上 下
80 / 106
六章 -交わる関係-

Day1④強すぎる雨

しおりを挟む
 食材を準備し終え持っていくと、炭までついた火がじんわりと温かい色を放っていた。


「おそーい。もうお腹空いて死にそう」

「おい、千佳。お前の邪魔なネイルを引き剥がしてやろうか」

「あははっ。ごめんごめん」

 
 千佳ちゃんと葵ちゃんは料理をするには少し、指の飾り付けがされ過ぎていたのでこちらの方にずっといてもらった。
 様子を見るに、火おこしは男の子達がやっていたようだし、暇だったのだろう。


「まぁ、いいや。それより、お腹もすいたし食べようか」

「よっしゃっ!」「やったっ!」


 その言葉を皮切りに男の子達が網の上にどんどんお肉を置いていく。
 若干、重なってしまったままの部分は少し気になるけれど、触れ合いそうなほどの距離に近づくことには強い抵抗があるので、そのまま様子を眺め続ける。


「うわっ、めっちゃ美味い。こんなんいくらでも食べれるわ」

「ほんとそれな。絶対肉足りないやつ」

「あははっ、雄哉くん達すごいがっついてる」

「「俺達肉食系男子だから」」

「「あはははっ、めっちゃハモってる」 」


 楽し気に笑うみんなの輪に混ざりながらちらりと視線を向けると、焦げそうなもの、並べ方が悪いものにさり気なく、お兄さんが手を入れているのが見えた。
 そして、私の視線に気づいたのか振り向いた彼と目が合うと、少しだけ驚いた顔をした後、彼は優し気にこちらに笑みを向けてきた。
  

「遠慮せず、どんどん食べてね」(本当に、大人びたというか。気の利く子だな)

「あっはい。どうも」

 
 穏やかな雰囲気が、なんとなく大人というものを感じさせる。
 歳を経たからといって、全ての人がこうなるわけではないと知っているから、余計に。

 それこそ、学校の先生でもそうなれていない人すらいるのに。
 

「あーそうだ。串も用意してあるから、刺したいなら使ってね」

「あっ、いいじゃん。可愛いやつ作ろうよ」 

「いいねっ!映えるやつ作りたいよね。透ちゃんもやるでしょ?」

「あ、うん…………でも」

 
 向けられた声に無意識に返事をするも、本当にこのままこの人に任せっぱなしでいいのかと気になる。
 私達ばかりに食べさせて、自分は焦げかけたものや、皿に乗せ肉の管理をしているうちに冷めてしまったもの、そんなものしか食べられていないようにも思えたから。
 

「はは、いい写真撮れたらちょうだいね。女子受け狙ってアプリのトップ画にするし」(気を使い過ぎる子なのかな。悪いことじゃないとは思うけど、そんなんじゃ楽しめないしな)


 その内面や、行動に反して出される子供っぽい言動に、こちらが接しやすいようにしてくれているのが何となくわかる。


「お兄ちゃん、ホントないわー。そういうこと女子高生に言っちゃうとことかキモすぎ」

「うるせぇ。俺は、彼女欲しいんだよ」

「あははっ。お兄さん、彼女いないんですか?モテそうなのに」

「世間では、モテそう詐欺で通ってます」

「「あはははっ」」
 
 
 本当に、良い人だと思う。
 それに、視野の広さや気配り。穏やかながらも自信あり気で頼りがいを感じる。
 

「まぁ、みんな楽しんでね。俺のことはあんま気にせずにいいし」

「わかった。虫くらいに考えとく」

「おい。お前はもっと兄を敬え」

「あはっ、考えとく。ほら、お兄ちゃんなんかほっといてみんな行こ」

「あっ、待ってよ千佳」


 相変わらずの気分屋というべきか、適当に話を切り上げ早いペースで歩き始める千佳ちゃんに葵ちゃんが続く。


「……色々とありがとうございます。じゃあ」

 
 一瞬の思考。
 そして私は、お兄さんの方を振り向いてサッとお辞儀をすると彼女達を追いかけた。







◆◆◆◆◆






 バーベキューの終盤、みんなお腹いっぱいになったことで飽きてきたのか、食べることよりも話すことに集中し始める。


「で、打ち上げ花火直撃したこいつの髪はチリチリパーマになったってこと。まじウケる」

「はぁ?お前がこっち向けてぶっ放したからだろ?次は覚えてろよ」

「あははっ。それで、しばらく山崎くん帽子被ってたんだ」

「彼女にも笑われて、ほんと最悪だったんだぜ?大仏さんみたいとか言われたし」

「あははははっ。それ、面白すぎ」

「しかも、飯の前に手合わせるだけで笑われるんだぜ?」

「「あははははっ。お腹痛い」

 
 どうやら、男の子達は鉄板ネタとでもいうようなものをいくつも持っているようで、綺麗なオチのついた話をしては、千佳ちゃん達を笑わせていた。
 それに、女の子達が喜びやすい話題もいろいろと知っているようで、普段からこういった場になれていることが、その心の内だけではなく雰囲気だけでも窺える。
 

