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第2章

14話

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 はぐれないようにしてついていくとステラは女神像の正面より少し右側にズレたところで止まった。
「ユーミンを真正面から見れるところなんだ。ユーミンが知り合いに頼んでもらった場所になる。……あ、ユーミンっていうのは私の友人であの中心で舞を踊るんだ」
 前半はカルラに説明をし、後半はユーミンを知らないヨハンとシェイドに向けて説明をする。
「ユーミン様はとっても美しくて、動きの一つ一つが滑らかで、全身から優雅さが溢れ出ているんです!」
 アンがまるで自分の友人を自慢するようにシェイドに言う。シェイドはいまいちピンときていないのか生返事を返していた。この二日間の移動でアンはシェイドに随分と気を許したようだった。
 ニコニコと笑ってシェイドに話しかけるアンを横目にカルラは辺りを見渡す。舞を踊る村娘達は女神像を中心にして円を描く形で所定の位置に立っていた。そのため、どこから見ても踊りを楽しめるようになっていた。ステラの言う通り、ここからはユーミンがよく見ることができた。
 観客もそれぞれの踊りを見るために円を描くように散らばっていたが、やはり女神像の正面に近いところが他よりも賑わっているように見えた。
 しばらくすると、ポン、と軽く乾いた音が人々のざわめきの中から聞こえてきた。音のした方を探してみると、人混みの隙間から小ぶりな太鼓を地面に置き、演奏をしている人が数人見えた。そしてそばには横笛を吹いている人も辛うじて見ることができた。
 その太鼓の音を皮切りに二人目、三人目と太鼓の音が重なる。人々が太鼓の音に気づき口を閉ざす頃には横笛のひょろひょろとした音も聞こえきた。
 踊り手達は最初の太鼓の音を合図にポーズを取る。そして横笛のメロディーが始まるとともに踊り始めた。
 ひらひらと踊る彼女たちはまるで体重を感じさせないほど軽やかにステップを踏み、まるで蝶が空を飛んでいるようだった。
 五人の踊り手の中でも、一番輝いて見えたのはやはりユーミンだった。他の踊り手も十分上手だったが、ユーミンの踊りは他の子達よりも頭一つ抜け出ていた。
 ユーミンの動きは蝶のように自由で、それなのに指先まで芯が通っているようにしなやかに体が動いていた。決して簡単な動きではないはずなのに、ユーミンはそれを難なくこなし、また見ている人にその難しさを感じさせなかった。
 とても自然で優雅な動きだった。カルラがこれまでに見たもののなかでも一番美しと思うほどに。踊り手達は演奏の盛り上がりに合わせてくるくると踊る。そして女神像の足元にあらかじめ置いておいた、村人が踊り手に送った花の束を手に持つ。それを持って村人達の元に駆けていく。
 蝶がひらりと花から花へと移動するように、踊り手達は円状に広がっていく。
 村人の近くに行った彼女達は踊りながら村人達の頭を花束で撫でるように花を掲げる。女神から授かった祝福を人々に分け与えるように。
 思わず踊りに魅入り、その光景を穴が開くほど見つめていると、いつの間にかユーミンがすぐそばまで来ていた。色んな人に揉みくちゃにされたのか始まる前は整っていた髪は所々ほつれ、また踊り疲れているからか頬を赤く染め、息を荒くしていた。
「ステラ!」
 ユーミンはステラの姿を目に入れると一番にその名前を呼んだ。ステラは名前を呼ばれて手を振る。改めてユーミンに見つけてもらうように大きく手を振るのではなく、胸の前で遠慮がちに小さく振っていた。
 どうして、とカルラのなかに小さな疑問が浮かぶ。ステラの表情は舞が始まったときよりも少しだけ曇っているようだった。
 カルラがあれこれと考えているうちにユーミンが人混みの間をするすると抜けてこちらにやってきた。ユーミンはステラの前に来ると祝福の花束を掲げることも忘れてステラに抱きついた。興奮しているのかステラが止める間もなかった。
「あぁ!ステラ!私、今、とっても楽しいわ!今日、この役を授かって本当に良かったわ!」
 興奮したままユーミンがステラに向かって声を張る。ステラは突然のことにどうしたらいいのか困り顔を見せながら手を彷徨わせていた。
「ユーミン」
 興奮がなかなか冷めずステラから離れないユーミンを止めるようにカルラが声をかける。するとユーミンはようやく今の状況を思い出したのか、ステラから体を離した。
「ごめんなさい。私ったらつい。」
 ユーミンは恥ずかしそうに笑った。そしてすぐに踊り手としての顔に戻り、カルラ達の頭に花束を掲げる。
