上 下
24 / 106
四章 -近づく関係-

氷室 誠 四章②

しおりを挟む
 玄関を開けると何故か早希が三つ指をついて挨拶をしてきた。恐らく、ゴールデンウィークに行った旅館のを見て覚えたのだろう。
 また下らない知識をと少し呆れてしまう。


「ようこそいらっしゃいました。妹の早希です」

「いや、俺だけど」

「なんだ、お兄ちゃんか。邪魔だから早くどいて」 

「いや、お前が邪魔なんだけど。入れないじゃん」

「いいから!ほら、初めが肝心でしょ?」

 
 言い出したら聞かないやつなので俺はため息をつくと透と位置を代わり、前に行くように促した。というか既に後ろでやり取りを聞かれているはずなので初めは既に躓いていると思うのだが。他ならぬお前のせいで。


「ようこそいらっしゃ……え!?すごい綺麗!!え?え?いくら積んだのお兄ちゃん!!」


 急に近づいてきた妹に透が驚いているのが見える。早希は驚愕の表情で俺と透を見比べ、唖然とした顔になった。


「ありがとう?あの、誠君のクラスメイトの蓮見 透です。よろしくね」

「うわ!声も綺麗!!しかも、なんかいい匂いがする」

「え、ちょ、ちょっと」


 早希が変態のように抱き着いたのに驚く透を見かねて、強引に引っぺがすと、早希が我に返ったような素振りになる。


「やばい、あまりの綺麗さにトリップしてた」

「変態かお前は。ほら、話が進まないからまず挨拶しろ」

「あ、そうか。お兄ちゃんの妹の早希です。末永くよろしくお願いします」

「……ふふっ。こちらこそ、末永くよろしくね?」

「やった!ついにお姉ちゃんが我が家にきた」


 再び抱き着いた早希にされるがまま、優しそうな笑顔で透は笑っていた。本人がいいならそれでいいが。
 

「お前なぁ。初対面から末永くって。まぁいいや」


 早く涼みたいのでリビングに案内する。後ろでは、早希がなぜか漫画を描いていることを自慢しており、それに透が付きあっている声が聞こえてくる。

 まるで本物の姉妹だ。もしくは、ムツゴロウさんと猿とかかもしれない。




「ただいま」

「おかえり」


 中に入ると、涼しい風が火照った体を冷やしてくれとても気持ちがいい。どうやら、母さんは既に冷たい飲み物を準備し始めてくれているらしい。

 そのまま、淡々と手を動いていた母さんだったが、後で入ってきた透を見ると珍しく驚いた顔になった。俺が女の子を呼んだと言った時以上の驚き具合だ。


「すごく綺麗な子ね。はじめまして、誠の母の瑛里華です。よろしくね」

「あっはい!!誠君のクラスメイトの蓮見 透です、末永くよろしくお願いします!」

「ん?末永く?」

「え、あ、いや、その、えっと……ごめんなさい!どうか、忘れてください」


 母さんは高い身長、無表情、釣り目がちの目で冷たく感じやすいから緊張しているのだろうか。
 いつにないほど勢いよく透がそう挨拶した。しかも、早希につられたのか変なことを言ってしまったようで、とても恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせていた。

 
 家族にしか分からない程度だが、母さんの表情が若干にこやかになったのが分かる。


「いいえ。いつも、誠と仲良くしてくれてありがとう。この子、見た目には出づらいけど意外に良い子なのよ」

「そんな、こちらこそ!誠君には本当にお世話になっているので。それに、すごく優しいのはもう十分なほど分かってますから」

「そう?なら、よかったわ」

「はい。そういえば、これつまらないものですが」

 
 透が袋からお土産を取り出すと、それは我が家では定番の食べ物だった。俺は、思わずそちらを凝視してしまう。
 

「あっ!水まんじゅう!!」

「早希?お客様の前でしょ?」

「ごめんなさい……」


 自分の大好物に目を輝かせた早希を母さんが嗜める。危ない、俺もやるところだった。
 さすがに高校生にもなってそんなことはしなかったはずだと信じたいが。


「ありがとう。気を遣ってもらったみたいで」

「いえ、お気に召してもらえてよかったです」

「ありがとう。それより、ゆっくりしてってね。後で冷たい物持ってくから」

「あっ!手伝います」

「お客さんなんだからいいのよ。ゆっくりしてて」
 
「すみません。ありがとうございます」 

 
 とりあえず、仕事に行っている親父以外には挨拶ができたので俺の部屋にでも行ってゲームでもするかと考える。


「何かしたいことある?といってもゲームとかしかないけど」

「ううん。大丈夫、何でも楽しめるから」


 透がそう答えると、予定がないことに気づいたらしい早希が閃いたとでも言うような顔で彼女の腕を引っ張り出す。


「やることないなら、漫画見てってよ。過去最高傑作だから」

「お前、いつもそう言ってるじゃないか」

「今回のは本当に過去最高傑作なの!」

「はいはい。透はそれでいいか?」

「うん。楽しみだね」

「ほらーお兄ちゃんより透ちゃんのが全然分かってるじゃん!」

 
 透が特別驚いた風でないところを見るとどうやら呼び名はそれで決まったらしい。年上にという気持ちもあるが、俺自身も先輩後輩といったところを気に掛ける方では無いので本人同士がいいなら放っておく。


「ほら、こっちだよ」

「うん」


 二人が早希の部屋に向かうのを眺めつつ、一度母さんの方を振り返る。


「飲み物、俺が持ってこうか?」

「あら、助かるわ。お願いしようかしら」

「わかった」

「でも、本当に綺麗な子ね。それに、けっこう初対面は怖がられる方だけどそれもあんまりなかったみたいだし」


 確かに、母さんは慣れるまで誤解されることも多い。俺の友達も、最初会った時はその冷たい外見と抑揚の無い声色から不機嫌なように見えていたらしいし。


「確かにな。でも、よかったじゃん」

「はぁ……貴方は本当に大雑把というか大らかというか」

「でも、そっちのがいいだろ?」

「まぁ隼人さんもそうだったし、怖がられないならそれに越したことは無いわ」

「なら、それでいいじゃないか」

「そうね。そうしときましょうか」

「じゃあ、これ持ってくよ」

「ありがとう」

 
 俺がグラスの入ったお盆を持つと氷が揺れる涼し気な音が聞こえてくる。

 寒い冬には触りたくない。だけど、その冷たさは熱を帯びた体にはとても気持ちがよく感じられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

処理中です...