上 下
97 / 106
幕章Ⅱ -逢瀬-

蓮見 透 逢瀬③

しおりを挟む
 駅の構内、朝も早い時間から抱き合う二人に周囲の視線が集まっているのがわかった。
 微かな笑い声や、揶揄するような声。

 たくさんの人たちの関心が集まっている状況に、きっと昔だったらつい癖で心を読んでしまっていただろう。 
 そして、何度繰り返しても学ばない私は、嫌悪感や頭痛、そんな必要もないものを自分から拾いに行ってしまうのだ。

  
(……温かいな)


 でも、今は違う。
 大きな体が全身を包み込んで、あらゆるものから守ってくれる。
 どれだけ関係が変わっても、最初の頃と同じ澄み切った心のままで。


「誠君」

「なんだ?」

「好き」

「ん?あー……ありがとう?」
 

 伝えた好意に、誠君は不思議そうな顔をして首をかしげている。
 彼は、いつもそうだ。
 私がどれだけ救われて、どれだけ感謝しているか、ぜんぜんわかっていない。

 それこそが、誠君なのだと思ってしまうほどに、全く。


「大好き」

「あ、ああ。俺もだよ」

「…………大好きっ!大好きっ!!大好きーっ!!!」

「ちょ、わかった!ほんと、わかったから」

 
 子供じみた感情が口から溢れ出していくと、さすがに焦ったような誠君が私の口を塞ぐように一層強く抱きしめてくる。
 でも、その息苦しさでさえも嬉しさを感じてしまい、自分が立っているのかすらわからなくなるほどの幸福感が体を支配していった。


「あ、おい。大丈夫か?」


 そして、崩れ落ちそうになる体に添えられる手を、絡みつくようにして抱えるとその綺麗な瞳を下から覗き込んだ。
 

「………………抱っこ」


 欲と理性、その天秤はあまりにも簡単に振り切れてしまって、もはや上の空でただただわがままを言うことしかできない。

 恐らく、自分が子供の頃でもなかったような醜態。
 普通であれば、こんなことは絶対にしない。
 でも、誠君がくれる不思議なほどの安心感が、その背中を押し続ける。
 
 彼は、何でも許してくれる。私のしたいようにさせてくれる。
 それが何よりもわかるから。


「……はぁ。今日の予定変えてもいいか?」
  
「………………何するの?」
 
「落ち着くまでどっかで休もう。さすがに、このまま叫ばれてたら通報されそうだ」

「………………デートは?」

「最悪、明日すればいいさ」

 
 苦笑したような雰囲気とともに置かれた手が、宥めるように頭を撫でてくる。

(……なんか、ずるい)

 きっと、早希ちゃんに対して日頃からこんなことをする機会があるのだろう。
 その手は心地よい位置をずっと動き続けていて、慣れているのがすぐにわかった。


「んーでも、どこ行くか。ゆっくりできそうなところとなると――」 

「…………私の家、来る?」

「ん?別にいいけど。いいのか?また戻る感じになるけど」

「うん」

「なら、そうするか」

 
 そして、燻り出した嫉妬心は独占欲に変わっていき、邪魔の入らない二人きりの場所へ行くことを選ばせる。
 初デートとしてはもしかしたら相応しくない場所なのかもしれない、でも、今の私にとってはそれが何よりも正解であるように思えた。

(なんだか、どちらかの家ばかりにいる気もするけど)

 たとえそれが事実であっても、お互いが楽しめているのなら、それも些細な問題なのだろう。
 それに、明日も出掛けてくれると約束してくれた。
 なら今は二人でいられる時間を何よりも大事にしたい。
 

「ふふっ。楽しみだね」

「自分の家だろ?」

「でも、楽しみなんだ」

「ははっ。安上がりだな」

「そうでもないよ?誠君の時間がお代だからね」

「なら、やっぱり安上がりだ。もう、半分あげたようなもん……って、おっと!」


 そう言って朗らかな笑みを向けてくる誠君のせいで、自分の制御がまるで効かなくなる。
 ずっと一緒にいたくて、もっと近くにいたくて、どうしようもなくなる。


「あんま頭ぐりぐりしてるとそこだけ薄くなるぞ?」

「…………そしたら、嫌いになる?」

「いや、それはないけど」

「…………なら、やめない」


 たぶん、これは本能的な行動なのだろう。
 自分の香りを、存在を、もっと刻み込みたいと強く思ってしまう。
 誰にも渡さないように、誰も近づかないように。もっと。

 
「ほら、もうすぐバスくるみたいだからさ」

「…………知ってる。次のバスは、六分のでしょ?」

「ははっ。なんか、しっかりしてるのか、そうじゃないのか判断に悩むところだな」

「…………誠君は、どっちが好き?」

「俺は、透がしたいようにできてるのが一番いいかな」


 相手の好きを求めたがる私にとって、誠君のその言葉は何よりも価値があるものだ。
 彼は私に何も求めない、理想の姿も、理想の振舞いも、理想の言葉も。

 ただ、どんな私でも、受け入れてくれる、そんな人だから。


「あ、待った!叫ぶのは無し」


 次々に溢れる想いが口の前で行列を作り、声となって出ていきかけたのがわかったのだろう。
 珍しく焦ったような彼が再び頭を抱え込んでくる。


「…………他の方法で塞いでもいいんだよ?」

「…………ここでは、勘弁してくれ」


 胸に振動を与えるようにして伝えた言葉に、少しだけ照れた声が上から返ってくる。
 お互いに言外に匂わせたその意味は、今の私達の関係を何よりも感じさせてくれていた。


「ふふっ。家に行くの、楽しみだね?」

「…………はぁ。透には、かなわないよ」

 
 ずるい誠君に、たまにくらいは勝たせて貰わないと、おばあちゃんが言ういい塩梅とやらにはならないだろう。
 
 だって、全部半分こ。
 私たちの関係は、ずっとそんなものであって欲しいから。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...