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 早急にリタを呼び出し、意思確認する必要ができた。
 すなわち、『王宮魔法師の調査を受け、光属性の魔力量増大に本当に影響をもたらしたのか調べるか』、もしくは、『知らぬ顔を通して、今後は光属性の人物が集まる場に近づかないか』。
 王宮魔法師――おそらく調査するのは、その頂点である魔法師長になるだろう。彼ならば、リタが先天的な白の令嬢ではない事に気づかないとも限らない。
 ケニス・ロードが所属していた研究所は、主に医療関係の研究を行っている機関だが、魔導器官に関連する研究であれば、王宮魔法師も目を通している可能性は高い。
 禁書になるほどの話題性があった研究だ。
 そこから、リタと魔導器官の移植を結びつける事は、突飛な発想でもないのではないか?
 リタが魔導器官の移植手術を受けた事――臓器提供者として――が判明すれば、その相手の詮索も行われるだろう。
 アシュトン、そして、フレマイア家が、悪魔の所業といわれた手術を行った事が暴露されれば?
 最大の支持者の醜聞を受けて、兄上の立太子に水を差されるのではないか?
 水を差されるだけならまだしも、情勢を引っ繰り返されてしまわないか?
 祖父ならば、悲劇の令嬢としてリタを持ち上げ、その婚約者である俺を王太子に押し上げようとするのではないか?
 例え、王宮魔法師に手術の件を口止めする事ができたとしても、問題がないわけではない。
 確かに、自身で魔法を使用する事はできずとも、他者の魔力量を増大させる事ができる、と判明すれば、リタの価値は飛躍的に上がり、誰もが彼女を認めるようになる。
 だが、単なる白の令嬢に、光属性の魔力量を増大させる能力がある、と勘違いされてしまうのは問題だ。
 おそらく、この能力はリタが元々、闇属性である事が原因による生得的なもの。
 他の白の者達に、魔法属性があるのかどうかすら、調査された事はない。
 詳細を知らない人間が、白の者全員にそのような能力があると思い込んでしまえば、白の者の誘拐に繋がる恐れがある。
 闇属性の者の俗説も、多数の拐かしが発生したのだ。
 より希少な白の者を手に入れようと、争いが起こる事も考えられた。
 ――ここまで考えて、気がついた。
 あれこれと理由を連ねているが、俺は、リタにこんな形で表舞台に身を晒して欲しくないと考えている。
 彼女の価値を社会に認めて欲しい、いや、わからせてやる、と思う一方で、国にとって有益だから、という理由で利用させたくない、と思っている。
 本人が望むならばともかく、周囲の損得に左右されるのは望ましくない。
 王家の人間としては、私情に走った考えだ。
 だが……これ以上、リタを彼女以外の思惑で振り回したくなかった。

「リタ……」

 ぐっと、拳を握り締める。
 彼女が望まないならば、彼女の能力は、兄上にも隠し通してみせる。
 きっと、レキサンド伯爵令嬢は、その可能性も視野に入れて俺に最初に報告してくれたのだから。



「わたくしが、選択してよいのですか……?」

 レキサンド伯爵令嬢の報告から二日後。
 なんとか時間を捻り出した俺は、リタと向かい合っていた。
 誰にも……ラルフにも聞かれたくないため、彼には部屋の扉を守ってもらっている。
 リタには、言葉を選んで慎重に伝えた。
 レキサンド伯爵令嬢から、地方視察時の状況を報告された事。
 様々な状況証拠から、リタの同行が、光属性の者の魔力量増大に関係した可能性が高いと考えている事。
 王宮魔法師による詳細な調査を受けるか、このまま、気づかなかった振りをして光属性の者達と距離を取るか、選んで欲しい事。
 可能な限り、冷静に話を進めたつもりだ。
 リタもまた、「まさか、わたくしが同行した事で……?」と戸惑っている様子だったが、最後まで、口を挟まずに聞いてくれた。
 途中でハッとしたように、「だから……」と呟いていたのは、何か思い当たる節があるという事なのか。

「もちろんだ」
「ですが……本当にわたくしに光属性の魔力を引き出す能力があるのだとすれば、国にとって有益なのではありませんか?」
「それは、否定しない。国にとって有益なのは事実だ。治癒魔法師として活躍できる人材は、希少だからな。魔力量を増大させる事で、これまで治癒魔法師への道を諦めていた人材が治癒魔法師を目指せるようになれば、本人の意思で将来の職業を選択してもらえるようになる。だが、」

 一度、言葉を切って、真正面からリタの顔を見つめた。

「リタの意思を曲げてまで、協力して欲しいとは思っていない」
「!」

 リタの視線が、惑うように揺れる。

「なぜ……ルシアン様は、第二王子殿下でしょう。選ばれる道はすべて、国のためではないのですか」

 誰よりも、この婚約の意味を理解しているリタ。
 彼女は、俺が感情なく合理性だけを求めてこの婚約を結んだと思っている。
 それは、事実だ。
 確かに、初めはそうだった。
 けれど、今は。

