下が、ご自身で…」
 胸が、何とも形容しがたい思いで一杯になった。
「クローディアス…素敵なお父様で良かったわね…」
 こんな事までしてくれるだなんて、想像以上だ。
 寝台で眠っているクローディアスに声を掛けると、ハイネは何だか、ホッとしたような笑みを浮かべる。
「そのお言葉で、殿下もお喜びになる事でございましょう」
「本当に凄いわ。オスカーにお願いして頂いただけではなく、まさか、殿下ご自身が手掛けて下さるなんて」
 ――…私はもしかすると、ルーカス殿下と言う人を、見誤っていたのかもしれない。
 結婚まで、言葉を交わした回数は数えるばかり。
 いずれも、ロザリンド様と言うオプション付きだった。
 結婚相手に決まってからも、事務的な会話だけ。
 彼の言葉の端々から、私を公の場に出したくないのだと言う気持ちが滲んでいたから、出来るだけ邪魔にならないように、控えめに振る舞ってきたつもりだ。
 『妻』として拒否された初夜の一言は、今でも引きずっている。
 でも。
 もしかすると…単純に私の事が触れたくもない程に嫌いだから遠ざけていたのではなく、他の理由があったのかもしれない。
 だってルーカス殿下は、私の希望を汲んで、私がクローディアスの傍にいる事を認めてくれた。
 その上で、私の子でもあるクローディアスに、関心を向けてくれている。
 ベビーカーの事も、玩具の事も、彼は彼なりに、クローディアスの為になるよう、動いてくれている。
 想像以上に、私の意見を聞き入れて。
 両陛下との関係が良好なのだから、元々、愛情を知らない方ではないのだ。
 …と言う事は、ゲームでのクローディアスが両親に愛情を向けられなかったのは、ひとえに母親である『リリエンヌ』が、上手に彼を愛せなかったせいなのだろう。
 何しろ、『リリエンヌ』のアーケンクロウ公爵家での扱いは、酷いものだった。
 生まれた時からあの環境だから、『リリエンヌ』自身にとって、それが『普通』だったのは確かだ。
 でも、普通だから傷つかない、ってわけじゃない。
 だって、付き合いがあるごく少数の人間、ルーカス殿下、セドリック殿下、ロザリンド様が、自分と違う扱いをされている事には、気が付いていたのだから。
 じわじわと『リリエンヌ』の心は殺されていて、愛のない結婚、愛のない妊娠で産まれたクローディアスを、愛する事なんて出来なかった。
 愛された記憶のない『リリエンヌ』が、誰かを愛するなんて、土台、無理な話なのだ。
 『リリエンヌ』がクローディアスを愛せず、ルーカス殿下との間を取り持つ事も出来なかったから、結果的にクローディアスは、愛を知らずに育ってしまった。
 でも、私には、愛を向けられなかったクローディアスがどのように成長したか、と言うゲームの知識があるから、一生懸命、彼に愛を伝えている。
 いずれ、クローディアスから引き離されるだろうから、今のうちに、ルーカス殿下とクローディアスの関係性を良くしようと努力している。
 その目論見は、現在の所、順調に叶えられているようだ。
 だからと言って、油断は出来ない。
 リリエンヌもルーカス殿下も、『虹の彼方に』では、名前すら出て来ない。
 幼少期のクローディアスがどのように育ったのかも、私が持つゲームのクローディアスの情報から推測しただけの事。
 もしかすると、ゲームのクローディアスだって、赤ちゃんの頃は愛情を掛けられていたのかもしれないのだから。
 ルーカス殿下は、予想外に、クローディアスを大切にしてくれている。
 それは、今後を思うととても喜ばしい事だ。
 どうすれば、その愛情を、永続的なものにする事が出来るのだろう。

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