「カルラ様、アン様、そしてお連れ様も。どうか皆様に女神様の祝福が在らんことを」
 色んな花の香りが混じっているにも関わらず、どこか安心するような甘い香りがカルラ達の花をくすぐる。
「もちろん、ステラ。あなたにも女神様の祝福が在らんことを」
「ありがとう、ユーミン。とても嬉しいよ」
 ユーミンが祝福を贈るとステラは嬉しそうにはにかんだ。先程の曇った表情が見間違いだったかのように。
「ユーミン!こっちにも来てくれよ!」
 二人が笑って見つめ合っていると他のところからユーミンを待つ声が聞こえてくる。
「あら?それじゃあ、私はもう行きますね。皆様にとって今宵が素敵なものでありますように」
 ユーミンは軽く腰を折ってお辞儀をした後その場を離れていった。他の見物人のところに駆けていくユーミンの後ろ姿をステラはいつまでも見つめていた。
「とても気品あふれる方ですね」
 ヨハンもステラと同じようにユーミンの後ろ姿を見送りながらカルラに向かって言う。しかしカルラは気になることがあり、「ええ、そうですね」と適当な返事をする。ヨハンはカルラが他のことに気を取られていることに気づいたのか、おざなりな返答をされても笑っているだけで何も言わなかった。
 カルラはそんなヨハンのことを気にかける様子も見せず、ただステラのことだけを気にかけていた。カルラは遠くを見つめるステラの手をそっと握った。見えなくなってもいつまでもユーミンの消えた方を見つめていたステラははっと驚いたようにカルラに目を向ける。カルラを見るステラの瞳はどこか辛そうだった。
「大丈夫?」
 その瞳を見て思わずカルラはそう聞いていた。ステラはさらに驚いたように目を見開き、言葉を返そうとして口を開くが言葉が出てこないようで、すぐに唇を噛み締めた。そして泣きそうに笑った。
 その間も周りの人たちは踊り手から祝福を貰おうとあちこちで名前を呼んだり、音楽が盛り上がったりと場はいっそう騒然としていた。
 ステラは静かに目を伏せた。そしてカルラの手を握り返した。小さな子供が迷子にならないために母親の手を強く握りしめるように。
「自慢の、友達なんだ……。本当に。だけど、なんでかな。ユーミンを見てると、自分には何もないように思えてしまって」
 ステラがぽつり、ぽつりと話しだす。
「それが、とても辛いんだ」
 それはきっとステラがずっと抱えていた自分自身への劣等感なのだろう。普段は見ないようにできても、今日のような晴れ舞台に立つユーミンと客席に立つステラという対比になったとき、どうしても溢れ出してしまうのだろう。
 周囲はうるさいくらいなのに何故かカルラ達の周りだけ音がなくなったように静かだった。ステラの泣きそうな、弱々しい声だけがはっきりと聞こえた。
 カルラにはステラの気持ちが少しだけわかる気がした。カルラもにたようなものを抱えているからだ。カルラは女であることに対して強い劣等感を感じている。
 周囲の望む"女性らしさ"をカルラは残念ながら持ち合わせていない。だから母の言う"女性らしさ"は分からず、妹が持ち合わせる"女性らしさ"とは縁遠い。世間一般的に望まれる"女性らしさ"をカルラはずっと理解できないでいた。男性と比べられる女性という性について、カルラはずっと悩まされていた。
「大丈夫よ、ステラ。……少しここを離れましょう?」
 繋がれた手を離さないように引っ張り、カルラとステラは人混みから離れようとする。その後ろをおろおろとした様子のアンと何かを考え込んでいる様子のヨハン、そしてシェイドが続く。正直、あまり人は多くない方がいいのだろうけど、わざわざ声をかけて待ってもらうのも気が引けた。ヨハンとシェイドだけならそうしても良かったが、それだとアンが困ってしまうだろうとカルラは考えた。
「すまない……私のせいでせっかくの祭りを台無しにしてしまった」
「気にしないで。私たちは十分楽しんだわ」
 先ほどまでとは打って変わり、弱々しくステラは笑う。その笑顔を見るとカルラの心臓がきゅっと握られたように痛んだ。
「私も!……私も気にしていません!それよりも、ステラ様、大丈夫ですか?」
 カルラの横で心配そうな顔をしたアンが言う。アンはどうしてステラが泣きそうな顔をしているのか分かっていなかった。だけど、この村に着いてからよくしてくれたステラの様子がおかしいことには気づいていた。
「お話を伺っても?」
 黙ってカルラの後ろを着いてきていたヨハンが、口を挟む。ステラは一瞬視線を彷徨わせるが、小さく頷いた。
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