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幕章Ⅰ -シン・氷室家の人々-
我が家の宝くじ
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ちょうど料理を盛り付け終わり、後は並べるだけという時、玄関の方から扉を開く音が聞こえてくる。
「ただいまー」
まるで狙っていたかのような時間。
もしかしたら、帰る時間が決まっていたか、事前に連絡があったのかもしれない。
「おー、透ちゃん!若奥様っぽくていいね~」
「あはは、ありがとうございます。それと、お邪魔してます」
リビングに入った途端、元気が有り余っているとでもいうような誠君のお父さんが、片手をあげながらにこやかに話しかけてくる。
(ふふっ。なんか、子供みたい)
キラキラとした瞳に、ふとそんなことを思う。
さすがに面と向かっては言えないけど、相変わらず、気づいたら懐に入り込んでいるような、そんな不思議な魅力のある人だと思う。
「お邪魔してますなんて水臭いな~。もう、家族みたいなもんじゃない」
「…………そう、思ってもいいんでしょうか?」
この家の人はみんなそう言ってくれる。
でも、たった二回。私がこの人達に会ったのはそれだけなのだ。
それに、一回目だって、どうしようもないほどに心が不安定になっていて、ろくなことはほとんど話せていない。
(私は、こんなに、幸せでいいんだろうか)
幸せ過ぎると不安になる。
これまで誠君に何度も、何度も同じようなことを問いかけてしまったように。
「え?ダメなの?」
「え、あの……だって…………ちょっと、自分に都合が良すぎるのかなって」
心底不思議そうな顔に戸惑いながらも、思っていることを素直に伝えると、誠君のお父さんは少し驚いた後、満面の笑顔になった。
「あははっ。いいじゃない、それで」
「……いいんですか?」
「うん。たとえ運が良くても、都合がよくても、それができたのは透ちゃんだからだと思うよ。何もないところには何も生まれない。君は、ちゃんとそれを自分で手に入れたんだ」
「……………………」
自信満々な声に、気弱な心が少しずつ上向いていき、それでいいんだと、そう思える。
それこそ、なんでこんなことに悩んでいたんだろうとでもいうように。
「それにね。都合がいいのは透ちゃんにとってだけじゃないんだよ?」
「え?」
「うちにこんな素敵な子が来てくれた。それは、我が家にとって幸運なことだと思うんだ。どんな宝くじに当たるよりも、ずっとね」
優しいその声に、何も言えずに唇を噛みしめることしかできない。
誠君だけじゃない。この家の人は、みんなズルい。
私の涙腺をこれでもかというほどに試してきて、泣きたくないのに、ずっと笑っていたいのに、そうはさせてくれない。
「…………ありがとう、ございます」
「あははっ。こちらこそ、ありがとう」
涙を堪えた私はきっと変な顔をしているのだろう。
誠君のお父さんは笑い声を我慢しようともせず、楽しそうにしていてちょっとだけ恨めしかった。
「ほら、透ちゃんを揶揄ってないで早く着替えてきて」
「へーい」
しばらくこちらの様子を窺っていた瑛里華さんが、呆れたようにそう言うと、誠君のお父さんが出ていく。
その顔は、最後まで楽しそうで、自分でも思わず気が抜けたように笑えてきてしまった。
「透ちゃんも早く慣れないとやられっぱなしよ?」
「そう、みたいですね。瑛里華さんも昔はそうだったんですか?」
何か心当たりがあるのだろう。
どこか遠くを見るように目を細めていた瑛里華さんの口元が、やがて仄かに弧を描いていく。
「…………ええ。あの人、たまにドキッとするようなこと言ってくるから」
それは、その記憶が幸せに彩られていることがわかるような、そんな顔だった。
「なら、誠君と同じですね」
「そうかもね。あの二人、意外に似てるところあるし」
そう言って二人で何となく見つめ合っていると、お互い通じ合うものを感じたのか、どちらともなく笑い声を上げる。
「とりあえず、今はご飯の準備をしちゃいましょうか?」
「はい」
似ていないようで似ていて。
その奥底にはとびっきりの優しさを持つ素敵な家族。
そこにはちゃんと私の席もあって、遠慮して離れていこうとする私を、包み込むような温かさで輪の中に戻してくれる。
「………………勇気出してよかったな」
あの日、あの時、震えるほどに怖くて、声が出ないほどに怖くて、本当に言い出すか悩んだ。
でも、あの時勇気をもって踏み出したからこそ今がある。