「……そうだな。私の選ぶ道は、国にとって、兄上にとって、もっともよいと思われるものだ」
「でしたら」
「君自身の意思で協力してくれるというのであれば、歓迎する。だが……それはすなわち、王宮魔法師が君の事を体の隅々まで調べる、という事だ。……後天的な白の令嬢なのだと、知られても問題はないのか?」
「……っ‼」

 リタが、驚愕に目を大きく見開く。

「ど……して……」

 元より細い声が、震えていた。

「ジャニス……君の着替えを手伝った私の侍女長が、胸の手術痕に気がついた。君が知っているかどうかはわからないが、王族と婚約中の令嬢は、それこそ、些細な風邪まで、病歴をすべて開示する義務がある。六年前、フレマイア侯爵と私が、破棄を前提にこの婚約を結んだのは確かだ。しかし、婚約破棄について口頭で確認しただけで、婚約そのものは王族の通常の婚約とまったく同じ形で結ばれている。であるにもかかわらず、フレマイア侯爵からは、君が受けた手術についての報告がなされていない」

 リタは震えながらも、きゅっと唇を噛んで何も言わない。

「私がフレマイア侯爵に聞いていた話と、様々な事柄が異なっているからな。少し……調べさせてもらった。その結果として、複数の証言を入手し、私なりの推論を得た。それが……」

 リタの顔を見ると、彼女はそっと、目を伏せる。

「君は闇属性として誕生したものの、豊富な魔力を秘めた魔導器官をアシュトンに提供し、後天的に白の令嬢になった、というものだ。…………違うか?」
「……ルシアン様は、真偽をご確認になって、どうなさるというのですか」

 リタは、是とも非とも答えない。
 気丈に振る舞っているが、彼女の声は震えていた。

「どう、か。今すぐには、どうにもできないな。思うところは色々あるし、見過ごすつもりもないが、現時点で表沙汰になるのは色んな意味で危険だと思っている。特に、リタ、君の身の安全が保障できない」

 ハッとしたように、リタが顔を上げる。

「少なくとも、兄上が立太子式を終えるまでは、待って欲しい」
「なぜ……」
「なぜ? フレマイア侯爵が、兄上の最大の支持者だからだ。彼の醜聞は、情勢を引っ繰り返しかねない。立太子さえしてしまえば、後はどうとでもなる」
「違います。なぜ、わたくしにそこまで」

 ……あぁ、やはり、リタには欠片も伝わっていないのか。
 再会してから、いや、彼女への好意を自覚してからは、積極的に関わってきたつもりだ。
 贈り物も、手紙も、今更だと思われるかもしれないけれど、彼女に近づくために必要と思われる事は、なんでも試した。
 週に一度の茶会の席でも、単なる業務報告ではなく、婚約者らしい雑談ができるように努めた。
 その手応えがあったか、と問われれば、微かに、としか答えられない。
 リタが自然な笑顔を見せてくれる頻度は上がったと思うが、俺の言動すべてが、兄上の立太子のための布石としか捉えられていなかった事は理解している。
 けれど、兄上の立太子式と婚儀が無事に済むまでは、俺が何を言ったところで、真意として受け取ってもらえない事もまた、わかっていた。

「……君の事が、好きだからだ」
「……ぇ」
「君を、愛おしく思っている。婚約も、破棄したくない。正式に、妻になって欲しいと望んでいる」
「……うそ……」
「長い間、放っておいた私の事を信じられないのは、」
「嘘よ!」

 リタが、俺の言葉を遮った。
 元々、声の細いリタが、張り上げるように、俺の声をかき消すように、大きな声を上げる。
 激高しているのかと思いきや、顔色は真っ青で、眉が泣きそうに下がっていた。

「だって、わたくしは今回、何もしてない! ルシアン様に好かれるような努力を、何一つしてないのに……! どれだけ望んでも見てくださらなかったのに、そんな事ありえない……!」

(なんの話だ……?)

 今回?
 今回、というのは、一体……
 俺の顔に疑問が滲んだ事に気づいたのか、慌てた様子でリタが口を押えて目を逸らす。

「リタ?」
「……申し訳、ございません、取り乱しました」
「構わない。……信じてもらえないのは、俺のこれまでの態度のせいなのは理解してる」
「……おれ……?」
「あぁ、もう、取り繕っても仕方がないだろう? 言葉を飾ったところで、君に伝わらないんじゃ意味がない。……だから、リタ、君も話してくれ。本当の事を」
「本当、の……」

 俺の言葉にリタがきゅっと下唇を噛み、一瞬、目を伏せたかと思うと、一転して俺を睨むような、挑むような目で見た。

「……わたくしにとって真実であっても、ルシアン様には荒唐無稽で到底信じられない夢のお話ですわ」

 どうせ信じないのだから、意味がない、と言われた気がした。
 ここで少しでもひるめば、きっとリタはこの先、一生、俺に心を開いてはくれない。

「構わない、といった。君が信じているのであれば、俺も信じる」

 魔導器官の移植なんて、これまでの人生で考えつきもしなかった事が実際に行われていたのだ。
 今更、どんな新情報が出たところで、驚きはしない。
 ――そう思っていた俺は、安易に「信じる」と言った自分を、後悔する事になる。
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