「そういや、蓮見さんは彼氏いないの?」(まぁ、いてもあんま関係は無いんだけど)

「……今は、いないですね」 


 この話題に自然となるように話が誘導されていたのはわかっていた。
 でも、千佳ちゃん達が楽しそうに話す中、強引に流れを変えて場をしらけさせたくはなかったのであえて何かすることはしなかった。
 

「いないの?意外」(へー、このレベルの子でいないとかあるのか。まぁ、そっちのがやりやすいしいいか)

「あれ?好きな人がいるって言ってたけど、付き合っては無かったんだ」

「…………うん。まだ、ね」 


 そう、いまはまだ。
 だから、邪魔しないで欲しい。声には出せないけれど、強くそう思う。


「ふーん。どんな人なの?」(とりあえず、好みだけ聞いとくか)

「…………優しい人ですよ。すごく」 

「もしかして、年上とか?」(それが、一番あり得そうだな)

「…………そうです。そこまで、離れてはいませんけど」


 春に生まれた誠君と、冬に生まれた私。同い年ではあるけれど、嘘ではない。
 あえて誤解を招くような発言をしつつ、特定される可能性を少しでも遠ざけていく。


「やっぱり、だと思ったんだよね」(まぁ、そうなるか。めちゃくちゃ理想高そうだし)

「…………この話は、この辺でやめときます」

「え?透ちゃん、どうしたの?」


 これ以上、この人に聞かせたいことはない。
 少しだけ強い意志をのせ話を切り上げる様子を見せると、千佳ちゃんが気遣うようにこちらにそう問いかけてきた。


「私ね、二人との恋バナがすごく楽しみなんだ。だから、今はね?」

「あーそういうことっ!ほんと、透ちゃんはしたがりだな~」

「あははっ、ほんとにね。でも、気持ちはわかるかも」


 二人のことを前は好きでも嫌いでもなかった。
 いや、それよりもどんな人なのかを見定める余裕すらなかった。
 でも、今日ちゃんと話してみて、なんとなく良い人であることがわかってきた気がする。

 だから、彼女達には話してみたい。私も、近づいてみたいと思うから。
 

「…………じゃあ、違う話でもするか」(なんだよ、それ。イラつくなー)

「あっ、じゃあ次は雄哉くんのタイプ教えてよ!すごい聞きたい」

「あー、とりあえず桐谷より頭の良い子」(こいつの良いとこ、顔くらいだしな)

「えー、それってひどくない?」

 
 彼女の恋心を尊重したい気持ちはある。
 でも、やっぱり私にはこの人の魅力は微塵もわからない。

 話をする時間すらも、勿体ない、そう思ってしまうほどに。 

 白く灰になってしまったものと、未だ赤く光を放つもの、そんな火元に視線を向けながら、そんなことを思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

甘やかされて育った妹が何故婚約破棄されたかなんて、わかりきったことではありませんか。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるネセリアは、家でひどい扱いを受けてきた。 継母と腹違いの妹は、彼女のことをひどく疎んでおり、二人から苛烈に虐め抜かれていたのである。 実の父親は、継母と妹の味方であった。彼はネセリアのことを見向きもせず、継母と妹に愛を向けていたのだ。 そんなネセリアに、ある時婚約の話が持ち上がった。 しかしその婚約者に彼女の妹が惚れてしまい、婚約者を変えることになったのだ。 だが、ネセリアとの婚約を望んでいた先方はそれを良しとしなかったが、彼らは婚約そのものを破棄して、なかったことにしたのだ。 それ妹達は、癇癪を起した。 何故、婚約破棄されたのか、彼らには理解できなかったのだ。 しかしネセリアには、その理由がわかっていた。それ告げた所、彼女は伯爵家から追い出されることになったのだった。 だがネセリアにとって、それは別段苦しいことという訳でもなかった。むしろ伯爵家の呪縛から解放されて、明るくなったくらいだ。 それからネセリアは、知人の助けを借りて新たな生活を歩むことにした。かつてのことを忘れて気ままに暮らすことに、彼女は幸せを覚えていた。 そんな生活をしている中で、ネセリアは伯爵家の噂を耳にした。伯爵家は度重なる身勝手により、没落しようとしていたのだ。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

処理中です...