なら、これは都合がいいだけじゃない。
ちゃんと、私が、自分の手で掴んだ幸せなのだろうと、そう思った。
「ただいまー」
まるで狙っていたかのような時間。
もしかしたら、帰る時間が決まっていたか、事前に連絡があったのかもしれない。
「おー、透ちゃん!若奥様っぽくていいね~」
「あはは、ありがとうございます。それと、お邪魔してます」
リビングに入った途端、元気が有り余っているとでもいうような誠君のお父さんが、片手をあげながらにこやかに話しかけてくる。
(ふふっ。なんか、子供みたい)
キラキラとした瞳に、ふとそんなことを思う。
さすがに面と向かっては言えないけど、相変わらず、気づいたら懐に入り込んでいるような、そんな不思議な魅力のある人だと思う。
「お邪魔してますなんて水臭いな~。もう、家族みたいなもんじゃない」
「…………そう、思ってもいいんでしょうか?」
この家の人はみんなそう言ってくれる。
でも、たった二回。私がこの人達に会ったのはそれだけなのだ。
それに、一回目だって、どうしようもないほどに心が不安定になっていて、ろくなことはほとんど話せていない。
(私は、こんなに、幸せでいいんだろうか)
幸せ過ぎると不安になる。
これまで誠君に何度も、何度も同じようなことを問いかけてしまったように。
「え?ダメなの?」
「え、あの……だって…………ちょっと、自分に都合が良すぎるのかなって」
心底不思議そうな顔に戸惑いながらも、思っていることを素直に伝えると、誠君のお父さんは少し驚いた後、満面の笑顔になった。
「あははっ。いいじゃない、それで」
「……いいんですか?」
「うん。たとえ運が良くても、都合がよくても、それができたのは透ちゃんだからだと思うよ。何もないところには何も生まれない。君は、ちゃんとそれを自分で手に入れたんだ」
「……………………」
自信満々な声に、気弱な心が少しずつ上向いていき、それでいいんだと、そう思える。
それこそ、なんでこんなことに悩んでいたんだろうとでもいうように。
「それにね。都合がいいのは透ちゃんにとってだけじゃないんだよ?」
「え?」
「うちにこんな素敵な子が来てくれた。それは、我が家にとって幸運なことだと思うんだ。どんな宝くじに当たるよりも、ずっとね」
優しいその声に、何も言えずに唇を噛みしめることしかできない。
誠君だけじゃない。この家の人は、みんなズルい。
私の涙腺をこれでもかというほどに試してきて、泣きたくないのに、ずっと笑っていたいのに、そうはさせてくれない。
「…………ありがとう、ございます」
「あははっ。こちらこそ、ありがとう」
涙を堪えた私はきっと変な顔をしているのだろう。
誠君のお父さんは笑い声を我慢しようともせず、楽しそうにしていてちょっとだけ恨めしかった。
「ほら、透ちゃんを揶揄ってないで早く着替えてきて」
「へーい」
しばらくこちらの様子を窺っていた瑛里華さんが、呆れたようにそう言うと、誠君のお父さんが出ていく。
その顔は、最後まで楽しそうで、自分でも思わず気が抜けたように笑えてきてしまった。
「透ちゃんも早く慣れないとやられっぱなしよ?」
「そう、みたいですね。瑛里華さんも昔はそうだったんですか?」
何か心当たりがあるのだろう。
どこか遠くを見るように目を細めていた瑛里華さんの口元が、やがて仄かに弧を描いていく。
「…………ええ。あの人、たまにドキッとするようなこと言ってくるから」
それは、その記憶が幸せに彩られていることがわかるような、そんな顔だった。
「なら、誠君と同じですね」
「そうかもね。あの二人、意外に似てるところあるし」
そう言って二人で何となく見つめ合っていると、お互い通じ合うものを感じたのか、どちらともなく笑い声を上げる。
「とりあえず、今はご飯の準備をしちゃいましょうか?」
「はい」
似ていないようで似ていて。
その奥底にはとびっきりの優しさを持つ素敵な家族。
そこにはちゃんと私の席もあって、遠慮して離れていこうとする私を、包み込むような温かさで輪の中に戻してくれる。
「………………勇気出してよかったな」
あの日、あの時、震えるほどに怖くて、声が出ないほどに怖くて、本当に言い出すか悩んだ。
でも、あの時勇気をもって踏み出したからこそ今がある。
なら、これは都合がいいだけじゃない。
ちゃんと、私が、自分の手で掴んだ幸せなのだろうと、そう思った。
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