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五章 -触れ合う関係-

幕間:これからの話

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 急なカーブの続く坂道を目の前のバイクを追いかけながら走る。
 夏の日差しは暑く、ヘルメットの中はもうびっしょりだ。それに、下から這い上がってくる廃棄熱もそれに拍車をかけている。

 空調の効いた快適な車に比べて辛いし、不便な乗り物だとは思う。
 だが、これまではとてもいけないと思っていた遠い場所にも景色を感じさせながら連れてってくれるこの乗り物に俺は愛着が湧き始めていた。





◆◆◆◆◆




 海の見える丘の上、ヘルメットを外すと濡れた汗を風が冷やしてくれて気持ちがよかった。
 走っている間は振動ももろに伝わるし、風が当たってすごい疲れる。だけど、この景色を見ているだけで何となくそれもいい思い出になってしまうから少し不思議だ。


「親父、ちょっとはペース合わせてくれよな」


 そして、俺はバイクをその場に立てかけると、先に到着してピースサインを送ってくる大きな子供に呆れながら近づいていった。


「ふっふっふっ。ペースは速い方に合わせるもんなんだよ」

「なんだよそれ。乗り慣れてるからってだけだろ?」

「甘いな~。これでも学生の頃はそれなりに名前が通っていたライダーだったんだぞ?」

「ほんとかよ」

「マジ寄りのマジだ」


 ドヤ顔で胸を張る親父にため息をつく。
 いつも思うが、本当にガキというか、感情に真っ直ぐな人だと思う。
 正直、母さんとは似ても似つかない性格なのだが、それでも仲が良いのだから世の中面白いものだ。


「そういえば、一つ聞いてもいいか?」

「スリーサイズ以外ならいいぞ」

「はぁ、それはいらないから」

「ははっ、悪い悪い。で、なんだ?」

「……………………大事な人をずっと守り切るには、どうすればいいと思う?」


 いつもとぼけた様子の親父が、しっかりとした答えを持っているのかはわからない。
 でも、俺は親父を尊敬している。
 
 親父が、ちゃんと家族を守って、それでいて、俺達の大事なイベントに欠かさず出てくれていた凄さを今なら多少はわかってきたから。


「…………そっか。誠も、そんなことを言いだす年頃になったんだな」


 いつもとは違う穏やかな笑み。
 その顔にはいつものような子供っぽさはまるで無くて、俺と親父の人生経験の深さや、重さの違いを教えてくているように感じた。


「そうだなー。個人的には、必要なことは一つだけだな。何かわかるか?」
 
「一つだけか?」

「ああ。それに、すごい単純なことだ」


 大事な人を守るには何が必要なのか、最近時間があれば考えていた。
 そして、今の俺には無いようなものが、気づけないようなものがそこにはたくさん必要なのだと思っていた。
 しかし、親父は一つだけ、それに単純なことだという。
 

「…………思いつくものがたくさんあり過ぎて、わからない」

「ははっ。まぁ、そうか」

「答えはなんなんだ?」

「ああ。それはな、ただ愛すということだ」

「は?」

「冗談じゃないぞ。それが一番大事で、それさえ変わらなければ、守れる」

 
 あまりに単純で、明快で、だからこそ理解がしづらい。
 誰かを背負う、守るということはもっと複雑で、大変なものだと考えていたから。


「……でも、そんなことは当然なはずだろ?そこからどうするかの方が大事じゃないのか?」

「その当然がなかなか貫けないものなんだよ。人は変わる、変わらないと思っていたことも絶対じゃないんだ」

「………………だから、ただ変わらず愛していればいいって?」

「そうだ。そうすれば、全てうまくいく。正直、守るなんてその延長線の結果に過ぎない。好きだから大事にする、趣味も、人も全部同じさ」


 確かに、趣味はそうだ。自分にとって、好きだからこそ古いゲーム機やソフトはずっと大事にしてきたし、バイクだって自分で出来る整備の方法を学ぶようになった。
 だけど、大事な人を、家族を守るということもそれと一緒に考えていいのだろうか。

 『モノ』と『人』。それは違うものだと認識していたからこそ、同じ考え方でいいというのが正直、すんなりとは頭に入ってこなかった。


「ははっ。変な顔してるなー」

「うるさい」

「悪い悪い。でも、誠は難しく考え過ぎなんだと思うぞ?物事なんて、単純なことの方が強いし、肝要なもんなんだ。シンプル イズ ジャスティスだっ!!」

「…………ベストの間違いだろ?」

「住む場所によってはそういうとこもあるな」

「いや、一緒の家に住んでるじゃないか」


 恥ずかしげもなくドヤ顔でそう語る親父を見ていると大事な話がなんだかおかしな方向へ行ってしまい気が抜けてくる。
 でも、今の俺にとってはそれはそれでよかったのかもしれない。
 どうやら、少々難しく考えすぎて視野が狭くなっていたようだし。


「まぁ、ありがとう。なんか、気が楽になった気がする」

「はっはっは。父親の偉大さがわかったか?」

「ああ。いつも感謝してるよ」

 
 日頃は、さすがに気恥ずかしくて伝えられないことも多いが、いつも本当に感謝している。
 そして、俺がその気持ちを改めて言葉にして伝えると、面を食らったような顔をしていた親父はやがて穏やかにほほ笑んだ。


「…………それとな、誠は自分なりの答えを見つければいいんだ」

「わかってる。でも、どうしても間違えたくないんだ。これだけは、絶対に」


 当然、その人なりの答えがあることなんてわかってる。
 それこそ俺は、自分の意志を、想いを一番大事にすべきだと昔からそう思ってきたし、そうやってずっと生きてきた。
 
 他人にどう思われても、他人がどう考えても、失敗さえも自分の物だと思って他人との違いには拘ってこなかった。
 
 それでも俺は……このことに関してだけは絶対に間違えたくないし、後悔したくないのだ。


「大丈夫だよ」

「だけど」

「俺が保証する。誠なら絶対に大丈夫だ。だってお前は、俺と母さんの子だ。そして、俺以上に真っ直ぐで、ブレない強さを持った、すごい子だ」


 力強く掲げられた拳。
 少し悩んだ後、それに自分の拳をぶつけると、グローブの硬い感触が返ってきた。


「お前はお前の思うとおりにすればいい。それで、全部うまくいく。偉大な父親が言うんだ、間違いない」

「……………………偉大な父親って自分で言っちゃうんだな」

「自分のことは自分で決めるもんだ。責任さえとれば、人生なんて自由形なんだからな」

「そっか。確かに、そうだよな」

「おう。じゃあ、そろそろ行くか。ぷぷっ、どうせまた引き離しちゃうだろうけど」

「……だいぶコツは掴めてきた。もうほとんど差は無くなるはずだ」

「言ったな?じゃあ――――やれるもんならやってみろっ」

「あっおい!ズルいぞ」

 
 急にバイクに向かって走り出す親父を追いかけながら思わず笑みが漏れる。


 バイクも、ヘルメットも、グローブも、親父のお古を貰った。
 それにきっと、性格や、考え方も、親父と母さんから引き継いだものも多いだろう。

 だけど、受け取ってからは、もうそれは自分のものだ。勝手に馴染んで、勝手に自分のものになっていく。
 
 だったら、それでいい。
 自分なりの答えでいいなら、既に俺はもう持っている。
 
 バイクに乗りながら思った、この景色を一緒に見たい。
 それが何よりの答えだと思うから。




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